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その騎士、頭を垂れる
しおりを挟むわたくしが王子に連れて来られた場所は、騎士団の訓練所であった。初めて来る場所に思わず辺りを見回してしまう。
それでも王子と触れている手が、完全に意識をそこへ向けさせてはくれないでいた。
通路を抜ければそこは広い広場があって、その奥には騎士達の宿舎があるそうだ。丁度今は勤務中の騎士が出払っている為か、数十人程の若い騎士達が剣を構えて訓練をしていた。
ふとその中の一人がこちらへ顔を向けると……
「王子!?」
大きな声を上げ、あっという間にわたくし達は騎士達の視線を浴びることになった。突然の王族の登場にパニックになった彼らは剣を持ったまま右往左往としている。
そんな慌しい中で、一人の騎士がこちらへ来て膝を付いた。
「……突然のことで、このようなお出迎えで申し訳ありません。アンリ王子。本日もご機嫌」
「堅苦しい挨拶はいい。…レオナルド伯爵、俺と一戦願おう」
「……分かりました。では、こちらへ」
……伯爵?
立ち上がった男の顔を見るとまだ若く、王子と歳は変わらないように見えた。今は凛と顔を引き締めているが、大きなクリクリとした目は笑ったらとても愛嬌を誘うだろう。ルビー色の瞳はとても色鮮やかで、結ばれた口元も自然なピンク色に色付いていた。
……どこかでその目を見たことがあるようなないような。しかしわたくしの知り合いでは決してない。
まだ若くして爵位を持った騎士であり、突然の無茶振りにも対応できる順応さ。加えて顔もいい。とても優秀な男だ。こんな男が知り合いなら忘れる筈があるまい。
けれどふと男は思い出したようにわたくしを振り返った。そしてわたくしの顔を見て……ほんの僅かではあるが、その溢れんばかりの大きな瞳を見開いた。
……あら?とその様子に首を傾げる。どうしたのだろうか。しかし一瞬の表情の変化はすぐに消え、男は丁寧に胸に手を当てた。
「……ご令嬢は、危険なのでどうか離れた場所でご覧下さい」
「……そうだな。シェリー、侍女たちと向こうへ行って見ていろ」
王子の気の使えなさが露呈したところで……あっ、と。わたくしは脳内から一つの記憶を引っ張りだすことが出来た。
先ほど団長様の部屋に訪れた男じゃない…!
どこかその目に既視感を感じる気がしていたのはそのせいだ。一瞬の出来事で男の顔をまじまじと見る時間はなかったから、直ぐに思い出せなかった。
対照的に向こうはきちんとわたくしの顔を覚えていたらしい。……団長様の部屋でケーキを食べていた令嬢が、今は王子の手を取っていればそれは驚くに決まっているわ。
そんなことを思いながらそっとわたくしは王子から手を離し、後ろに控えていた侍女を連れて広場の隅にあったベンチへハンカチを敷いて腰を下ろした。
広場には王子に恐縮して緊張で固まっている騎士達を他所に、王子と男が剣を構えて向かい合っていた。体格は王子の方が背が高く一回り大きいので、王子が有利に見えるけれど…。
本業の騎士とサボリ魔の王子とでは結果は試合をする間でもなく見えているだろう。王子は不真面目な癖に体だけは鍛えているようだが、わたくしは王子が活動的に動いているところをあまり見たことがない。それに王子は鍛えてると言ってもしなやかで、どちからと言えば華奢な男だ。勝てる要素がどこにもない。
それでもわたくしは初めて見る王子が剣を振るう姿に、少しだけ心を踊らせていた。
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