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05 戦いの末

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 勇者が人族軍本陣でラインハルトと接触したその頃、町での動きが変わる。

「クリスティアーネさん! もう真下まで来ちゃいました!」
「焦るな! 次の作戦に移行すればいいだけだ」
「そ、そうですね!」

 壁に近付く人族兵に焦った魔王は、クリスティアーネに宥められて音声拡張マジックアイテムを握る。

『皆さ~ん! 投げる物の変更をお知らせしま~す。農具、岩を落としちゃってくださ~い!!』

 う~ん……館内アナウンス? だが、魔族は指示通り、重たい物を下に落として人族兵に怪我を負わせる。

「危ない!」
「えっ……」

 その時、魔王に弓矢が迫り、クリスティアーネの剣によって叩き落とされた。

「あ、ありがとうございます~」
「礼には早い。倒れている魔族もいるぞ」
「は、はい! すぐに処置に取り掛かるように言います!」

 下から放たれる弓矢や魔法に傷を負った魔族兵は、直ぐ様後方に引かれ、下に居る者と人員交換となる。そして魔法使いの治療魔法で治してもらうと動けそうな者は再び戦いに戻り、傷が酷い者は中央に移動する。

「きゃっ」

 弓矢の攻撃によって壁に立つ人数が減ると、門を壊そうと考える人族兵。その突然の轟音で、驚いた魔王が小さく悲鳴をあげてしまった。

「大丈夫だ。あの門は決して破られない」
「そうでしたね。でも、思ったより大きい音で、ビックリしちゃいました」
「あれは……」

 クリスティアーネの説明では人族が使っている兵器は、破城槌はじょうついとバリスタ。どちらも功城戦で用いる兵器だ。しかし、その攻撃力を持ってしても門を破れないでいる。

「あそこに固まっている人達は、何をしているのですか?」
「ああ。集団魔法の詠唱をしているのだ。そろそろ放たれるぞ。衝撃に備えさせろ」
「はい!」

 魔法使い十数人が呪文を唱え終わると、大きな槍のような形の物が作り上げられる。その槍は風で出来ており、物凄い速度で門にぶつかって、轟音と共に壁が揺れる事となった。
 しかしその前に、魔王の声が魔族に届き、伏せる事によって怪我人はゼロ。門はと言うと……

「凄い衝撃でしたけど、穴が開かないから驚いていますね」
「当たり前だろ。この壁は、厚みが10メートルもあるのだからな」

 今日の戦闘の為に、魔族は壁の補強を行った。これもクリスティアーネの策略。どうせ魔族が戦えないのなら、功城兵器で壊れない壁を作ればいい。
 壁だけでなく、門までもが10メートルの厚みの土で固められているので、開くわけがない。

 魔族は農業特化の魔法に秀でているので、土をいじるのはお手の物。集団で硬い土の壁を作り上げたのだ。魔族も外に出れないが、一年以上持つ兵糧もあるので何も問題は無い。
 いちおうは武器の使い方も仕込んだのだが、人族兵はやっきになって門を壊そうとしているので登って来る者はおらず、今のところは出番がないようだ。

 門を残している理由は、単におとり。門を破れば中に入れると思った人族兵は群がるので、魔族の投石の格好の的になっている。山ほどある岩と農具を落とされて、確実に数が減っているのだからな。


「順調と言ったところだが……まだ気を抜くなよ?」
「はい! お兄ちゃんが戻って来るまで、必ずもたしてみせます!!」

 クリスティアーネは戦況を優勢と見るが、それでも油断はならないと魔王に教える。

 こうしてクリスティアーネ先生の教えに従って、魔王は慎重に魔族を操り、籠城戦を有利に戦うのであった。




 一方その頃勇者は、剣を抜いたラインハルトと向き合っていた。

「さぁて。町も心配だし、お持ち帰りを急ごうか」
「フッ……誰が一対一だと言った? 精鋭騎士!」

 ラインハルトが大きな声を出すと、勇者を囲むように数十人の騎士が、ズラーっと並んだ。勇者は、特に何も言わずに眺めるだけで突っ立ている。

「我が騎士の前に、貴様は手も足も出ずに破れるのだ……殺せ!」
「「「「「はっ!」」」」」

 精鋭騎士は勇者との間合いをせばめると、斬り掛かれる人数で一斉に攻撃する。ラインハルトは勇者の倒れる姿を確認できないが、金属音を聞いて、すぐに終わりが来ると思っているようだ。
 しかし、その音は鳴りやまず、ラインハルトがおかしいと感じた時にようやく止まった。

「フッ。終わったか……」

 ラインハルトが勝ったと確信した瞬間、怒声が響き渡る。

「なっ……」

 そして次の瞬間、精鋭騎士を引きずって現れた勇者に驚いた。
 勇者は斬られても効くわけがなく、金属音が無くなった時には全ての剣が折れただけ。次に怒声があがった時には、勇者が歩き出したので、歩みを止めようと騒いでいただけだ。

 ラインハルトの言う通り、勇者は手も足も出さず、精鋭騎士は破れたと言う訳だ。


「何故、生きている?」
「頑丈だからかな?」
「………」

 質問に質問で返す勇者に、ラインハルトは黙ってしまった。もちろん、言っている意味がわからないからだろう。

「じゃあ行こっか」

 なので勇者はさらに歩を進めるが、ラインハルトの目が変わる。

「お前達……その男を離せ……」
「しかし!」
「私が直々に相手をしてやると言っているのだ」

 ラインハルトの冷たい目を受けて、精鋭騎士はゆっくりと勇者から離れる。

「使えない部下を持つと苦労する……」
「ふ~ん……サシの勝負がしたくなったんだ」
「まぁそんなところだ」
「それでも俺には勝てないぞ?」
「どうだろうな!」

 ラインハルトが剣を振るうが、勇者は避け……た。

っ……」

 そして避け切れずに、頬をかすった剣で傷を負った。

「やはり効いたか」
「なんだその剣は?」
「この剣か……かの勇者が使っていた、山をも切り裂いたと言われる勇者の剣だ」
「勇者の剣……」

 勇者は普通の剣なら傷など付かないので避ける気が無かったのだが、勇者の感が危険と感じて、咄嗟とっさに避けたようだ。
 しかし、ナメて掛かっていたので避けるのが遅れた事と、思ったより鋭いラインハルトの剣で、頬をかすめて傷を負う事となった。

「なるほどな。どうりで妹の剣と同じで、嫌な気配がしたわけだ」
「フッ……何をバカな事を……この剣に勝る物など存在しない。喰らえ、【真空斬り】!!」

 ラインハルトは、勇者の間合い外から剣を振るい、刃先から真空の刃を放つ。勇者も何かを感じ取ったのか、素早く避けて事なきを得る。

「なかなか素早いじゃないか。まだまだこんなものじゃないぞ!」

 それからラインハルトの遠距離攻撃が続き、勇者は近付くに近付けない……と、ラインハルトは思っているのだろう。
 勇者はその刃を掻い潜り、徐々に間合いを詰めている。ラインハルトもそれに気付いたのか、後ろに下がりながら真空の刃を放ち続ける。

「どうして当たらない!」
「遅いからに決まっているだろ? それより、お前の妹の方が剣の技量は上じゃないか?」
「私の方が上だ!」
「クリスティアーネは、そんな小手先の技を頼ってなかったけどな~」
「小手先だと……」
「逃げてばっかりじゃないか」
「逃げているのは貴様の方だろ!!」

 その通り。勇者は避けてばかりなので、そう捉えられても仕方がない。

「死ね~~~!」

 そうして怒りに任せた真空の刃の連激が勇者に襲い掛かるが、勇者は簡単に避け……ないんかい!
 今度は両手を前に、ガードを固めて直進した。

「嘘だろ……」

 無傷……。勇者は真空の刃を何発も喰らっても傷すら負わず、ラインハルトの前に立ったのだ。
 これも頑丈な勇者の所以ゆえん。覚悟を持ってガードを固める事により、スキル【根性】が発動して、通常時より防御力を遥かに高めるのだ。

「そんなわけは……喰らえ!」

 勇者の剣の威力、自分の実力がまったく通じない存在に、一瞬固まったラインハルトだったが、慌てて剣を振って勇者を斬り付ける。
 たが、その刃は、激しい金属音を出して勇者の手の中に収まる事となった。

「おお~。これで折れないなんて、本当に凄い剣なんだな」
「バカな……有り得ない……」
「別に信じなくていいよ。でも、これは没収な」
「か、返せ!!」

 勇者は力ずくで剣を奪い取ると、アイテムボックスに入れてしまう。

「よし! お土産も手に入ったし、行こっか」
「うわ! 何をする!!」

 勇者は素早く動いてラインハルトの後ろに回り込むと、しゃがんで頭を股に入れて立ち上がった。いわゆる肩車だ。

「降ろせ~~~!!」

 そうして敵将ラインハルトを担いだ勇者は、凄い速度で走り出したのであった。





『もうちょっと……もうすぐお兄ちゃんが戻ってきます! 頑張ってくださ~~~い!!』

 魔王が魔族を鼓舞し続け、優位に戦闘を繰り広げていると、人族軍から物凄い勢いで移動するモノが目に入る。

「来たぞ。勇者殿だ!」
「あ! お兄ちゃ~ん!!」

 待ち人来る。ラインハルトを担いで人族兵を跳ね飛ばす勇者に、魔王は手を振って呼び掛ける。クリスティアーネは……人族兵に何をされても速度を落とさない勇者に驚いているな。

 そうして壁まで辿り着いた勇者は、ひとっ飛びで壁の上に降り立つ。

 すると……

「「「「キャーーー!」」」

 女性陣から歓喜の声があがる。

「ふ、服! お兄ちゃん、服を着てくださ~い!!」

 全裸の勇者を見た、ただの悲鳴だったようだ。

 勇者も謝りながらラインハルトを降ろし、自前の旅人の服に袖を通していると、クリスティアーネが近付いて確認する。

「間違いなくラインハルト兄様だ。気絶しているようだが、勇者殿が倒したのか?」
「俺がやったと言えばやったんだけど……ただの乗り物酔いかな?」

 肩車されたラインハルトは最初はわめき散らしていたのだが、勇者の速度と、救出しようとぶつかる人族兵の揺れで気を失ったようだ。
 クリスティアーネにもかわいそうな目で見られている。そりゃ、敵将が戦いで倒れたのではないので、哀れなんだろう。

「ほい。これ、お土産な」
「これは……勇者の剣じゃないか!!」

 勇者の剣を手に持ったクリスティアーネはテンションあげあげ。うっとりと刃先を見つめている。

 そうして各種報告を終えた勇者は、一人の視線に気付き、その者の顔を見る。

「サシャ。ただいま」
「うぅ。お兄ちゃんが無事で良かったです~」
「言っただろ? 俺は頑丈な勇者だ。絶対に死なない」
「うぅぅ……それでも心配だったんです~。うわ~~~ん」

 魔王は緊張の糸が切れ、ポロポロと涙を流して勇者に抱きつく。勇者も魔王の気持ちを汲んで、強く抱き締め……

「プシューーー」

 いや、最愛の妹に似た魔王に抱きつかれたものだから、ショートして倒れた。

「お兄ちゃ~ん。うわ~ん」

 何者にも倒された事の無い勇者に、初めて土をつけた魔王は、胸に顔を埋めたまま泣き続けるのであった。




 少しの騒ぎはあったが、戦の最中であったので、勇者の剣にうっとりしていたクリスティアーネが復活して事の収拾にあたる。
 ラインハルトを縄で拘束すると、壁のギリギリに座らせて、勇者の剣を高々と掲げて叫ぶ。

『敵将は我が手の中に!!』

 その姿を見た人族兵は、膝を突き、倒れ込み、敗けを確信する。


 こうして魔族と人族の戦いは、終わりを告げるのだが……


『この戦いは魔族の勝ちで終わりだが、私の戦いは、ここから始まる!!』

 項垂れている人族兵に、クリスティアーネは決起の意思を伝える。
 皇帝が犯した所業、帝国の思惑、魔族との不可侵条約、包み隠さず説明する。
 人族兵は戸惑いながら聞いていたが、話が終わりに近付く頃には、目に輝きを取り戻していた。

『これより私は父である皇帝を討ち、帝国の女王となる。その為には、其方そなた達の力が必要だ! 我が剣となり、ついて来てくれ~~~!!』
「「「「「おおおおおおお!」」」」」

 クリスティアーネの決起は大勢の人族兵に認められ、魔族の援助を受けて、進撃が始まるのであった。




 ひと月後……

 帝国帝都城、玉座の間に座る皇帝の耳に、凶報が届けられる。

「魔界で手に入れた町は全て取り返されました!」

 宰相の伝える報告に、皇帝は眉を上げる。

「なんだと……ラインハルトは何をやっている」
「そ、それが……強い魔族がいて、その者に捕らえられたと報告が……」
「臆病者の魔族などに遅れをとりよって……」
「い、いえ。クリスティアーネ殿下が魔族を率いて戦ったようです」
「あの娘……どこまで余の邪魔をすれば気が済むのだ」

 皇帝の静かな怒りに、宰相は背中に冷たいモノを感じる。

「クリスティアーネはもういらぬ。魔族として扱え」
「は、はい!」
「それと勇者召喚を行う。ただちに人員を集めろ」
「はっ!!」


 そうして数日後、勇者召喚の準備が整った神殿に、皇帝も同席する。

「はじめろ」

 皇帝の号令で、召喚術士が呪文を唱える。その呪文はおどろおどろしく、神殿は物々しい雰囲気に包まれる。
 詠唱が十分ほど過ぎると、魔法陣から光が放たれ、召喚術士は呪文を止めて叫ぶ。

「出でよ勇者。そして我らを救いたまえ~!」

 魔法陣から目が眩む程の光が放たれ、それが収まった中央には、一人の美しい少女がせんべい片手に寝転んでいた。

「……ほへ? な、なんだしぃ!!」

 突然、マント姿の男やじいさんに囲まれて呆気にとられていた少女だが、我に返って怒りをあらわにする。

 それから、なんとか宰相が少女を宥め、召喚した理由を懇切丁寧に説明する。

「ふ~ん……困ってるんだ~」

 面倒くさそうに話を聞いていた少女は、宰相から報酬の話を聞いて、ようやく立ち上がるのであった。

「ま、いっか。魔王も兄貴も居なくなって暇してたんだしぃ。
   この美少女勇者、サシャ様に任せるしぃぃぃ!!」







                 終 劇


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 これにて「読み切り版」の終了です。
 新連載は……もうちょっと待ってください!
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