秘密の多い薬屋店主は勇者と恋仲にはなれません!

白縁あかね

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一章 魔族の村

5話 色々刺さってきた

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「はー……誰か嘘だと言ってぇ……」


 泣き疲れて寝るとか子どもか……?しかも朝までぐっすりときた。まぁ前日は旅と諸々でかなり疲れてはいたけどさ……にしても寝過ぎだな?
 おまけにガッツリ寝顔まで見られるなんて。また二人に恥の記録を残してしまった。


「ふふふ、嘘は良くないからね。可愛かったから問題ないでしょ。はい、できたよ。今日は大事な日なんでしょ?しっかりしなさい」


 派手な衣装に負けない様、マクロムに頭と顔のメイクを施してもらい、耳には穴が開いていないのでイヤーフックがかけられた。
 最後に大きな簪が頭に何本もブッ刺さる。サイドから繊細に編み上げられ、緩いハーフアップの様になっているけど……オレ、襟足以外短いはずなのに……どうやって刺さってんの?
 イヤーフックと簪にはじゃらじゃらと長い装飾が付いていて、頭を緩く振るだけで謎の遠心力がかかっている気がする。宛ら今のオレはでんでん太鼓だな。強く振ったら顔面にべちんべちん当たるやつ。
 いつも細く三つ編みにしている襟足の毛は、ふんわりゆるゆるな幅広い三つ編みになっていた。この毛量でこんなデカくできるもんなんだな……。


 服もさ、せっかく用意してくれてたから着たんだけど……何だろう……これ女装では?
 表現が難しいが、和と中が融合した花魁みたいな感じ。チャイナ服みたいなんだけど、その上から着せられた服と太めの帯が着物っぽい。帯は前でリボン状に結ばれていてすごい圧迫感がある。


 そんな事より気になるのがさ……露出多くない?胸元は大きく開いてるし、羽織もはだけさせられ肩は丸見え。おまけに大きく開いたスリットのせいで歩くと太ももまで見える。色は黒基調で派手さを抑えてはくれてるけど、そこを気遣えるならもっと他に気遣う所があったのでは?


「……こんなのアーデは着てなかったよね?」


 確かにチャイナ服に羽織りのスタイルだった様な気はするが、こんなにゴチャゴチャしていただろうか……。


「仕方ないでしょ。ヨナクルーシュ様が用意されたんだから」


「え……ヨナが?なんで……?」


 ヨナクルーシュ……その名前を聞いてビクッと反応してしまう。
 今はオレの抜けた穴を埋めているであろう……オレが逃走した事で一番被害を被っている男……。
 オレが魔族領を離れる事に猛反対していて、ヨナから逃げる様にこの村を出た。


 ……絶対怒ってるだろ。この服は仕返しか?サイズピッタリ過ぎて恐怖なんですけど。
 嫌がらせなんて、そんなつまらない事をする奴ではなかったと思うけどな……。
 なら何でこんな服を贈ってきたんだ。
 会わない訳にいかないだろうとは思っていたけど……やっぱ会わなきゃダメか……。


 正直、会いたくない。怒られるのが嫌とかじゃないぞ。まだ元気だった頃のアーデが言った言葉が気になってるからだ。
 一度離れると決めたら、もう二度とヨナには近付くなって。
 その頃は出ていくつもりなんて更々なかったから気にしていなかったけど、何でそんな事を言ったのかも、今となっては知る由もない。
 その言葉が今も有効かもわかんないしね。もうなる様にしかならないと腹を括った。


「さあね。嬉しいんじゃない?久々にあなたと会えるんだから」


「怒ってると思ってたんだけど、そう……なのかな?」


 オレがアーデに拾われた時、ヨナは五歳で、年が近い事もあって、ほぼ毎日の様に一緒に過ごした。あの時のオレにとってはアーデに次ぐ信頼の置ける相手であり、兄の様な存在だった。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





「よぁくぅーしゅ、よあー、あー……むー。ちゃんと言えあい……」


「良く話せているぞ。もっと自信を持て」


 二歳になり、バブバブ言っていただけのオレはかなり話せる様になった。それでもまだまだだけど……。
 励ます様にオレの頭を撫でる黒髪褐色の男の子。当時オレの親友……、ヨナクルーシュ。次代の魔王になれる魔力量を有し、誰よりもオレを可愛がってくれた。


よあヨナあまえ名前くりゃい言えりゅようにありちゃい」


「ふっ、そのうち言える様になるだろう。魔法を使わずとも会話できる様になっただけでもかなり成長したではないか。そう言えば髪も伸びてきたな、切ってやろう」


 そうそう。初めて会った時にアーデがオレのバブ語を理解できていたのも、魔族特有の繊細な魔法なんだって。未だに思念体すら長時間維持できないオレには到底真似できない魔力制御の技術を、この七歳は二年も前からやって退けていたのだ。


 そう言われると、視界に髪がチラついて気になってきた。元々赤子にしては毛量も多い方だったし、そろそろ切っておきたいけど……。


「らいちょーぶ?よあ、切った事ありゅにょ?」


 しっかりしているし、実力も認めているが、それでも中身は七歳児……オレの耳なくならない?
 ヨナが一端の職人の様な目つきで髪を弄っている。


「今、失礼な事を考えたな……?心配いらん。魔法で毛のみを裁断するからな」


 良かった。とりあえず耳は守られるらしい。髪の安否は不明だが、とりあえず一安心だ。


「ではいくぞ。目を閉じていろ」


 えっ!もう?ちょっとまっ!心の準備がっ、あっ、あーっ!?
 慌てて目を閉じると、顔の辺りをブワッと風が通り抜ける。
 ……もう、開けていいかな?


「よし、良い感じではないか。ほら、俺とお揃いにしてやったぞ」


 今のでもう終わったんだ、早くない?本当にちゃんと切った?
 オレを抱き上げて鏡台の前まで連れてきてくれて、ちゃんと見える様に膝の上に座らされる。
 鏡を覗き込むと、前髪は眉の上で切り揃えられ、横は全体的に三センチ程に切られていた。


「んー?ここ切ぇちぇあい!」


 顔を横に向けると、襟足だけが長いままだった。鏡越しにヨナを見ると、ニヤリと笑っている。


「お揃いにしてやったと言っただろう。似合っている」


 ワンポイントならまだしも、髪型のお揃いは恥ずかしいじゃないか!でも自分では切れないし……こうなったら!


 首の後ろに両手を回して、襟足を三つ編みにした。ふんっ、これなら完璧にお揃いじゃないから恥ずかしくないぞ。
 これを毎日するのかと思うとゲンナリだな……マクロムに頼もう。


「ほぉ?器用だな。俺にもしてくれるか?」


「やーっ!いっちょしゅぎちゃら恥ぢゅかちーだじょ!」


 せっかく変えたのに、お揃いにしたらオレの努力の意味ないじゃん!
 ヨナの膝から降りてプイッと顔を背けて、フグの様にほっぺたを膨らませる。


「ふむ……なら、別の場所なら全く同じではないだろう?ここを結ってくれ」


 耳の横辺りの髪を引っ張って、オレにずいっと差し出してくる。早よやれってか。
 それなら確かに同じではないけど……まあいっか。
 短い指で何とか綺麗に編み上げた。自分のじゃないから無駄に気を遣うな。……あ、編んだはいいけど、もう髪留めがない。オレのを解いてあげるのもなぁ……。


「よあ、ここ、きゅっきゅちて?バラバラあっちゃう。……よあ、そうぢゃあい……ぎゅーちあう」


 言葉で細かく説明するのが大変すぎて、擬音が多くなるのは悪く思っている。でも、きゅっきゅは髪をくくって欲しいって意味であって、抱きしめて欲しいと言う意味じゃなかったんだけど。
 ヨナがオレを抱き上げてほっぺにすりすりしてくる。せっかく編んだのにボサボサになるじゃん。


「わかっている。この辺りを止めれば良いのか?」


 またオレを膝に乗せ、三つ編みの束を受け取り一度グッと握り込んで開くと、手の中に紅く綺麗な色のガラス玉の様な物で止められた毛束が現れた。


「しゅごいっ!しゅごいヨナっ!こえあに?しゅごくきえい……」


「魔石だ。簡単に言えば魔力を固めた物で、色んな用途がある。例えばこの照明にも使われているぞ。中の魔力が切れるまで何度でも使用できる。そして、作った者によって色が違う事から、将来を誓う時に相手と贈り合う風習もある」


 へぇ、魔力が電気だとしたら、魔石は電池みたいな物か。便利だな、魔石。オレにも作れるかな?


「オリェもちゅくりちゃい!」


「それは難しいな。繊細な魔力操作が必要になるから、魔族にしか作れない」


 こんな時はすごく悲しい気分になる。やっぱりオレはどうしても余所者なんだって思い知らされるから。
 寂しいし悔しい……ただ魔力が多いだけなんて何の意味もないじゃないか。
 顔全体に力を入れて、泣き出しそうなのを我慢する。


「そんな顔をするな。ただ種族が違うだけだろう。アーデルファルト様はお前を家族だと仰っている。俺も……お前を家族にしてやってもいい……」


「うぅ……よあ……らいちゅき。よあもオリェにょかぢょくね」


 オレのモチモチ自慢のほっぺをむちむちと揉み、おデコにチュっとキスをくれる。
 ふふん、やわこいじゃろ?オレのほっぺちゃんは。流石二歳児のお肌は最高だからね。
 おちりなんてもっとすごいんだぞ。触らせないけど。


「あぁ。ーーーた暁には、ーーーになるといい。生涯お前をーーーと誓おう」


「あははっ。ほんちょにぢゅっとーーーくれりゅにょ?らったらしゅごくちあわしぇらにぇー」


「ーーだ。俺がこれをーーー事はーーーない」





 ……この辺りで記憶が曖昧になっている。昔はほんと仲良かったんだけどな……だからこそ怖いって言うか……すみません申し訳ございませんと言うか……。


「アーシェ、アーシェ!どうかしたの?」


 マクロムが心配そうに顔を覗き込んでくる。どうやら記憶を探ってボーッとしてしまっていたらしい。


「あ……いや、なんでもないよ。じゃあ……長老会のじい様達と楽しいお話し合いに行こうかな」


 オレには大事な目的がある。それは、魔族と人族の新たな関係の構築だ。
 戦後長年停滞し、曖昧になった停戦協定や、オレのせいで険悪になりつつある関係性を好転させたい。
 今日はその第一歩。長老達の説得だ。
 仕事を放棄して出て行って、勝手に戻ってきて早々に何言ってんだって思われるかもしれないし、時間もかかるだろうけど……。
 それでもきっと、オレが生き残った事や、人族である事にも何か意味がある様な気がする。
 オレのできる最善を、今度は生きる為に足掻く事にしたんだから。
 鏡台の椅子から立ち上がり、大きく深呼吸をして気合いをいれた。


「本当に一人で行くの?カイル殿は……確かに長老会の方々に会うにはタイミングが良くないけど……。置いて行って大丈夫なの?」


 あ……行く前にもう一つ大きな壁があったんだ……。


「……ごめん。先に様子見てから行く」


「はいはい。メイク直しの準備はしておくからね。着付けはいくらでもしてあげるけど、服は汚しちゃいけませんよ」


 やめてー。たぶんいるんだけど言われるの恥ずかしいからやめてー。汚すとか言うのもやめてー……。
 特大のフラグをブッ刺してきたマクロムに何も言えず、ヒラヒラと手を振ってカイルの待つ客間へ向かった。




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