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プロローグ 2
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考えるだけ無駄だと切り捨てたアルマニアが、小夜を無視して皇太子に向かって口を開いた。
「殿下、サヨがやってきて以降、殿下が私を疎ましく思っていらっしゃるのは存じております。ですが、それだけで私を罰するのでしょうか」
「何を言っているんだお前は。まさかお前、自分がしでかした罪すら理解できていないのか?」
「罪、ですか?」
金糸のような髪をさらりと流しながら首を傾げたアルマニアに、皇太子が蔑みの表情を浮かべた。
「ひと月前、我が国を狙ったザクスハウル国の襲撃があっただろう。そのときにお前が何と言ったか、忘れたとは言わせないぞ」
言われ、アルマニアはひとつ瞬きをした。そして、臥せっている皇帝の代わりに指揮を取る皇太子へと進言した言葉を思い返す。
「ええ、覚えております。ザクスハウル国の秘術により、郊外の街ひとつが丸々呪われ、そこに住む人々が残らず人を襲う魔物へと変じてしまった件ですね。殿下はあのとき、魔物になっても変わらず我が国の民だと仰い、彼らをなんとか元に戻す方法を探るべきだと主張されました。私はそれに対し、彼らを殺さずにその場に留め続けることは軍の力を以てしても不可能であり、包囲網が崩れれば被害は他の街にも及ぶ、故に魔物となった人々ごと街を焼き払うべきだと進言しました」
淡々と述べるアルマニアに、皇太子が心底から湧き上がった憎悪を瞳に湛えて彼女を睨みつけた。
「そうだ。冷徹で人の心を持たぬお前は、民を殺せと言った。この国を導く皇族として、到底受け入れられる意見ではない」
「いいえ。国を導く者だからこそ、人々を含む街をひとつ捨てるべきだったのです」
「多くを守るために一部を殺せというのかお前は!」
激昂した皇太子に、小夜が怯えたような顔をして彼の服を握った。そんな二人を冷めた目で見ながら、アルマニアは静かに言葉を落とす。
「殿下は当時もそう仰いましたね。そして私は、その問いに肯定を返したはずです」
「…………血も涙もない女め。やはりお前は、皇后の器ではない」
「私には私がその器でないかどうかは判断できませんが、私が器でないのであれば、サヨはもっとふさわしくありませんわ」
何処までも感情を見せない声で放たれたその言葉に、皇太子が目を見開いてアルマニアの方へと歩み寄る。そして彼は、振り上げた右手で彼女の頬を張り飛ばした。
「っ、」
多少の手加減はあったのだろうが、武人でもある皇太子の力で殴られたアルマニアは大きくよろけた。しかし、ここで倒れるような無様は見せまいと、地面を踏みしめてなんとか堪える。そして彼女は、赤くなった頬をそのままに姿勢を正し、再び皇太子を真っ直ぐに見返した。
そんなアルマニアに向かって皇太子が何事かを言おうと口を開きかけたが、それよりも早く小夜が悲鳴のような声を上げる。
「ベルナンド! アリィは女の子だよ!? ぶつなんて酷い!」
皇太子を責めるようなそれに、アルマニアは頭の片隅で、皇族にあんな口を利くとは相変わらず無礼な少女だ、と思った。
本来であれば礼を失したと責められるべき小夜の言葉に、しかし皇太子は殊更優しい顔をして彼女を振り返った。
「サヨ、君が心優しい女性なのは知っているが、その優しさを向ける価値すらない者にまで気を配る必要はないのだよ」
小夜に向かって柔らかく諭すように言ってから、皇太子がアルマニアへと向き直る。そして先程とは打って変わって冷たい目をした彼は、吐き捨てるように言葉を出した。
「あの一件を見事に解決したのは誰だと思っている。サヨだぞ」
皇太子の言葉に、アルマニアはひとつ瞬きをしてから頷いた。
「ええ、存じております。誰も死なせるべきではない、国のために誰かを犠牲にするなどおかしい、と、そう主張したサヨの意見を全面的に取り入れ、魔物を駆除するのではなく可能な限り傷つけぬようにして包囲するに留め、その間になんとしてでも魔物化を解除する術を探し出す、などという愚かな選択をした殿下を救ってくれたのは、確かにサヨです」
「貴様、」
「アリィ! ベルナンドは愚かな選択なんてしてない! アリィは間違ってるよ!」
皇太子の言葉を遮って叫んだ小夜が、椅子から立ち上がってアルマニアを見た。珍しく怒っているのか、頬を紅潮させている彼女を見て、アルマニアはあまりの滑稽さに笑いを通り越して腹の腑が煮えくり返りそうな心地になった。
(怒りたいのはこっちの方だわ)
内心でそう吐き捨てたアルマニアに向かい、小夜が曇りのない瞳で言葉を続ける。
「国のトップが弱者を見捨てるなんて、あってはならないことだよ。救える可能性があるのに、それを諦めて簡単な方へ逃げては駄目。絶対に諦めないで、全員を救う方法を考えるべきなの。それが国を統治する人のすべきことなんだよ」
諭すような声を受け、アルマニアがぱちぱちと瞬きをする。正気かこの女、と思うも、目の前の少女の顔は真剣そのものだ。
「サヨの言う通りだ。僕たちは決して民を捨てるべきではない。それこそが正しくあるべき王家の姿なのだ。それを証拠に、全てを救いたいという僕の思いを後押ししてくれたサヨは、その清く聖なる心で奇跡を呼び起こしてくれたではないか!」
「ちょ、ちょっとベルナンド、清いとか聖なるとか、大袈裟で恥ずかしいよ……」
「何を恥じることがあるだろうか。君のその高潔な心が、古より謳われる伝承の通りに聖獣を目覚めさせ、人々の魔物化を解いてくれたのではないか」
まさに大袈裟も大袈裟な声で言われた言葉に、アルマニアがほんの僅かだけ拳を握る。
「殿下、サヨがやってきて以降、殿下が私を疎ましく思っていらっしゃるのは存じております。ですが、それだけで私を罰するのでしょうか」
「何を言っているんだお前は。まさかお前、自分がしでかした罪すら理解できていないのか?」
「罪、ですか?」
金糸のような髪をさらりと流しながら首を傾げたアルマニアに、皇太子が蔑みの表情を浮かべた。
「ひと月前、我が国を狙ったザクスハウル国の襲撃があっただろう。そのときにお前が何と言ったか、忘れたとは言わせないぞ」
言われ、アルマニアはひとつ瞬きをした。そして、臥せっている皇帝の代わりに指揮を取る皇太子へと進言した言葉を思い返す。
「ええ、覚えております。ザクスハウル国の秘術により、郊外の街ひとつが丸々呪われ、そこに住む人々が残らず人を襲う魔物へと変じてしまった件ですね。殿下はあのとき、魔物になっても変わらず我が国の民だと仰い、彼らをなんとか元に戻す方法を探るべきだと主張されました。私はそれに対し、彼らを殺さずにその場に留め続けることは軍の力を以てしても不可能であり、包囲網が崩れれば被害は他の街にも及ぶ、故に魔物となった人々ごと街を焼き払うべきだと進言しました」
淡々と述べるアルマニアに、皇太子が心底から湧き上がった憎悪を瞳に湛えて彼女を睨みつけた。
「そうだ。冷徹で人の心を持たぬお前は、民を殺せと言った。この国を導く皇族として、到底受け入れられる意見ではない」
「いいえ。国を導く者だからこそ、人々を含む街をひとつ捨てるべきだったのです」
「多くを守るために一部を殺せというのかお前は!」
激昂した皇太子に、小夜が怯えたような顔をして彼の服を握った。そんな二人を冷めた目で見ながら、アルマニアは静かに言葉を落とす。
「殿下は当時もそう仰いましたね。そして私は、その問いに肯定を返したはずです」
「…………血も涙もない女め。やはりお前は、皇后の器ではない」
「私には私がその器でないかどうかは判断できませんが、私が器でないのであれば、サヨはもっとふさわしくありませんわ」
何処までも感情を見せない声で放たれたその言葉に、皇太子が目を見開いてアルマニアの方へと歩み寄る。そして彼は、振り上げた右手で彼女の頬を張り飛ばした。
「っ、」
多少の手加減はあったのだろうが、武人でもある皇太子の力で殴られたアルマニアは大きくよろけた。しかし、ここで倒れるような無様は見せまいと、地面を踏みしめてなんとか堪える。そして彼女は、赤くなった頬をそのままに姿勢を正し、再び皇太子を真っ直ぐに見返した。
そんなアルマニアに向かって皇太子が何事かを言おうと口を開きかけたが、それよりも早く小夜が悲鳴のような声を上げる。
「ベルナンド! アリィは女の子だよ!? ぶつなんて酷い!」
皇太子を責めるようなそれに、アルマニアは頭の片隅で、皇族にあんな口を利くとは相変わらず無礼な少女だ、と思った。
本来であれば礼を失したと責められるべき小夜の言葉に、しかし皇太子は殊更優しい顔をして彼女を振り返った。
「サヨ、君が心優しい女性なのは知っているが、その優しさを向ける価値すらない者にまで気を配る必要はないのだよ」
小夜に向かって柔らかく諭すように言ってから、皇太子がアルマニアへと向き直る。そして先程とは打って変わって冷たい目をした彼は、吐き捨てるように言葉を出した。
「あの一件を見事に解決したのは誰だと思っている。サヨだぞ」
皇太子の言葉に、アルマニアはひとつ瞬きをしてから頷いた。
「ええ、存じております。誰も死なせるべきではない、国のために誰かを犠牲にするなどおかしい、と、そう主張したサヨの意見を全面的に取り入れ、魔物を駆除するのではなく可能な限り傷つけぬようにして包囲するに留め、その間になんとしてでも魔物化を解除する術を探し出す、などという愚かな選択をした殿下を救ってくれたのは、確かにサヨです」
「貴様、」
「アリィ! ベルナンドは愚かな選択なんてしてない! アリィは間違ってるよ!」
皇太子の言葉を遮って叫んだ小夜が、椅子から立ち上がってアルマニアを見た。珍しく怒っているのか、頬を紅潮させている彼女を見て、アルマニアはあまりの滑稽さに笑いを通り越して腹の腑が煮えくり返りそうな心地になった。
(怒りたいのはこっちの方だわ)
内心でそう吐き捨てたアルマニアに向かい、小夜が曇りのない瞳で言葉を続ける。
「国のトップが弱者を見捨てるなんて、あってはならないことだよ。救える可能性があるのに、それを諦めて簡単な方へ逃げては駄目。絶対に諦めないで、全員を救う方法を考えるべきなの。それが国を統治する人のすべきことなんだよ」
諭すような声を受け、アルマニアがぱちぱちと瞬きをする。正気かこの女、と思うも、目の前の少女の顔は真剣そのものだ。
「サヨの言う通りだ。僕たちは決して民を捨てるべきではない。それこそが正しくあるべき王家の姿なのだ。それを証拠に、全てを救いたいという僕の思いを後押ししてくれたサヨは、その清く聖なる心で奇跡を呼び起こしてくれたではないか!」
「ちょ、ちょっとベルナンド、清いとか聖なるとか、大袈裟で恥ずかしいよ……」
「何を恥じることがあるだろうか。君のその高潔な心が、古より謳われる伝承の通りに聖獣を目覚めさせ、人々の魔物化を解いてくれたのではないか」
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