悪役令嬢扱いされて婚約破棄&国外追放された私ですが、最強種に見初められたので世界を統べる覇王を目指します

倉橋 玲

文字の大きさ
49 / 59

令嬢と魔法師団長 5

しおりを挟む
 アルマニアがそんな風に吐き気も忘れて思考の渦の中にいたのは、きっと時間としてはそう長くはないものだった。けれど彼女は、これまでの人生の中で最も頭を使い、最も真剣に思い悩み、そしてとうとう、己が定めた答えを出す。
「…………オートヴェント団長を、助けて」
 アルマニアにしては驚くほど小さくなってしまった声で、しかし彼女は確かにそう言った。万を犠牲にしても救うべき一なのだと、そう決定した。
 それを受けて、アトルッセが激しい抗議の叫びを上げるのが聞こえたが、アルマニアはもう惑わされない。思考し、選び、口にしたのだ。後戻りをしようなどとは考えないし、できようはずもない。
「良い覚悟だ、公爵令嬢。……だが、まだ甘いな。選んだのはあんたなんだ。それなら、万が一の逃げ道も用意するなよ。判るだろ?」
 容赦のない言葉に、アルマニアは唇を強く噛んでから、ヴィレクセストの目を真っ直ぐに見つめて、今度はよりはっきりと、強く響く声で言葉を紡いだ。
「アトルッセ・オートヴェントを助けなさい、ヴィレクセスト」
 今度こそはっきりと告げられたそれに、ヴィレクセストが一歩を踏み出し、牢の中へと入ってくる。
「任せろ」
 アルマニアの肩をぽんと叩き、ただひと言そう告げた彼が、アトルッセの前に歩み出て口を開く。
「……光は朝を照らし 闇は夜を覆う 輪廻を巡る命の輝きはそらへ 落ち行く命の受け皿は奈落へ 白と黒の狭間を我が手に 光と闇の切れ間をここに 祝福と怨嗟の境界を足元に」
 アルマニアには聞き慣れない音色で紡がれるそれは、ヴィレクセストと出会いたての頃、彼が雷魔法を使ったときと似た雰囲気を纏っている。だが、そのときよりもずっと肌を刺す緊張感は強く、アルマニアは今彼が行使しようとしている力の強大さを悟らずにはいられなかった。
「我は祈りを以て願いを叶えるもの 我は呪いを以て望みを満たすもの ならばこの手は理を握り この足は理を踏み越える」
 まるで讃美歌を歌い上げるように詠唱するヴィレクセストを中心に、彼の足元から白と黒が入り混じった不思議な光が溢れ出して、重力を失った羽のように舞い上がった。
「祈り 願い 呪い 嘆き 奇跡を満たす強き陽射しよ 奇跡を運ぶ柔らかな月光よ すべての命を御するただ一人の名において 彼の者の歩むその先を遮らせたまえ」
 詠唱を重ねるごとに、溢れ出した白と黒がヴィレクセストの周囲を踊るように漂い流れていく。それらを従え佇む彼に、アルマニアはどうしてか、天上にいるという神々の姿を見た気がした。
「……我が主よ、どうかこの咎を我が身に」
 誰にも聞こえぬほどの小さな呟きを以って詠唱を終えたヴィレクセストが、アトルッセに向かって手を翳す。
「――“私がその未来を否定するレ・シェルファス・メセスト”」
 瞬間、一際大きく溢れ出した白と黒の光が、涼やかな陽光にも暖かな月光にも似た音を奏でながらアトルッセへと流れて、まるで慰撫するように彼を包み込んだ。すると、二色の光の粒子が触れた場所を起点として、まるで時が遡るようにして、アトルッセの骨や肉、臓器が再生されていく。
 それはまさに、奇跡のような光景だった。失ったはずの腕が、脚が、無から作り上げられていくのだ。骨が生まれ、それを肉が覆い、皮膚が隠していく。元となる物は何もなく、ただ空気中で物質が生まれ、アトルッセの一部として成っていった。
 そうして見る見るうちに本来の姿を取り戻したアトルッセは、騎士や戦士と呼ぶにふさわしい立派な体躯を持つ、臙脂の髪をした美丈夫だった。先ほどまでの姿からは想像がつかなかったが、なるほどこれならば、魔法師団の団長だったという話も納得できる。
 奇跡を終えた白と黒の光がゆっくりと消えていくなか、ヴィレクセストが最後の仕上げとばかりに、アトルッセを繋ぐ鎖を魔法で破壊する。
 と、それと同時に、鬼の形相をしたアトルッセが飛び出し、ヴィレクセストを押しのけてアルマニアに掴みかかった。
「貴様! 民の命をなんだと思っている!?」
 そのまま殴りかかるのではないかと思えるほどの勢いで胸倉を掴んできたアトルッセに、アルマニアが僅かにたじろぐ。いつもはこうなる前に助けてくれるヴィレクセストは、その場から一歩も動かず、ただアルマニアのことを見ているだけだ。それがまた、アルマニアの動揺を誘った。
「帝国の貴族である貴様にとってはこの国の民など路傍の石に過ぎぬのかもしれんが、俺にとっては何よりも守るべきものなのだ! 万のそれを踏みにじって俺一人を助け、それで俺が感謝にむせび泣き膝をつくとでも思ったのか!? 民の屍の上に得られた生に、この俺が喜ぶとでも思ったのか!?」
 アトルッセの濃い橙色の瞳が怒りと憎しみに染め上げられ、アルマニアを呪うように射貫く。真正面からそれを向けられた彼女は、血の気が失せた顔で、しかしそれでも、震える唇を必死に開いて音を吐き出した。
「……ち、がうわ。私は、」
 私は選んだだけだ。悩み、考え、自らの意志を以て、選択を成しただけだ。そこにこの国の民を踏みにじる気持ちなど欠片もなく、己の手で切り捨てたそれらの重みを深く理解した上で、全てを背負って立つ覚悟でアトルッセを取っただけだ。
 そう口にする筈だった。口にしなければならなかった。だが、初めてその手で成した事実はあまりに重く、向けられた感情の塊はあまりに激しく、それらが鉛のように心に沈み込んで、正常な思考と精神を妨げる。
 渦巻く感情に次の言葉を出せずに止まった彼女に向かい、アトルッセは一層の憎悪を湛えて吠え立てた。
「何が違う!? 貴様がやったことは、ただの無差別な大量虐殺ではないか!」
 この上なく激しい怒りと、そして絶望的なまでの悲嘆に満ちたその声に、アルマニアが思わず息を呑む。
 知っていた。アルマニアが選んだそれは、こうして責められるべき選択であり、彼女のちっぽけな一生をかけても到底償い切れぬ罪であることなど、判っていた。それを知り、それでも覚悟を決めたからこそ、選んだのだ。その筈だった。
 だが、現実はこんなにも重い。自分は間違っていないと確信していてさえ、選択の結果はアルマニアをこんなにも責め立てる。現実として結果を引き出す前の覚悟を嘲笑うかのように、アルマニアの心を侵して足元をぐらつかせる。
 その身に圧し掛かるこの上ない重責に、アルマニアの目にじわりと水の膜が溢れ、その視界が僅かに滲んだ。泣いてはいけないと必死に己の叱咤すれども、ぎりぎりのところでかろうじて立っているだけにすぎないその心では、それを止めることはできない。
 そしてとうとう、目端に及んだそれが零れ落ちようとした、そのとき。

「――“領域固定:流光断絶”」

 ヴィレクセストの静かな声がそう紡いだ瞬間、世界が止まった。
 比喩ではない。言葉の通り、アルマニアとヴィレクセスト以外の全てが、時の流れから置き去りにされたように止まってしまったのだ。
 突然起こったそれにアルマニアが何かを思うよりも早く、堪えきれなかった涙が彼女の頬を伝い落ちる。あれだけ必死に押しとどめようとしたそれは、一度ひとたび零れてしまえば、タガが外れたように後から後から溢れ出してしまった。
 そんな彼女に向かって、ヴィレクセストが口を開く。
「王はそんな姿を晒さない。理解したなら無様を正せ、公爵令嬢」
 短く告げられたそれに、アルマニアが目を見開く。そして彼女は、与えられたこの時間の意味を正しく理解した。
 ぎり、と歯を食いしばったアルマニアが、服の袖で乱暴に顔を拭う。無作法極まりない行為だが、今の彼女にはこのくらいがちょうど良かった。
 それでも溢れてきそうになる涙に、彼女は今以上に強く、それこそ歯が折れるのではないかと思うくらいに強く食いしばって、必死に抗う。そうして無理矢理に涙を収めた彼女は、次いで三度大きく深呼吸をしてから顔を上げた。
 謝罪と感謝と、そしてもう大丈夫だということを伝えるためにヴィレクセストへと視線を向けたアルマニアは、しかし目にしたそれに思わず驚きの表情を浮かべてから、どうしようもないものを見るような柔らかな苦笑を浮かべて、別の言葉を選んだ。
「……貴方だって人のことを言えないわ、ヴィレクセスト」
「…………知ってるから放っとけ」
 返ってきた言葉にまた苦笑を零してから、アルマニアがヴィレクセストに向かってこくりと頷く。それを受けてヴィレクセストがぱちんと指を鳴らせば、その音を合図とするように再び時が流れだした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。

桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。 「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」 「はい、喜んで!」  ……えっ? 喜んじゃうの? ※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。 ※1ページの文字数は少な目です。 ☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」  セルビオとミュリアの出会いの物語。 ※10/1から連載し、10/7に完結します。 ※1日おきの更新です。 ※1ページの文字数は少な目です。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年12月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?

ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」 バシッ!! わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。 目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの? 最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故? ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない…… 前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた…… 前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。 転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

悪役令嬢を断罪したくせに、今さら溺愛とか都合が良すぎますわ!

nacat
恋愛
侯爵令嬢リディアは、無実の罪で婚約者の王太子に断罪された。 冷笑を浮かべ、すべてを捨てて国外へ去った彼女が、数年後、驚くべき姿で帰ってくる。 誰もが羨む天才魔導師として──。 今さら後悔する王太子、ざまぁを噛みしめる貴族令嬢たち。 そして、リディアをひそかに守ってきた公爵の青年が、ようやく想いを告げる時が来た。 これは、不当な断罪を受けた少女が、自分の誇りと愛を取り戻す溺愛系ロマンス。 すべての「裏切られた少女」たちに捧ぐ、痛快で甘く切ない逆転劇。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

【完結】悪役令嬢ですが、断罪した側が先に壊れました

あめとおと
恋愛
三日後、私は断罪される。 そう理解したうえで、悪役令嬢アリアンナは今日も王国のために働いていた。 平民出身のヒロインの「善意」、 王太子の「優しさ」、 そしてそれらが生み出す無数の歪み。 感情論で壊されていく現実を、誰にも知られず修正してきたのは――“悪役”と呼ばれる彼女だった。 やがて訪れる断罪。婚約破棄。国外追放。 それでも彼女は泣かず、縋らず、弁明もしない。 なぜなら、間違っていたつもりは一度もないから。 これは、 「断罪される側」が最後まで正しかった物語。 そして、悪役令嬢が舞台を降りた“その後”に始まる、静かで確かな人生の物語。

処理中です...