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プロローグ 1
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「お前のような冷酷な女に、国母たる皇后が務まるものか! 皇后となるべきは、サヨのような心優しく思慮深い女性だ! お前がしてきたこれまでの努力を思い、慈悲の心を持って我慢し続けたが、もう限界だ! 今を以ってお前との婚約を破棄し、貴族位をはく奪の上、我がシェルモニカ帝国より追放処分とする!」
玉座に座りながら強い声で言い放った、シェルモニカ帝国第一皇太子、ベルナンド・ブレンマギア・チェインバーズの言葉に、彼の婚約者であるロワンフレメ公爵令嬢、アルマニア・ソレフ・ロワンフレメは、両の手を強く握りしめた。だが、彼女はその美しく聡明と謳われた顔に怒りと失望を上らせることなく、ただ常と変わらぬ平坦な表情のままで皇太子を見つめ、形の良い唇を開く。
「ベルナンド殿下、今されたお話は、皇帝陛下もご存知のことですか?」
「父上が病床に臥せっておられるのはお前も知っているだろう。そんな父上にこんなくだらぬことで心労をお掛けする訳にはいかない。そんな配慮すらもできないとは、お前という女は本当に冷酷なのだな」
冷たい声で責めるように言った皇太子に、アルマニアは目を細める。
(……そう、皇帝陛下にはお話していないのね)
内心で呟いてから、次いでアルマニアは、玉座の隣に置かれた皇后の椅子に座る少女をちらりと見た。
水鈴小夜。一年前に大神殿の泉に突如として現れた、神話に語られる神に愛されし聖女。
世界でも他に類を見ない黒髪とダークブラウンの目を持つ彼女は、この世界とはまるで異なる世界からやってきたと言い、あっという間に皇太子の寵愛を得て彼の恋人となった。
それだけならば、別に良かった。皇太子が誰を恋人にしようと、アルマニアの知ったことではない。だが皇太子は、次期皇后として婚約しているアルマニアを差し置いて小夜を皇后にと推すようになり、周囲の貴族たちもそれを後押しし始めたのだ。
別に、アルマニアは皇后の座に固執している訳ではない。皇太子のことを愛している訳でもなければ、皇后という立場に魅力を感じている訳でもなかった。
ただ、次期皇后として幼い頃より教育を受けてきた彼女にとって、小夜を皇后にすることだけはどうしても許せなかった。
(私と同じ十六歳だというのに、サヨは本当にただの子供だわ。皇后としての教育を受けたことがないどころか、世界情勢は勿論、この国のことだってろくに知りはしないし、学ぶ気もない。それでどうして、彼女を皇后にしようだなんて考えるのかしら)
アルマニアは何度も、小夜と婚姻関係を結びたいのであれば、正室たる皇后ではなく側室である皇妃として迎えれば良いと主張した。だがこの提案は、小夜を側室などという可哀相な立場における筈がないだろうという皇太子の言葉によって、跳ねのけられ続けてきた。
(……せめて皇帝陛下が回復なされたなら、こんな民を裏切るような真似を許すことはないでしょうに)
思わずため息をつきそうになり、アルマニアは己を律した。そして、再び視線を皇太子へと戻して口を開く。
「私との婚約を破棄するだけではなく、身分をはく奪した上で国外への追放までするとは、随分と念の入ったことですね」
「それだけお前は我が国にとって害悪だということだ。それとも処刑でもされたかったか?」
見下すような皇太子の言葉に、これまで黙っておろおろしているだけだった小夜が、思わずといった風に口を開いた。
「ベルナンド! 殺すのは駄目って言ったでしょ!」
「ああ、サヨ、判っているさ。慈悲深い君のその優しい気持ちに免じてあれは国外追放に留めると、そう約束したものな。僕は君との約束を破るような真似はしないよ」
「……でも、やっぱりなんとかならないかな? いくらアリィが冷たくて酷い悪役令嬢みたいだからって、国外追放はやり過ぎだと思うの。それにね、アリィだってちゃんと説明して教えてあげたら、国のトップに立つ人の正しい考え方が判るはずだよ。だってアリィは、皇后になるためにこれまですごく頑張ってきたんでしょう? だったら、きっと私たちの考え方だって理解できるようになるよ」
皇太子に向かって嘆願するように言ってから、小夜は次いでアルマニアへと目を向けた。
「ね、アリィ、ここはちゃんと謝ろう? ベルナンドは優しいから、謝ったら許してくれるよ。ううん、もしもベルナンドが許してくれなくても、私が一緒に謝ってあげる。だから、ね、アリィ」
心から心配しているのだという顔をした小夜が、アルマニアを見つめて言う。アルマニアはそんな彼女を冷めた目で見返しながら、これまでに何度も何度も言い続けた言葉をもう一度吐き出した。
「サヨ、親しくない貴族の令嬢を愛称で呼ぶのはとても失礼なことだと、確かに教えたはずです。不快なのでやめてください」
「アルマニア!」
我慢できないといった様子で怒鳴りながら立ち上がった皇太子が、小夜の傍に行って彼女を抱きしめる。
「お前のような女を心配してくれているサヨに、よくもそんな言葉を吐けたものだな!」
「い、いいの、いいんだよ、ベルナンド。私がね、悪いの。私、私が、一方的に、アリィのこと、友達だって思って、……でも、でもね、」
泣きそうな顔をした小夜が、アルマニアに向かって悲し気な微笑みを浮かべる。
「私はアリィのこと友達だと思ってるし、いつかアリィにもそう思って貰いたいって思ってる。だからね、ルール違反なのかもしれないけど、私のこの気持ちを込めて、アリィって呼びたいの」
だからこれからもそう呼ばせてね、と言って儚く笑う少女に、アルマニアは彼女にしては珍しく呆然とした。
(頭沸いてるのかしらこの子)
不快だからやめろと言っているのに、友達になりたいからやめない、とはどういう理屈なのだろうか。
(ああ、いえ、こういうのは結論ありきで理屈を捻じ曲げるタイプなのだから、理屈も何もないんだわ)
玉座に座りながら強い声で言い放った、シェルモニカ帝国第一皇太子、ベルナンド・ブレンマギア・チェインバーズの言葉に、彼の婚約者であるロワンフレメ公爵令嬢、アルマニア・ソレフ・ロワンフレメは、両の手を強く握りしめた。だが、彼女はその美しく聡明と謳われた顔に怒りと失望を上らせることなく、ただ常と変わらぬ平坦な表情のままで皇太子を見つめ、形の良い唇を開く。
「ベルナンド殿下、今されたお話は、皇帝陛下もご存知のことですか?」
「父上が病床に臥せっておられるのはお前も知っているだろう。そんな父上にこんなくだらぬことで心労をお掛けする訳にはいかない。そんな配慮すらもできないとは、お前という女は本当に冷酷なのだな」
冷たい声で責めるように言った皇太子に、アルマニアは目を細める。
(……そう、皇帝陛下にはお話していないのね)
内心で呟いてから、次いでアルマニアは、玉座の隣に置かれた皇后の椅子に座る少女をちらりと見た。
水鈴小夜。一年前に大神殿の泉に突如として現れた、神話に語られる神に愛されし聖女。
世界でも他に類を見ない黒髪とダークブラウンの目を持つ彼女は、この世界とはまるで異なる世界からやってきたと言い、あっという間に皇太子の寵愛を得て彼の恋人となった。
それだけならば、別に良かった。皇太子が誰を恋人にしようと、アルマニアの知ったことではない。だが皇太子は、次期皇后として婚約しているアルマニアを差し置いて小夜を皇后にと推すようになり、周囲の貴族たちもそれを後押しし始めたのだ。
別に、アルマニアは皇后の座に固執している訳ではない。皇太子のことを愛している訳でもなければ、皇后という立場に魅力を感じている訳でもなかった。
ただ、次期皇后として幼い頃より教育を受けてきた彼女にとって、小夜を皇后にすることだけはどうしても許せなかった。
(私と同じ十六歳だというのに、サヨは本当にただの子供だわ。皇后としての教育を受けたことがないどころか、世界情勢は勿論、この国のことだってろくに知りはしないし、学ぶ気もない。それでどうして、彼女を皇后にしようだなんて考えるのかしら)
アルマニアは何度も、小夜と婚姻関係を結びたいのであれば、正室たる皇后ではなく側室である皇妃として迎えれば良いと主張した。だがこの提案は、小夜を側室などという可哀相な立場における筈がないだろうという皇太子の言葉によって、跳ねのけられ続けてきた。
(……せめて皇帝陛下が回復なされたなら、こんな民を裏切るような真似を許すことはないでしょうに)
思わずため息をつきそうになり、アルマニアは己を律した。そして、再び視線を皇太子へと戻して口を開く。
「私との婚約を破棄するだけではなく、身分をはく奪した上で国外への追放までするとは、随分と念の入ったことですね」
「それだけお前は我が国にとって害悪だということだ。それとも処刑でもされたかったか?」
見下すような皇太子の言葉に、これまで黙っておろおろしているだけだった小夜が、思わずといった風に口を開いた。
「ベルナンド! 殺すのは駄目って言ったでしょ!」
「ああ、サヨ、判っているさ。慈悲深い君のその優しい気持ちに免じてあれは国外追放に留めると、そう約束したものな。僕は君との約束を破るような真似はしないよ」
「……でも、やっぱりなんとかならないかな? いくらアリィが冷たくて酷い悪役令嬢みたいだからって、国外追放はやり過ぎだと思うの。それにね、アリィだってちゃんと説明して教えてあげたら、国のトップに立つ人の正しい考え方が判るはずだよ。だってアリィは、皇后になるためにこれまですごく頑張ってきたんでしょう? だったら、きっと私たちの考え方だって理解できるようになるよ」
皇太子に向かって嘆願するように言ってから、小夜は次いでアルマニアへと目を向けた。
「ね、アリィ、ここはちゃんと謝ろう? ベルナンドは優しいから、謝ったら許してくれるよ。ううん、もしもベルナンドが許してくれなくても、私が一緒に謝ってあげる。だから、ね、アリィ」
心から心配しているのだという顔をした小夜が、アルマニアを見つめて言う。アルマニアはそんな彼女を冷めた目で見返しながら、これまでに何度も何度も言い続けた言葉をもう一度吐き出した。
「サヨ、親しくない貴族の令嬢を愛称で呼ぶのはとても失礼なことだと、確かに教えたはずです。不快なのでやめてください」
「アルマニア!」
我慢できないといった様子で怒鳴りながら立ち上がった皇太子が、小夜の傍に行って彼女を抱きしめる。
「お前のような女を心配してくれているサヨに、よくもそんな言葉を吐けたものだな!」
「い、いいの、いいんだよ、ベルナンド。私がね、悪いの。私、私が、一方的に、アリィのこと、友達だって思って、……でも、でもね、」
泣きそうな顔をした小夜が、アルマニアに向かって悲し気な微笑みを浮かべる。
「私はアリィのこと友達だと思ってるし、いつかアリィにもそう思って貰いたいって思ってる。だからね、ルール違反なのかもしれないけど、私のこの気持ちを込めて、アリィって呼びたいの」
だからこれからもそう呼ばせてね、と言って儚く笑う少女に、アルマニアは彼女にしては珍しく呆然とした。
(頭沸いてるのかしらこの子)
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