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堕ちた兵士

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 この戦い事態、俺が関わる必要はない。
 その方向性は変わらない。
 ただ、その後に問題が起きるというのならば…………俺は、もう一度、あの力を使うしかないだろう。
「隊長!! もうそろそろいけそうです!」
「ああ! 畳みかけるぞ」
 合図とともに一斉に襲い掛かる。
 遅れて少女も続こうとする。
 だが、俺の視界には別のものが映った。
 少女も同じように見えてたのだろう。
「くっ!」
 危険を顧みずに軌道を変えた。
 子供へと駆け寄ると頭を撫でて落ち着かせる。
「た、たすけて……」
「大丈夫だよ。もう、安心していいよ」
 幸いにも大男の目的は少女から兵士へと移り変わっている。
 問題なく、助け出すことができる……はずだった。
「ガアアアアアアア!!
「こいつ、まだこんな力を!?」
「くっ!」
 大男は負けることを察したのか最後の力を振り絞り口の中にエネルギーを溜め込んだ。
 高密度のエネルギーを口から発射することで状況を打開するのが目的か。それとも、苦し紛れの一撃か。
 恐らくは前者であろう。見ている限りでは大男にはまだまだ余裕がある。
 危険を察知した兵士たちは散り散りに撤退し、防御態勢を取っている。
「あっ」
「ガアアアア!!」
 少女と子供が大男に見つかった。
 少女はしまったという声を漏らし、動揺している。
 それに気づくことができたのは俺だけ。
 少女は子供を胸に抱きしめ、大男に背中を向ける。
 最悪だ。

 戦場で武器を手放し、敵に背を向けるなんて一番やっては行けないことだ。
 目を背けてもいけない。
 たとえ目の前に仲間の死体が並んでいても敵を見ろ。
 腕が引きちぎられようとも口で武器を咥えろ。

 そんなある種、凶器にも似た考えを頭で巡らせてこの後の展開を想像する。
 あっけなく2人の命はこの世から消える。
「……いや、だな」
 そのことを想像したら、自然と口が動き出していた。
 この場で動けるのは俺だけだろう。救うのは簡単なことだ。
 でも、俺は動きたくなかった。
 俺の目的はこのまま誰からも忘れられてひっそりと死ぬこと。
 もしも、助けに向かえば俺はもう後戻りはできない。
 もう一度、あの地獄に飛び込む勇気が俺にはない。
 だからといって、見捨てるのも嫌だ。
 考えている時間はない。今ここで判断しなければ、助けない選択肢を選んだも同然。
 選択の時は目の前まで迫ってきている。
 


『いってらっしゃい。隊長』



 誰かの声が聞こえた。
 振り返りたくなるほどの愛おしい声に涙が出そうになる。 
 幻聴だというのはわかる。
 そうだとしても、俺は前を向いて……敵を睨みつけながら前に全力で走り出した。
 コンクリートの地面に靴の足跡を残し、風よりも早いスピードで大男の懐に潜り込んだ。
「俺の名はジャック・ド・マルク。不意打ち気味で悪いが、俺が相手をする」
「っ!!?」
 バク転の要領で全身を回転させ、足を顎に当て、骨を砕き、強制的にエネルギーの発射を妨害する。
 ため込んだエネルギーは口の中で暴発し、大男の目と鼻から煙があふれる。
「ガアアアアアァァァァァ!!」 
 相当な威力が爆発したはずなのに、敵意むき出しで俺に襲ってくる。
 次々に流れ出してくる拳をかわしながら、一撃を淹れ続けるが効果はない。
(……ちっ、前と同じタイプかよ)
 昔、俺が戦っていた敵には3種類のタイプがいた。
 その中でも一番個体数が多いのは耐久タイプ。俺とは相性が悪いタイプだ。
 耐久タイプはとにかくしぶとい。溶岩で焼き続けても1時間は動き、溺れても24時間は死なない。
 唯一、電撃には弱いが残念ながら俺には使えない。
 そんな考えをしながら戦っていると頭上の一撃に反応が遅れる。
「ちっ!」
 かわす余裕はない。
 俺は仕方なく、一撃を受けることを決める。
「ガアアァァ!!」 
 ズシンッと身体の芯にまで届く。重い一撃。
 普通の人ならばこの一撃で致命傷だ。
 しかし、俺は腐ってもラスト・ソルジャーと呼ばれた。その名に恥じない程度の実力はある。
「はあぁ!!」
 正面から受け止めた後で、 反撃を繰り出し、数発。今度は拳をクリーンヒットさせる。
 しかしながら、効果は薄い。殴った拳の方がダメージを受けている気がする。
 ここまででわかるように、俺の攻撃だと一切通用しない。
(あいつらがいてくれたら……いや)
 昔のように共闘する相手もここにはいない。
 ふと、周りを眺める。そこには誰もが驚いた顔で俺の戦いを見ている。
 誰も助けに入ろうとしない。入るだけ邪魔であるが、10年前と比べると多い違いだ。
(まあ、得体あの知れないものに嬉々に飛び込んでいったあいつらがおかしいか)
 笑みがこぼれる。
 亡くなった仲間と共に戦っているような感覚がどこかあった。
 だけど……そろそろ余裕を見せるもの終わりだ。
「久しぶりに、やるか」
 視界の隅に少女が映し出される。刀を持ち、少女を片手で庇いながらこちらを見ている。
 その刀を使うとしよう。
「コピープログラムスタート。異でよ、ドッペル」
 口上と共に四角いマークが映し出され、少女の持つ刀に固定される。
 成分、能力、その他。いろいろな項目を一瞬にして解析すると少女と同じ刀が作り出されていく。
 違う点があるとするならば刀の色。漆黒に輝く刀身は俺自身の心の奥を映し出す。
(また、使う時がくるとは思わなかったな)
 擬似コピーモノマネマジック。
 10年前に仲間も1人に教えてもらった能力の一つだ。
 瞬間的に視界の中にある武器をマークし、手元に作り出す。
 代償として、その武器を一回以上使わないといけないという戦闘においてトンデモないポテンシャルを持つ能力だ。
「燃えろ」
 力を込めて言葉を発すると刀身が真紅に燃え上がる。
 青白い炎を撒き散らし、足元のコンクリートが溶け始める。
「グッ………ガッ……?」
 さすがの大男も異変に気付いたのかこちらを攻撃することなく様子見に距離を取り始める。
 残念ながらそれは失敗である。
 俺の異常に警戒するのならばもっと距離をとれ。もしくは接近し、己の拳が当たる距離を維持して戦え。
 反射神経で助かるほど、戦いの世界は甘くない。
 ひとたび戦場に足を踏み入れたのなら……死ぬ覚悟で戦え。
「一の太刀。焔の型……絶花灯篭(ぜっかとうろう)」
 一歩踏み出し、刀の間合いに入ったと共に斜めに刀を振るう。
 遠心力を利用しながら反対側からクロスするように切り裂く。
 この動作を一瞬にして行う。俺たちが生み出した最初で最後の技。
 自身の運動神経が悪ければ、体の柔軟性が足りなければ隙の大きい欠陥技である。
「ガッ、ガアアァァァァァァ!!」
 とてつもない量の血液を流して、大男は膝を突く。
 さすがの耐久力行ったところだろう。だが、もう終わりだ。
「……! …………!!」
 声を出そうと胸に手を当てるがその腕は動かない。
 逃げ出そうと足を動かそうとするがその足は止まる。
 なぜなら、俺が切り裂いた部分は燃えている。
 徐々に徐々に傷口から無事な皮膚を伝い、すぐに全身が燃える。
「じゃあな……安らかに眠れ」
 ……いつもと同じ言葉を口にして敵の冥福を祈る。
 炎の力はコピーしたこの力、相手は焼死というむごたらしい最期を迎える。
 戦う上で不要な感情かもしれないが、絶対に捨てないと誓っている。
 俺は燃え尽きて、灰になるまで大男の最期を見守った。
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みんなの感想(1件)

花雨
2021.08.11 花雨

これもお気に入り登録しときますね(^^)

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