貴方に相応しいのはこのわたくし

双葉愛

文字の大きさ
12 / 15

その公爵嫡男、月光の寵愛を注ぐ

しおりを挟む






振り返ると、相変わらずのその美しい顔で、シャルド様は悠然と微笑みを浮かべ立っていた。名高い“氷の貴公子”と呼ばれる男だが、いつもわたくしには氷を溶かすような笑みを向けている。



そんな男の登場に一瞬わたくしは固まってしまったけれど、直ぐに我に帰った。



しまった、とわたくしは姿勢を正したが完全に手遅れだ。わたくしの様子をどこか探っているような男の視線に心の内でもう一度しまった…と零した。



だがまだ顔見知りのシャルド様であっただけ救いだろう。そう思うことにしないとあまりにも恥だ。


先程の無様な格好を取り繕うように口元を上げ、背筋を伸ばす。



「今日は君の兄上に会場の華を奪われて諦めていたんだけどね。……シェリシア嬢とこうして月の光を浴びれるなんて、神は俺の味方だった」



甘い甘い砂糖を溶かし込んだ蜂蜜のような声で戯言を紡ぐシャルド様が、わたくしの目の前に立った。その距離は僅かで、どちらかが片足でも踏み出せば触れてしまうような距離だった。近い。近いけれど不思議と嫌悪感は一切感じられない。



すぅっと弓なりに細められた艷やかな黒曜の瞳がわたくしを取り込み、わたくしは思わずその端正な顔に魅入った。



………これだから顔が美しい方は罪よね。など、少し美形に弱いわたくしは揺れる心へ理由を与えようとする。そうあまりにも美しいからよ、と心の中でこの言葉を撫ぜれば幾分かは気分が落ち着いていく気がした。



でも顔だけではなく、数多の女性を思うがままに虜にする手慣れたシャルド様は、更に厄介なのだ。黒髪黒目の風貌のせいで、一見冷たい様に見えるシャルド様が微笑まれると、一発でノックアウトされてしまう。


第二王子さえいなければ、わたくしもあっという間にその瞳に囚われ、心を捧げていたことだろう。まだこんな魅力的な男に視線を捧げるだけで済んでいるのは、一重に王子の存在があるからだ。




「……シャルド様にお会いできてわたくしも光栄ですわ。王城以来でしたものね」


「あぁ、そうだね。あの時は大変だったよ」



話の話題が移りどうやらこれ以上シャルド様は先程のわたくしの様子を追求する気はないようで、内心安堵の息を吐いた。


いくらかは笑みを自然なものへと解し、提供される話題に言葉を返していく。


チラリと会場に視線を向けると、まだお兄様が来る様子はなかった。



会話も途切れることはなく弾み、物腰も穏やかで、わたくしが嫌がることは消してなさらないシャルド様は、まさに紳士の鏡だ。……どこかの王子も見習ってほしいわね。


そう思うと必要以上に強張っていた気持ちはいつものように緩んで、シャルド様の話に笑みを零してしまう。


照らされる月の灯りに包み込まれるかのような居心地のよさの中で、もう暫くはご令嬢達にお兄様を捕まえておくよう祈った。




* * *



「っ、シア!すまない、待たせてしまったね……」



どこかよれよれになった衣装で、疲れた表情に笑みを浮かべたお兄様が戻って来たのは、それから十数分程経った頃だった。きっと令嬢方にダンスを迫られ揉みくちゃにされたに違いない。


わたくしはそんなお兄様を見てもさっきみたいに混乱しなくて、思わずほっとした。お兄様のことを悪く思いたいわけでは決してないから。


しかしお兄様はわたくしの側にいたシャルド殿に気付くと、眉に皺を寄せて足早に私の元へ駆け寄った。隣に並んだお兄様がわたくしを隠すようにわたくしの前に立ち、視界からシャルド様が消えてしまう。




「……これはこれはシャルド殿。久方ぶりです。ご活躍の噂は耳に及んでおりますよ。……それで、貴方様とあろうお方が家の妹に何を?」



「お、お兄様…!」



あまりにも鋭いお兄様の言葉に思わずお兄様の腕を掴んで嗜める。心配して下さっているのは伝わるけれど、その心配は無用ですのに…!



シャルド様が気を悪くなされたのかどうか一抹の不安を覚えるも、お兄様はわたくしの前からちっとも動かないからシャルド様の様子を伺うことは出来ない。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

悪役令嬢の涙

拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

ヴェルセット公爵家令嬢クラリッサはどこへ消えた?

ルーシャオ
恋愛
完璧な令嬢であれとヴェルセット公爵家令嬢クラリッサは期待を一身に受けて育ったが、婚約相手のイアムス王国デルバート王子はそんなクラリッサを嫌っていた。挙げ句の果てに、隣国の皇女を巻き込んで婚約破棄事件まで起こしてしまう。長年の王子からの嫌がらせに、ついにクラリッサは心が折れて行方不明に——そして約十二年後、王城の古井戸でその白骨遺体が発見されたのだった。 一方、隣国の法医学者エルネスト・クロードはロロベスキ侯爵夫人ことマダム・マーガリーの要請でイアムス王国にやってきて、白骨死体のスケッチを見てクラリッサではないと看破する。クラリッサは行方不明になって、どこへ消えた? 今はどこにいる? 本当に死んだのか? イアムス王国の人々が彼女を惜しみ、探そうとしている中、クロードは情報収集を進めていくうちに重要参考人たちと話をして——?

悪意には悪意で

12時のトキノカネ
恋愛
私の不幸はあの女の所為?今まで穏やかだった日常。それを壊す自称ヒロイン女。そしてそのいかれた女に悪役令嬢に指定されたミリ。ありがちな悪役令嬢ものです。 私を悪意を持って貶めようとするならば、私もあなたに同じ悪意を向けましょう。 ぶち切れ気味の公爵令嬢の一幕です。

処理中です...