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四章 引きこもり皇子、暗躍する

084 麦の行方

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「うっひゃっひゃっひゃっひゃっ」
「オ~ッホッホッホッホッホッホ~」
「わははははは」

 ところ変わって、ダンマーク辺境伯領。辺境伯邸では、フィリップの下品な笑い声や、エステルの上品な笑い声、ホーコンの大きな笑い声が聞こえている。

「ね? 言った通りになったでしょ??」
「はい! 過去最高の利益どころではありませんわ!!」
「こんな大金、私も扱ったことありません!!」

 この笑いは、全て麦を売って稼いだ利益のせい。正確に言うと、まだ麦も収穫していないし現金も一部しか受け取っていないから数字の羅列だけだが、そのゼロの数が多すぎるから3人の笑いが止まらないのだ。

「しかし、面白い売買方法ですわね。先物取引と約束手形でしたか……まだ収穫も終わっていない物を売買したり、紙一枚で信用するなんて、どちらも怖くないのですの?」
「それを目利きするのが商人と領主でしょ。ま、この領地を見て、麦がないなんて思う人なんていないよ。それに、食糧難が起こると目に見えてるんだよ? 飛び付くって~」

 これが、フレドリク皇帝が麦の購入予約をしようとして失敗した真相。ホーコンがフィリップに言われた通り、帝都周辺以外の信用度が高い全ての商人に麦を買わないかと打診したら、競い合うように押し寄せたのだ。
 商人としては、食糧危機はチャンス。高く売れるのが目に見えているので、多少のリスクと割高価格は想定内。
 第二皇子派閥の領地から約束手形で買い漁り、その中心にある辺境伯領の麦を買う時には自然とオークション形式になったので、例年の3倍の値で売れたのだ。

「これで使った分は、余裕で取り返したでしょ?」
「はっ! 倍は堅いですな。殿下を信じてついて来てよかったです」
「お金儲けのためにやってるんじゃないんだよ? 勝負はここからだ。派閥の者にも、気を引き締めるように言っておいて」
「はっ! 殿下の仰せのままに!!」

 ここまでの作戦は、フィリップと初めて会った時に聞かされていた話。しかし現実になってしまっては、ホーコンですら目が金貨になっていたのでフィリップも心配だ。
 このこともあって、ホーコンに任せっ放しは怖いと感じたフィリップも筆を取り、手紙を派閥の者に送りつけたのであった。


 それからしばらくすると、辺境伯邸には手紙が山のように届いたので、ホーコンとエステルだけでなく辺境伯夫人にも手伝ってもらって精査したら、フィリップを執務室に呼び出した。

「ふぁ~……なんかあった??」

 眠そうなフィリップが定位置のソファーに飛び込もうとしたら辺境伯夫人がいたので、隣に腰を下ろして膝枕してもらう。

「何かあったじゃないですわよ。あと、2人とも自然すぎません? どうして膝枕を普通に受け入れているのですの!?」
「いや、僕のお義母さんになる人だし……」

 込み入った話の前に、エステルのツッコミ。ホーコンも睨んでいたから、フィリップも辺境伯夫人とはそんな関係にはなっていないと誠心誠意説明していた。辺境伯夫人は、ノリで子供の頭を撫でていたらしい。
 でも、その役目は婚約者のエステルにチェンジ。フィリップはエステルに膝枕されたふざけた体勢で報告を聞く。

「まず最初に……派閥の者が怯えているのですが、何をしたのですの?」
「無駄遣いしないように手を打っただけだよ。手紙書いてたでしょ?」
「アレですか……ちなみに内容はなんて書きましたの?」
「たいしたことじゃないよ~」

 フィリップはたいしたことじゃないとか言っていたけど、エステルたちからしたら半端ない。
 無駄遣いしたら褒美を無くすとかではなく、フィリップ直々に一家全員皆殺しにするとか殴り書きしていたのでは、派閥の者も「ちょっと使いました~!」と、必死の謝罪をしていたのだ。

「そこまでしなくてもよろしいのではなくて?」
「うん。ちょっと言いすぎたね。あとでまた手紙を書くよ」
「……出す前にわたくしに見せるのですわよ?」
「信用ないな~」

 派閥の者への謝罪はエステルが添削することで落ち着いたら、次の話はホーコンが変わる。

「皇帝陛下から、派閥の領地に麦を買いたいと書状が届いたそうで、急ぎで指示を仰ぎたいみたいです」
「あ~……って、みんなもうないでしょ?」
「はあ……領地で消費する分と、もしもの時の備蓄しか残っていませんね」
「じゃあ、その通り伝えたらいいんだよ。てか、行動が遅すぎ。アハハハ」

 フィリップだけが馬鹿笑いしているので、エステルは不思議に思う。

「ひょっとして、これも筋書き通りですの?」
「まぁね~。いまの帝都は食糧難に陥っているだろうから、早めに確保するのは目に見えていたからね。ちょっと遅かったね~。アハハハ」
「殿下のその先を見通す目、本当に笑えませんわ」

 1年前からここまでの計画をしていたのだから、エステルたちはフィリップのことがちょっと怖くなるのであった。


 1週間後……

 エステルは一通の手紙を持ってフィリップの部屋に入って来た。

「陛下から麦を寄越せと書状が届いているのですけど……」
「おっそ……」
「珍しく予想が外れていますのね」
「これ、えっちゃんが兄貴たちにめちゃくちゃ嫌われているから、悩んだ期間なんじゃない?」
「そ、そんなわけありませんことよ!」

 エステルが嫌味を言いながらニヤリと笑うので、フィリップの反撃が炸裂。しかしエステルは認められないと逆ギレするので、フィリップが折れるのであった。

 その夜、エステルがけっこうへんこんでいたところを見るに、フレドリク皇帝の手紙が遅れたのは自分のせいだとは薄々気付いていたらしい……
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