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一章 勇者様の秘密
9話 走馬灯 sideカイル
しおりを挟むここ、どこだろう。
狭い一本道で、両側に絵画が飾られている。暗くて自分の体すら見えないのに、絵画だけはハッキリと見える不思議な空間。
この絵画の光景には見覚えがあった。
おばあちゃんと暮らした森だ……懐かしい。
僕は物心ついた頃には、森でおばあちゃんと二人暮らしだった。狩りに出かけた時に急に降ってきた僕を拾って、そのまま育ててくれたらしい。降ってきたって何だろうね?
おばあちゃんはとても豪快な人だった。そして、めちゃくちゃ強かった。おばあちゃんの倍ぐらいある背丈の熊を、単身素手で倒してしまう程に。そんなおばあちゃんに育てられた僕も、そこそこには強くなったと思う。
歩きながら額に飾られた光景を眺める。これは全部自分の記憶だ。絵画を見つめていると、その時の記憶が今、実際に起こっているかのように、鮮明に思い出される。
やがて絵画は段々と森から村に変わっていった。
五歳の時におばあちゃんが亡くなって、これからは一人で生きていかないとと思っていた矢先、買い出しに近くの村へ出かけた時に、村の女性達にここで住む様に勧められたんだ。いつもおばあちゃんと来てたから、一人で歩いているのを心配してくれたんだと思う。
あれよあれよと住む場所も用意され、引越し作業はいつの間にか終わっていた。まだ幼い僕を心配してくれた村の女性みんなで、入れ替わり立ち替わり世話をしてくれる。親切な村だったな。朝起きたら同じベッドで寝ていたり、よく抱きしめられたりして、かなり過保護に育てられた。
流石にずっとお世話になるのも申し訳なくて、徐々に一人で何でもこなす様になり、十歳を超える頃には一人で生活でにるようになっていた。
村の光景がたくさん並んでいるうちの一つに、満面の笑みの少女が描かれた絵画がある。この子……近所に住んでた子だ。
「好き!私と付き合って」
「え……?あの、ごめんね。好きってなあに?何に付き合えばいいの?」
仁王立ちで腰に手をあてていた女の子が、目をガッと開いてびっくりした顔をする。
おかしな事言ったかな……。
「なに?好きがわからないの!?あなた、人生の大半を損してるわよ!こーんなに幸せな気持ちになれるのに!」
「そうなの?僕も知りたい。教えてくれる?」
好き……?そんなに幸せになれる物があるなんて。
「仕方ないわね。いいわ、教えてあげる!好きにも色々種類があるけれど、私が言ってるのは、人を好きになるって事よ。いつもその人の事を考えちゃって、ずーっと一緒にいたいし、いつまでも触れ合っていたくなったりする。その人でいっぱいになって、溢れちゃうのよ!」
「いつも考えちゃうの?何だか大変そうなんだけど……」
「それがいいんじゃない!好きな人の事を考えるだけで幸せなんだから!」
当時はまだ幼い。少女もきっと、言いたい事全部は伝えきれなかったんだと思う。それにしたって、成長した今でも、よくわかんないけど。
好きについて語る少女は紛れもなく幸せそうな笑顔だ。僕はそんなふうになれる人が今までにいただろうか……。おばあちゃんがそれに近い気がするけど、ずっと考えたりはしない。いつかは僕にもそんな人ができるんだろうか……。
「あなたも時が来ればわかるわ。せっかく創ってあげたのに、戻ってきちゃダメじゃない」
どこからともなく声が聞こえたかと思うと、バン!と大きな音と共に目の前から絵画達が消える。何も見えなくて、目を開けているのか閉じているのかもわからない。
全身の感覚も鈍っていて、体を動かす事ができなかった。
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