貴方に相応しいのはこのわたくし

双葉愛

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その令嬢、波乱に飛び込む

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「……これはこれはリチャード様。私も随分とご活躍を耳にしていますよ。長い外交で心身ともにお疲れかと思いますが、本日はお会いできて嬉しいです。後学のために、是非隣国の法や水治事業について伺いたい所存でして……」


柔らかいシャルド様の言葉に、ぴくりとお兄様のコメカミが引きつる。


キッっと身構えていたお兄様は、好戦的どころか、お兄様の言葉をさらりと流したシャルド様に肩透かしを食らっていた。


寧ろシャルド様はつらつらとお兄様に政治的な話を投げ、思わずと言ったふうにお兄様もシャルド様に答えている。



「……国教を重んじる隣国では法にも宗教的な特徴が強く、最たるものは神官の立ち位置を法で明記し保証していることでしょう。神官にも身分があり、貴族とは独立した階級を法が作っていました」


「それは興味深いですね。我が国は海に面し海上貿易が発達ですが、隣国は内陸国であり、あまり貿易の拠点となる場所でもない。そのため国風はかなり独特ですね。あともう一つの国で……」


………あら?

完全に会話から置いてけぼりにされたわたくしは、呆然と二人を見つめた。

おかしいですわね。確か先ほどまでは一触即発な雰囲気が漂っていたはずですのに。

最初はしぶしぶと言ったように喋っていたお兄様も、いつの間にか熱心に自分の見聞を語っている。
……お兄様、もしかしてシャルド様に見事に流されていませんこと?シャルド様の口の上手さは有名で、次期宰相としてシャルド様に口を開かせれば何事も上手くいくとアンリ様も仰っていた。


無理に今の無難な空気を壊す必要はないのでわたくしは静観に徹するが、その一方でお兄様の溌剌とした一面を見て少し目を見開いた。


……わたくしはお兄様が忙しそうに屋敷を駆け回る姿しか見たことがなかったから、お兄様がこんな前向きにお仕事に取り組んでいるなんて思ってもなかった。



わたくしはお兄様を取り上げてしまうお仕事が嫌いだったし、お兄様までわたくしの側にいらっしゃらないのならわたくしは独りぼっちだとよく泣いた。そんなわたくしを困ったように笑って抱きしめてくれたお兄様は、きっと自分の世界を見つけたのだろう。



わたくしよりお仕事を優先するお兄様を、お父様の血が流れているのだから仕方ないと思うことで自分を納得させ、少しでも心を慰めようとしたわたくしの幼少期の勝手な刷り込みは先ほど崩れてしまったけれど、わたくしがアンリ様という心の拠り所を見つけた今、もう過去のことだと宝箱に思い出として仕舞ってしまおう。



そんなことを思いながら、わたくしはお兄様とシャルド様の会話を聞いていた。



それからもう暫くたって、やっとお兄様とシャルド様は言葉を止めた。


「是非またお話をお聞かせ願いたい。次はもっとちゃんとした場で」

「えぇ、こちらこそシャルド様」


……月のひかりに照らされた美丈夫二人に、なにやら友情が芽生えた様子。わたくしにはしっかりと心の中で、固く握手を結ぶ二人が見えましたわ。


そしてすっかりお兄様は当初の目的を忘れているようだった。単純なお兄様が少し心配だが、まぁアンリ様と比べればなんてことはない。


そしてお兄様はわたくしの存在も忘れていたことに気付いたのか、わたくしの頬にそっと手を触れた。


「シ、シア、すまなかった。冷えてしまったね」


頬を撫ぜる大きな手に心が騒ぐことはないけれど、なんだか心に暖かいものが滲む。
それを感じて、あぁやっとわたくしとお兄様は本来あるべき姿の兄妹になれるのだと思った。
わたくしがお兄様に抱いていたのは執着か、寂しさか、愛かは自分でも分からないけれど、これからはお兄様に荒んだ気持ちを抱くことはない。



漠然とした何かから解放された気がして、わたくしはそっと微笑んだ。




「構いませんわ、お兄様。それよりもそろそろ会場へ戻りましょう」


「……そうだな。それではシャルド様、私達はここで失礼致します」


「あぁ。シェリシア嬢も、お付き合い頂きありがとうございます。それではまた」 




その場で去ったわたくし達は、ちょうど主賓に会え挨拶できたのをいいことに、そのまま帰りの馬車に乗り込み、ゆったりと家の帰路についた。






「……あの、お兄様」


「なんだい、シア?」



ソファーで寛いでいるお兄様から、柔らかな視線が私に注がれる。


「わたくし、殿下と婚約破棄いたしませんわよ」


覚悟を決めてそう言えば、きょとんとした顔でお兄様は首を傾げた。


「どうして?」


「……どうしても何も、理由がございませんでしょう?」



確かにぼんくらな王子だが、世間の評判は第一王子のアルベルト殿下に並ぶほどとてもいい。なによりも王族との婚約破棄なんて、いかなる理由があろうともこれほど不名誉で不敬なことはない。
それなのにお兄様は何かを確信した目で、わたくしを見つめる。


「……理由ならいくらでもあるよ。今のアルフレッド家の力を使えば、アルベルト殿下の婚約者にシアを添えることもできる。寧ろアンリ殿下の後にアルフレッド家がいる方が、きな臭い話も立ち上るしね」




わたくしは、穏やかな表情で語るお兄様の言葉を、呆然と聞いていた。


そしてふと脳裏に、最後にあった時の少し様子のおかしいアンリ様の様子が浮かぶ。




「アンリ殿下は後継者争いなんて望んでいないだろうけど、周りはそうはいかない。この国は長い間平和すぎて、欲にくらんだ人間の結末を忘れているんだよ」




 
「ねぇ俺の可愛いシェリシア。賢いシアは_____分かるだろう?」


どくん、と。胸騒ぎがわたくしを襲った。







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