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その令嬢、覚悟を決める
しおりを挟むコルセットを外した体に纏うは、装飾もなく軽々とした淡いオレンジ色のワンピース。珍しい銀色の長い髪を隠すのは、どこにでもありそうな栗毛色のウイッグ。人混みの中を歩くだろうからと言って渡されたぺったんこの靴を履いて、わたくしは不機嫌な様を扇子の後ろに隠していた。
「シェリー、扇子はもちろん置いて行くよ」
「これくらいお許しになって!」
ぱちん!と扇子を閉じて王子に顔を晒すと、王子は私を見て満足げに微笑んだ。輝くような金髪はわたくしと同じ栗毛色で、煌びやかな王族の服は市井の服に変わっている。格好は全く地味なものだが、優れた顔のせいでどこからどう見てもお忍びで密かに市井に遊びに来た高貴な身分以外には見えない。……わたくしもそれは変わらず、どう考えても市井に行けば浮いて人の目を集めてしまうだろう。
わざわざ用意した家紋が入っていない扇子を王子に奪われたわたくしは、手持ち無沙汰に更に機嫌を悪くした。
「ねぇアンリ様。わたくし、胸騒ぎが致しますの。きっと直ぐに正体がバレて、大騒ぎになると思いますわ。騒ぎになればならず者が集まって、もしかしたら王子とわたくしを攫ってしまうかも。お祝い事にそんな騒ぎを起こすなんて、一体どうなってしまうことやら」
「全く、心配性だなぁ」
なんて、なんて楽観的!なんて考えたらず!ご自分の!身分を!よーく、よーくお考えになって!
「市井に降りた途端、その顔でアウトですわ」
「シェリーは帽子を被っていれば大丈夫」
「一番危険なのは、わたくしではなくアンリ様のお顔です!」
一体どれだけご自分の顔が国中の人気を集めてるとお思いですの!あぁ、どうしましょう。アルベルト殿下のご誕生日前に第二王子が攫われたなんてニュースが起こってしまったら、まさしく国の恥。回避するためどうにかして説得しようと試みてはいるけれど、市井に行けると胸を躍らせている王子には暖簾に腕押しだ。わたくしにはもはや成す術はないのかしら……。
「……仕方ない。昼の散策は諦めて、夜の祭りに変更するか」
王子が残念そうにそういった途端、丁度人の出入りのため扉が開いていた部屋の外でどたばたと騒ぎが起こった。……当日は各国から使者が来ているため、王城内の警備はいつもの何倍も人を要することになる。そんな中で市井に遊びに行くという我儘王子のために騎士を捻出して、安全に王子が楽しめるよう厳重な警備の計画を立てたのに、王子の一声でまた一から考えなければならなくなってしまったのだ。……本当にアンリ様、貴方と言う王子は。せめてまだ当日まで時間があってよかったわ。
「……わたくしは、行きたくありません」
「俺は行きたいよ、きみと」
沢山の人を巻き込む我儘が叶えてしまうのが、この王子様という立場と身分。
「貴方様が危険な目に合ってほしくない、と申し上げてもお心は変わりませんか?」
窓際に佇んでいるアンリ様の瞳がわたくしを捕らえる。黄金色の瞳は光に透き通っていて、あまりにも綺麗だった。眩しくて目を細めたわたくしにアンリ様は口元を上げて、機嫌よく笑った。
「変わらないよ、俺のシェリー」
……後で、騎士団長様かもしくは副団長様とお会い出来るかしら。きっとこの忙しい時期なので、いっそ側近の騎士でも構わない。とにかく、大幅に変わる警備体制のお話を聞かなくてはなるまい。いつの間にかテーブルにお茶のセットを済ませた侍女たちは扉の傍に控えていて、わたくしはソファーに腰を下ろした。ぴんと伸ばした背はコルセットの締まりを感じず、膝を覆う薄いワンピースの布は、いつもの分厚い足首を隠すドレスと違って心もとない。……わたくしはこんな恰好をしていては駄目なのに。
はぁ、とため息を吐いて、紅茶と一緒にこれ以上の言葉を飲み込んだ。
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