秘密の多い薬屋店主は勇者と恋仲にはなれません!

白縁あかね

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七章 アーシェの秘密

35話 十八年ぶりの再会

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 何もない真っ白な空間をカイルと手を繋いで歩く。……歩いているつもりだが、あまりにも何も目印がなくて、前に進んでいるのかもわからない。
 でも不思議と不安な気持ちは一つも湧いてこなかった。カイルと二人ならどこにいても同じだしな。


「どうしたの?何かいい事でも思い出した?」


 おっと……どうやら顔に出ていたらしい。これだけ何も情報がない空間だと、視界だけじゃなく全身の感覚が鈍っているみたいだ。


「何でもないよ。これはどこに向かってるんだ?」


「女神様とケイトさんの所だよ。かなり深い所まで潜ったから、ちょっと時間かかるかもしれないけどね。アーシェはどこまで覚えてる?保存魔法を解いた後の事」


 歩みは止めないままに記憶を探る。前世さっきの出来事が衝撃であまりハッキリと思い出せない……。


「ごめん……覚えてない、かも」


「謝らなくていいよ。むしろそうだと思ってたから。本体に意識を戻した時には深層意識に潜っていってたんだろうね。でもどうしてそんな事したのかが気になったんだ」


 どうして……そうだ、消えたかったからだ。オレはカイルから離れようと思った。だって……


「オレ達、一緒にいちゃいけないんじゃ……なかったのか……?」


「はぁ!?どうしてそう思うのっ?」


 歩みを止めたカイルに両肩をガッチリと掴まれ、真正面に向き合う。
 あれ……?当事者なのに神託を知らない?


「いや……聞いたんだ。お前と聖女は結ばれる運命にあるって。女神が神託を下したらしい。知らなかったのか?」


「そんな運命クソくらえなんだけど。知ってたらエマとのパーティは断ってたかな。アーシェと会う前は愛だの恋だのに全く興味なかったし、変に期待させたら悪いしね。今でもアーシェにしか興味ないのに」


 その顔面は居るだけで勘違いホイホイだと思うが、何も問題にならなかったんだろうか……。
 だったらあの神託とやらは何だったんだ?


「そうだったのか。てっきりオレはお前達の当て馬にでもなるのが自分の役割だと思って……」


「え……そんなクソ神託信じちゃったの?純粋かよー。それで僕から離れようと思った訳?冗談じゃないよね。誰だ……アーシェにそんなくだらない事を吹き込んだのは……」


 イケメンが珍しく苛立った顔をしている。そして口が悪い。まさかコイツの口からクソなんて言葉を聞く事になるとは……。あ、いや、二回目か……。


「か、風の噂だっ。別に誰と言う訳じゃ……」


 何だか告口するみたいで、聖女を突き出すのは憚られた。彼女も彼女なりに必死だったんだろう。オレに庇われるのも余計なお世話かもしれないが……


「ふーん……まぁいいけど。その件は女神様に訊いてみよう」


 またオレの手を引いて歩き出す。そこでふと疑問が湧いてきた。


「そう言えば、今はどう言う状況なんだ?女神に会うなんて……お前も死んだのか?」


 そうだ……女神は世界への直接干渉を極力避けている。自分の名前を秘匿する程度には徹底していたはずだ。よくわからないが、神様ルールと言うやつらしい。そこはオレらの理解の及ばぬ範囲だろう。
 とにかく女神と生きているうちに話すなんてことはあり得ないんじゃないだろうか……。


「うーん、死んではいない、かな……たぶん。でも、今は魂だけが神の領域ここにいる状態らしいよ。あ、アーシェは……ごめん。僕が……」


「大丈夫だ。そうするしか方法はなかったから。ありがとう、オレの願いを叶えてくれて」


 オレはやっぱり死んだか……。また別の何かに生まれ変わるのかな……だとしたら、今度はカイルの側にいられる何かになりたい。
 ケイトみたいに猫でもいいな。


「……もう勘弁してほしいけどね。次にそんな機会があったら、こんな世界めちゃくちゃにしてやる。君と一緒にいられない世界なんて必要ないよね」


 ……目がキマっている。これは本気のやつだな……。なんて……。


「物騒な事言わないでちょうだいっ。あなたにはちゃんと打診してからだったでしょう」


 急に聞き覚えのある女性の声がする。この声は……。


「女神……」


「お久しぶりだわね、かわいい魂。よく戻ってきてくれたわ。あなたには申し訳ない事をしたわね……」


 言いたい事がたくさんあったはずなのに、女神の沈んだ顔を見たら言う気が失せてしまった……。
 はぁ、とにかく何でこんな事になったのか聞きたい。女神は何がしたかった?


「オレの役割って結局何だったんだ……?オレはここに生まれて何をしたら良かったんだ」


「それは……前に言った通りだわ。あなたには自由に生きてもらうだけでいいはずだったの。別の世界から魂を呼び込んだのが初めてだったから、この世界でも馴染めるか心配で……」


「ご主人様……よくぞご無事で。ここからはまた誤解や勘違いを生まないために、ボクも仲介するにゃ」


 いつの間にか足元に二足歩行で杖を持った猫が立っている。燕尾服にシルクハットの相変わらずオシャレな黒猫だ。


「ケイト……久々に見たけど、かっこいいね」


「にゃはは、ありがとうにゃ。妖怪に見えなくて何よりにゃん。……疲れたでしょう、どうぞ、座ってにゃ」


 妖怪……まだ根に持ってたのか。ごめんて。
 ケイトが杖をサッと振ると、椅子が二脚と丸いテーブルにティーセットが並ぶ。
 オレとカイルが隣り合う様に座ると、正面に脚の長い椅子が現れ、ピョンとケイトが飛び乗って座った。


「さて、ご主人様は初めてボクらと会った時の事は覚えてるかにゃ?」


 時間にするともう十八年も前になる。ある程度の事は覚えているつもりだが、どうだろうか……。




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