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六章 前世の秘密
33話 アイツみたいになれたなら…… side大神 雅
しおりを挟む「ーーーだと思うんだよね。そりゃ多少のスパイスとして悲しい展開は仕方ないとは思うけど、何も殺すことは……ねぇ、聞いてるかな?雅くん。……大神くーん、おーい。……みーくーん」
「っ!その呼び方はやめろって言ったじゃねーか!」
幼児の頃に呼ばれていたあだ名で呼ばれて、ボーッとしていた意識が浮上する。大学生にもなって恥ずかしいからやめろっていつも言ってんのに!
幼馴染だからって何でも許されると思うなよ!
「かわいいのにみーくん。それに、人の話を聞かないでボーッとしてる方が良くないと思うんだよね」
「かわいくねぇし、ちゃんと聞いてたわっ」
「そう?ならいいけどね。まぁ目立った展開もなく平凡なラノベだねって話をしてたわけだけど……」
「あ、あぁ……そうだったな」
「……やっぱり聞いてなかったよね。悲しい場面がてんこ盛りだったよ。次は明るい話を持ってきてほしいかなぁ」
「ぐっ……騙したな……」
「ふふ、聞いてない方が悪いよね」
コイツには口喧嘩で勝てる気がしない。
病室のベッドから動けないとは思えないほど口だけは達者だ。
コイツはあんまり自分の病気の事を話そうとしないから、詳しくはわからないけど、今ある薬だけでは対症療法にしかならないらしく、かれこれ十年以上は入退院を繰り返している。それも最近ではずっと帰れていないけど……。
でも、普通に外で歩いていても僕は驚かないだろうな。そのくらい見た目は元気なんだ。
それ程までの強い気力の持ち主。僕はコイツのそんな所に憧れている。コイツみたいに強くなれればいいのに……。本人には絶対に言わないけど。
ーーーコンコンコン。
「赤月さーん、バイタル測定の時間で……あら、またいらしてたんですね、坊ちゃま。本当に仲のよろしい事で」
病院のベテランナースがカートを押して部屋に入ってきた。
「坊ちゃまって言わないでくださいって言ってるのに。それに、コイツとはただの腐れ縁ですから」
ここは僕の両親が経営する総合病院で、僕の事を知っている人は何故か坊ちゃまと呼んでくる。むず痒いからやめてほしいんだけど……。
ふんっと顔を背けて腕を組むと、横からニヤニヤとした視線が飛んでくる。
「雅くんは本当に素直じゃないよねぇ。でもわかってるから大丈夫だよ。オレの為に必死に勉強して、国立の薬学部に入るなんて……愛しか感じられないよね。オレも雅くんだーい好きだよ?」
「なっ!?別にお前の為じゃねーって言ってんだろ!兄貴が医者になるから、僕は薬剤師になりたいって思っただけだ!」
うぐっ。不意打ちなんて卑怯だぞっ。それに、薬に興味があっただけで、別に新薬の研究が目的で入った訳じゃない。ないったらない。
「ほほほほほ。嫌よ嫌よも好きのうちとは良く言ったものですわね。私も坊ちゃまはもう少し素直になられた方が良いかと思いますわ。さぁ、騒がしくするなら少し外で待っててもらいますよ」
ナースのおば……お姉さんは自分が入ってきた扉を指差す。
ほら、追い出されるじゃん……病院で何騒いでんだよ恥ずかしい。コイツといるといつも調子が狂う。
「丁度いいから帰るよ。これから居合の稽古だし。次持って来るのもまたラノベでいいのか?」
椅子から腰を上げて扉に向かう途中で振り返って注文の品を再確認する。
暇過ぎてありとあらゆる本を読み散らかすコイツは、今はラノベとやらにハマっているらしい。あまり興味のない僕は、おすすめの本棚からテキトーに選んで買ってくるから中身なんて何も知らない。
「うん。なるべく明るい話ね」
「読まねーから内容はわかんねーよ。期待せずに待ってろ」
さっきのムカつく顔じゃなく、爽やかなイケメンの笑顔。
素直になれったってな……。言える訳ねーだろ。男に、しかも昔っからの友達に急に言われても困らせるだけだ。
「なぁ」
「ん?」
「……何でもねぇ。じゃーな、また明日」
「うん。また明日」
いつもの様に約束を取り付けて病室を出た。
こうして縛り付けておかないと、コイツはすぐにどこかに行ってしまいそうな気がして……。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
帰り道、一人で歩いていると色々考えてしまうのは良くあると思う。
今は感じている違和感について。さっきからずっと気になっていた。アイツの前にいるときや、アイツの事を考えると何故か沸々と湧いてくる。何か大切な事を忘れている様な……何だか気持ち悪い感覚。何を忘れている?忘れちゃダメな事だっただろう。それだけは明確にわかるのに、肝心の内容がちっとも思い出せない。不安だ……。
こんなことですぐに心乱される自分が嫌になる……。アイツみたいになれたなら……。
こんな気持ちで稽古に行っても、すぐに追い返されるだろうな……。
「止め、納刀しなさい。今日はもう終わりだ。自分でもわかっているだろう?」
「……はい。すみません……赤月師範」
案の定、師範にはすぐにバレてしまった。
素直に従って模擬刀を鞘に収める。
何の為に居合道やってると思ってんだか……雑念が多すぎて全く自分と向き合えない。
「どうした?そんなに気になる事があるのか?」
「いえ、何でもありません。自分の修行不足です……」
「ふむ……、お前のその謙虚な姿勢は長所ではあるが短所にもなる。私に言いづらければ、うちの息子にでも話してやってくれるとこちらもありがたいがな」
赤月師範……。そう、この師範はアイツの父親だ。入退院を繰り返す様になるまでは、よくアイツと一緒に稽古をつけてもらっていた。僕の良き理解者の一人。
「ありがとうございます。短所にならない様、日々精進致します……」
頭を下げたから師範の顔は見えないが、軽いため息の気配がする。
……心配、かけたな。
「失礼します!師範っ、大変です!!」
「どうした、騒々しい」
バン!と開かれた引き戸の先に、血相を変えた門下生の一人が立っている。唯ならぬ様子に、僕を含めた他の門下生も息をのむ。
「ご子息がっ……。病院から電話が……急に倒れられて、ご子息が危篤だと……。ご家族をお呼びです……」
「っ!?」
そんなバカな!!さっきまで会っていたところだぞ!普通に……普通に話してたんだ。そんな……そんな訳あるか!!
「っ……わかった、すぐに向かう。すまんが皆、今日は終わりだ」
門下生達がバタバタと帰り支度を始める波には乗らず、師範に上げていた頭をもう一度下げた。
「し……師範。ぼく、も……僕も連れて行って、いただけませんかっ。決して、邪魔になる様な事は、しませんから……どうか、どうかっ」
全身が震えて、言葉が途切れ途切れにしか伝えられない。もう会えないのか……また明日って約束したのにっ。
「落ち着きなさい。雅、君には辛いかもしれんぞ。それでも行くか?」
「……はい。行きます」
熱くなった目元を誤魔化す様に、額を手の甲でゴチっと叩く。
僕なんかより父親である師範の方が辛いに決まっているのに……また気を使わせてしまった。しっかりしろっ。
病院関係者に近い僕が、危篤であると連絡がある意味を知らない訳はない。でも今だけはその意味がわからないフリをして病院に向かった。
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