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七章
55/満たされる心
しおりを挟むオマケのイラスト
「ホースと蛇口を繋いで、水を入れて、ボタンを押す……」
命は洗濯機の説明書を読み上げ、蓮美は口を挟まず黙って見守る。
午後から命の生活指導に付き合う事となっていた。
犬威が手伝ってもいいのだが先に手を出してしまいかねない。
それでは本人の為にはならないので悟狸から監督をお願いされたのだ。
説明書を読み終えると命は洗濯機にへばりついたり、眺めたりしている。
その姿を見ながら、AIの神なのにリアルな現物には馴染みがないのだろうかと不思議に感じた。
ネットワーク社会を管理しながらも、自身が何を支配しているのか理解しきれていない可能性も伺える。
「蓮美さん、これって僕の物なんですよね?」
洗濯槽に顔を突っ込んで尋ねた。
「そうだよ、命君の物」
「……僕だけの物」
屈んでいた体を上げてニンマリ笑顔を浮かべる。
先程までのトゲついた空気がどこかへ行ったようだ。
「これもですか?」
一緒に購入した簡易式の物干しスタンドを手に取った。
「うん」
「なるほど」
返事をするなりさっさと組み立て始める。
「ふむふむ」
難しくない工程だが、進めていくと物の数秒で組みあがった。
「できました」
「もう作ったの?」
外出で手ごたえを覚えたのか、関心を持つ意欲が以前より備わっている事に驚く。
組み上げると物干しを折りたたんだり立てたりを繰り返した。
洗う時は洗剤や柔軟剤が必要など洗濯の手順も蓮美は教える。
「はいはい」
聞いているのか聞いていないのか、生返事を返されても聞き流した。
「洗濯機はもういいから、部屋の物を見に行こう」
「はいはい」
ニマニマしながら並んで廊下を歩く。
宿直室は片付いており、布団も畳まれ衣類はハンガーに吊るされていた。
衣、食、住の二つは向上しているみたいだ。
「服を衣装ケースにしまおうか」
吊るされていたシャツを外してしまっていく。
下着も専用のケースにしまい、押し入れの下段に収めた。
「服が選びやすくなるね」
「この箱はなんですか?」
琉星と霧人が選んでくれたスニーカーだ、箱に入って三段積まれている。
「君の靴……」
言い切る前に箱から取り出していた。
おもちゃをもらった子供みたいに、蓮美そっちのけで夢中になっている。
生活が満たされると気分は上がり、彼も同じではと踏んだのは正解だったようだ。
靴を箱に戻すと紙袋を掴んで中から商品を引っ張り出す。
「こっちはなんですか?」
「肩から下げる鞄だよ、財布やハンカチを入れたり……」
「こうですか?」
ショルダーバッグを下げて直立不動になったが、小学校の入学式に撮る写真を思わせフフフと笑ってしまった。
「おかしいですか?」
「だって、出会ったばかりの時と今の命君、違いが凄すぎて……」
舌打ちをしたり、唾を吐くなど想像すると考えられない。
「前の僕はどんなでしたか?」
以前の自分に自覚がなかったのか。
罪はなかったと言ってしまえば都合がいい気もするのだが。
「感情的になりやすいっていうか……」
「感情的?」
「怒ったりしやすかったり、落ち込みやすかったり……」
「感情的、感情的……」
自分に言い聞かせるのをここでも繰り返す。
「今は違いますか?」
「……少し変わったかな」
そうは言ったものの。
狐乃との外出中に、能力でかけてきた電話が引っかかった。
「でも、お店に行く途中で電話をかけてきたよね。ああいうのは良くないとは思うよ」
「ああいうの?」
「狐乃さんと私が買い物に行く時にかけてきた電話だよ」
「僕はネットワークの神であり、システムを管理するのが使命です。蓮美さんの安全を見届ける事も含まれます」
命は単調に答える。
「でも、あれじゃ管理というより監視だよ。プライバシーの問題もあるし」
「僕の前でプライバシーは関係ありません」
感情を交えずにハッキリと言い切られた。
「誰であろうとです、蓮美さんでも」
「……」
言葉に詰まる。
さっきとは一転し、強気な態度に引いてしまうが。
「命君は今は人でいたい、神様でいたい?」
「……え?」
話題を変えられ動揺をみせた。
ショルダーバッグをギュッと片手で握る。
「人でいたいです……」
「だよね、人と向かい合う時は人でいた方がいいと思うんだ。人でいる時は他人の情報や個人的な事を知るのはやめた方がいいかな」
「……どうしてですか?」
「人間はそういう事をされるのは好まないっていうのかな。神様でいる時はバグが現れた時とか、使い分けた方がいいと思う。ゲームセンターで女の子を助けた事があったよね、非常時の時とか……」
生物がコミュニケーションを取る上で適度な距離感は必要である。
相手の心や関心に土足で踏み込む事は要らぬ災いを招きかねない。
彼の今後を考えるのなら、教えておかなければいけない事でもあると思っていた。
「……じゃないと」
「じゃないと……?」
神だからこそ知っておいて欲しいのだ。
管理と支配は違うという事を。
「……友達じゃいられないかな」
「えっ!」
命はペタンと膝をついて座り込む。
「友達じゃいられない……」
かなりのショックだったらしい。
「僕は休みなくシステムを護ってる。何もしていないように見えても、脳内のシステムはずっと動いてるんだ……」
まさかの反応だった。
「曲がりなりにも神なんだ、神である僕と友達じゃいられないなんて……」
こんなに大げさに受け止めるとは思わなかった。
手をついて肩を震わせている。
飄々としている様にみえて傷つきやすい一面があったとは。
蓮美は肩に手を置いた。
「誤解だよ、大げさに受け止め……」
「僕は……」
彼は俯いていた顔をバッと上げた。
「社畜(しゃちく)の神だぞ、崇(あが)め奉(たてまつ)れっ!」
「ええーっ!」
意外な言葉を返される。
自虐なのか不遜なのかを数秒考えた。
「……神様なんだよね?」
「社畜みたいなもんです……」
命は不満げに唇をプルプルさせている。
「……しゃちく」
固まる蓮美の中である想像が浮かんだ。
社畜の神。
「意味のない会議をなくしたいです」
とか。
「納品日が無理ゲーなので助けて下さい」
とか。
ご利益があれば需要もある気がする。
自己紹介で社畜の権化と名乗っていたが、正体が世に知れれば熱い支持を集めそうな気もした。
そんな想像が浮かぶ次には、考えもよそに当人はヘアワックスの中身をほじくっている。
ボサボサの髪になすりつけ、不器用に整えるので蓮美が手伝った。
伸びすぎで片方に揃えるしかなかったが、澄んだ瞳が露わになる。
「これ、気に入りました」
久しぶりに見た。
ガラス玉に似た彼の瞳を。
瞳に映る彼女に向けて、命はぎこちなく微笑んでみせた。
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