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その王子、かわいがる
しおりを挟む「それでは失礼致します」
ぞろぞろと部屋を退出していく女たちを見て、ほっとわたくしは息を付いた。
先ほどまで全身の採寸のために、わたくしは5人がかりで囲まれていた。流石に圧迫感があったわね。
「シェリー」
「……どうなさいました?」
呼ばれた声に振り向けば、採寸の際もずっと同じ部屋にいたアンリ様が、ソファーで長い脚を組んでわたくしを機嫌よさ気に見ていた。
もちろん採寸の時は服を脱ぐので仕切りがあったけど、仕切り越しにもわたくしの慌てようは伝わっていただろう。
……なぜドレスを作るのにそんな場所まで測るんですの!?と何度も声を上げてしまったもの。
今日はアルベルト殿下の誕生日パーティーに着るドレスを、アンリ様が作って下さるということで、その採寸のためにお城へやって来た。
……わたくしにドレスを贈る前にやるべきことが沢山あるはずのアンリ様は、大きな窓から差し込む日の光を浴びて、神々しいほどの美を放っている。
招く手に誘われてアンリ様の隣へ座れば、アンリ様は包み込むようにわたくしを抱き締めた。
しかしわたくしが照れる前に、何やら背に動きを感じて、そちらへ意識が逸れる。
何かしら?と思って首をひねると、後ろに回された手がさわさわと背中を悪戯に走っているのが見えた。……まぁ。思わずつねろうかと思ったけれど、はしたないと思い直して持ち上げていた手を止める。
だがその手を降ろすのも癪なので、遠慮がちにアンリ様の二の腕に手を添えた。
女のわたくしとは違う、ちゃんと筋肉のついた腕は触ってもぷよぷよなんてしない。
何度かアンリ様の腕に手を這わせたところで、ふと視線を感じてわたくしは顔を上げた。美しい宝石のような瞳から先ほどの愉快に浸った意地の悪そうな色は消え、真っ直ぐと見つめ合うわたくしがそこに映っている。
「……アンリ様?」
「……シェリー、何かあった?」
わたくしは思わず息を詰めた。
……この男、勘が鈍いのか鋭いのか本当に分からないわ。アンリ様に悟られないようにゆっくりと息を吐いて、もぞもぞと心地よい腕の中から抜け出す。
じっとわたくしを見ている精悍な顔に微笑むと、アンリ様は隠しもせず眉間に皺を寄せ、口元を歪めた。
そんな顔も美しいなんて、思わず感心してしまう。
「特に大丈夫ですが、強いて言うなら……。午前の予定をサボって午後の予定もすっぽかすおつもりでいらっしゃるどこかの殿下が、わたくしの憂いの原因ですわね」
「あー……。ごめんって。そんな怒らないで、シェリー」
そう言いながら今度はひょいとわたくしを持ち上げる。
わたくしが驚いて悲鳴を上げる暇もないまま、アンリ様は自分の脚の間にわたくしを置き、べったりと後ろからのし掛かってきた。うぐっと出そうになった声は何とか抑えましてよ。
アンリ様の低い体温のみならず、鼓動まで感じる距離に、わたくしの心臓の音も聞こえてしまっていないかどきどきした。
「ア、アンリ様!」
思わずわたくしのお腹で組まれた手をぺちぺちと叩いて、更に抗議するために後ろを振り向こうとする。
けれど頭にまでアンリ様はどっしりと覆いかぶさってくるので、無様に潰れないようにわたくしは耐えるしかなかった。
「政治なんてものより大切なんだよ、きみが」
「と、突然なんですの?そんな言葉でわたくしが絆されると思ったら大違いですわ!」
全く、この王子はぬけぬけと何を仰るか。
気付いたらわたくしはいつものように、あーだこーだと王子に向かって言っていた。
くすくすと笑う王子の体がわたくしに響くので、非常に心臓には悪かったけれども。きっとわたくしの煩い胸の音も、アンリ様には聞こえているだろうけれども。
それでもわたくしが喋っていればアンリ様は笑うので、わたくしはいつもより、口を多く回した。
「じゃあシェリー、またね」
別れ際。その王子の言葉にそう言えば王子は最近わたくしの家に来ていないわねとふと思ったけれど、ちゅっと頬に唇が落とされたせいで、考えていたことなんて直ぐにどこかへ飛んでしまう。わたくしは王子の顔をまともに見ることができず、笑われた挙句に真っ赤な耳をつんと突かれてしまったけれど、振り絞った挨拶をして王子の前から立ち去った。
「_____時は止まって、くれないのね」
「……お嬢様?」
「いいえ、何でもないわ。さぁ、早く帰りましょう」
侍女がわたくしの顔を見上げて、小さく目を見開いた。
ぽたりと重厚なカーペットにシミが一つ落ちる。けれど頬を伝った涙をどうしても拭うことが出来なくて、ぴんと背筋を伸ばしてまたわたくしは歩き始めた。
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