野菜の心持ち

悠星

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一流の殺し屋

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肌寒い夜の中、路地裏の奥にある古びたホテルの一室に一人の男が泊まっていた。時折腕時計を見、また窓の外にも気をやっている。
「やつめ、まだこないようだな。」煙草をふかしながら彼は言う。
実は、彼は殺し屋なのだ。それも、ただの殺し屋ではない。頼まれた相手は必ず殺す、一流の殺し屋である。今日もある会社のライバル関係にある社長を殺害するよう依頼された。
「それにしても、遅いな。予定ではもうじきやって来るはずなのだが…」当初の予定では彼の仲間がターゲットをここにおびき出し、彼の泊まっているホテル前でその周りにいる社員をひきはがす。そして一人になった所を彼がズドン、という寸法だった。「まぁいいさ。奴がきたらこのライフルで眉間をぶち抜いてやる。私は閻魔も恐れる一流の殺し屋だ。確実に標的を殺してやる」そして愛用のライフルに銃弾を込めようとした時、彼はふと思った。もしかして仲間が裏切ったのではないか、と。あいつ、金に困っていたようだし、法外な金を積まれれば相手に寝返るのではないか?現に今、ターゲットの姿は見えないではないか。いや、きっとそうに違いない。
「ちくしょう、奴ら裏切りやがって。殺し屋の隅にも置けない奴らだ。」彼は握りしめていたライフルを投げ捨てる。
しかし彼は一流の殺し屋。狙った獲物はなにがあっても必ず殺さなければならない。一度の失敗は彼にとっては死を意味する。それが一流の宿命でもあるのだ。
こうなると困るのは標的と裏切った仲間、その両方を殺さないといけないことだ。一流の殺し屋として、どんな状況であっても依頼をこなすのが彼の仕事であり、また裏切り者には死をもって償わせる、それがこの仕事の界隈での暗黙のルールなようなものだからだ。「これは困ったことになった。一気にターゲットが倍になってしまった。ううむ、後始末が増えるのは面倒だ」
彼は思考を巡らせる。様々な殺しの方法から最も手間なくなるべく素早く処理のできる殺害方法を選択する、これも一流の仕事なのである。約十五分もの模索の結果、彼は一つの方法を思いついた。
「よし、まずはじめに裏切った私の仲間を絞殺しよう。縄で殺すのは多少荒っぽいが、血も出ないし後処理が楽だ。次に標的は宅配員を装って部屋に侵入し、口を塞いでから刺殺なり撲殺なり好きにやろう」
そうと決めてはまず裏切った仲間を探さねば。彼は携帯電話を使いその仲間に電話をかける。騙されたふりをして場所を聞き出すのだ。
しかし、電話の呼び出し音がニ、三回なった後、彼はふと気づいた。もしかして依頼主が私を陥れようと騙しているのではないか、と。彼は業界ではひどく有名な殺し屋、他の企業により多くの大金を積まれ自分が狙われるのを恐れ、彼を策略に陥れるつもりなのではないか、そんな疑惑の念がふつふつと彼の胸の中に湧いてきた。だとしたら今電話をするのは危険だ。その疑念が確信へと昇華するのにそう時間はかからなかった。
「いや、きっとそうに違いない。ちくしょう、あのタヌキ野郎め。とんだ化けの皮を被った妖怪ぬらりひょんであったか」
こうなると困るのは、仕事のことだ。依頼主に裏切られたのは彼にとって初めての事態である。元々は標的を殺すだけだったのに、その殺害を命じた依頼主自体が裏切り者なのである。この場合、依頼主を殺すべきなのだろうか。全ての根元はあのタヌキであるのでわざわざ標的を殺す必要は全くないし、その上裏切った仲間を殺す意味など、もはや皆無なのではないか。このままではただの殺人鬼になってしまう。殺し屋と殺人鬼は全くの別物なのだ。だが彼は一流の殺し屋、狙った相手をいかなる理由であろうとも殺せないという事があっては彼の名に傷が付く。警察機関が発達した昨今、殺し屋という仕事も右肩下がりの鰻の川下りである。この先仕事数が減るのはなにに変えても苦痛なのだ。もう副業の居酒屋のアルバイトで酔っ払いに絡まれたくない。そして何よりも彼のプライドが失敗を許さない。そうなるとやはりあのタヌキを殺し、尚且つ標的も裏切り者も殺害する。これが一番彼にとって都合がいい。しかしそうなると困るのがその仕事量だ。依頼主自体を殺すのにはひどく手間がかかる。彼の居場所を聞き出すのにも骨が折れるし、殺すとなってはもっと難しい。ボディーガードもきっといるだろうし、会社自体セキュリティーが強い。後始末となってはもうトップニュースにのぼることは避けられないだろう。これは非常に面倒だ。
しかし彼は一流の殺し屋。狙った獲物は逃さないし、殺害方法は銀河に瞬く星と同じ数だけ把握している。彼に殺せぬ状況などないのだ。
「よし、もう全員殺す。方法はこの際深く考えまい」
あまり物事を考えすぎるとかえって物事がうまく行かない事が多い。彼は豊富な経験と冷静な判断も兼ね備えている。そこが彼が一流たる所以でもあるのだ。

ふと机の上の携帯電話が震えているのに気が付いた。先ほどかけた仲間からだろうか。彼は少し緊張して電話に出る。
「ひさしぶり、元気してる?」かかってきたのは色っぽい女の声だった。「やあ、君か。元気だよ。どうしたんだい?こんな時間に」
電話の主は同じ殺し屋仲間のNだった。彼女はその美貌と多国語を操る頭脳から、この業界でも知らぬ者はいない女アサシンである。彼とNは同期であり、その高い腕前からお互いを認め合うなかであり、普段から仲良くしていた。
「うふふ、大した事じゃないわ。実はちょうど今、仕事が終わったから暇なの。この後一杯、どう?」
「なるほど、そりゃあ名案だ。
だが今私はー」
続きの言葉を口にしようとした瞬間、彼はふと気づいた。彼女、私を騙そうとしたあのタヌキの差し金ではないか?あのぽんぽこのやる事だ、その手法は極悪卑劣で抜かりのないものであるに違いない。普段私と彼女が懇ろにしているのを知った上でその状況を利用し私を貶めようとしているとしても何らおかしくない。彼女もまた私と同じく一流の殺し屋だ。同期である私を殺すことに何の躊躇もないだろう。思えば何だか今日の彼女の声はいつにもまして妖艶で、私を誘っているような風であった気がする。いや、そうだそうに違いない。たとえ気のおける仲間であっても疑いを抜かない、それが彼の一流である部分の最たるものである。
「すまないが、今日は少し用入りでね。また今度誘っておくれ」
顎をすこし上に傾け彼はそう述べた。
「あらぁ、そうなの。残念だわ。
今度はちゃんと空けておいてね。
またきっとお誘いするわ。」
彼女は本当にがっかりしたようにそう答えた。この牝狐め、彼は心の中でそう毒づいた。

彼は今、一人ホテルの一室でタバコをふかしている。さて、今晩は彼の殺し屋の仕事の中で最も大変な夜になった。標的を殺し、裏切り者を殺し、依頼主を殺し、ほのかに想いを寄せていた女性をも殺さなければならない。かつてないほど骨の折れる仕事になるのは疑いようがない。だが彼は仕事を必ず達成する。なぜなら彼は一流の殺し屋。優れた腕前にいかなる状況動じない冷静さ、殺しに関する幅広い知識に加え、何者であっても疑ってかかる斜に構えたものの捉え方、その全てにおいて彼は一流の殺し屋と呼ぶに相応しい。
彼は一本のタバコを吸いきったあと、覚悟をきめてホテルを出た。

とあるビルの最上階、ある社長とその秘書が話し合っている。
「君。例のように手配してくれたかね」
「はい。それはもう言われたとうりに。この男に向かわせました」
男はある男の写真を差し出した。
「おいおい、私が依頼したのはこの男ではないぞ。どういう事だね」
男は慌てて書類を見返した。
「すいません、どうやら間違えてしまったようです。しかし社長が述べた一流と呼ばれる殺し屋に彼も属しているように思われます。
何か問題があるでしょうか?
おそらく結果に変化は無いと思うのですが…」
男は煙草をぷかぷかとふかしながら答えた。
「だめだめ、こいつは一流の殺し屋とはよべないさ。一流の意味を履き違えてはいけない。プロサッカー選手や芸能人とはちがうのだよ。彼らは殺し屋だ。殺し屋なんて、頭が良すぎてはやっていけない。少し阿保なくらいがちょうどいいのさ」
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