Money or Songs(仮)

SUNO

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第一章 美琴

7曲目 友達

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 美琴は週末に何度か八上とラインで次の交流会についての打ち合わせをしたり、選曲についての話をしていた。向こうの部活は新入生が10人以上で、それぞれが勝手に動くため、それはそれで大変なようだった。美琴から見たら贅沢な悩みだが。

 神崎かんざきにも一度ラインを送っていたが、返事が来ていなかった。先週末に部を無断欠席してから何の連絡もない。本当にやめるつもりなのだろうか。
 美琴は一応、週末にある交流会の場所とプログラムの案内を神崎に送り、向こうから連絡が来るのを待つことにした。

 週明けの全校朝礼後、移動中にたまたま遠くに神崎の姿を見たが、クラスメイトと談笑している様子だった。体調を崩しているわけではない様子だった。

 1限の移動教室で生物室に向かう途中、美琴は及川に部活の話をしていた。

「そっか、その1年の子、本当に辞めんのかもしれないね。1年で学年で一人だけになって心細くなったのかも」
「やっぱそうなのかな」
「話聞いてると、その神崎って真面目な子みたいだし、辞めるって言い出しづらいんじゃないかな」
「私って怖がられてるのかな」
「うーん、まあ大国ってガタイ良いし、オーラに圧みたいなのあるからな」
「ガタイって、身長170センチもある及川に言われたくない」
「172センチな! この間の身体計測で測ったら伸びてた」

そう言うと、及川は背筋を伸ばしてみせた。

「及川って、まだ身長伸びてるんだ」

 及川と生物室まで移動し、に着くと、クラスメイトがまばらに席についていた。

「自由席だよな、大国あっち座る?」

 奥の方で空いているテーブルに及川と向かう途中で美琴は内海うちうみに呼び止められた。

「あ、大国ちゃんと及川っち、うちらと一緒に座らない? 席ちょっと狭くなっちゃうかもだけど」

 内海は4~6人掛けの席に既に3人で座っていた。

「え、別に良いけど」
「あ、ほら。ゴミ島っていつも一緒に組む奴いなくてグループにあぶれるじゃん。空いてるからって同じテーブルに来られたら嫌だし。私、あいつ苦手なんだよね。何考えてるかわからないし」
「あー、なるほどね」

 及川は納得したように、どかっと椅子にかけた。
 相変わらずの嫌われぶりだな、灰島はいじまは。美琴も及川の隣にかけた。

 しばらくすると灰島が生物室に入り、生物室を見渡した。クラスに灰島と親しくしている友人はいない。2年の時からそうだった。2年の時の授業の時も休み時間も移動教室も学校行事の時もいつも一人で過ごしている。
 それはそうだろう。こっそり夜の店で働いているような変わり者だ。しかも女装をして。普通の同級生と話が合うはずがない。
 灰島は座れる席がないか生物室内を見渡すが、灰島が座ろうとすると、「席が埋まっている」と言われたり、灰島に対し露骨に嫌な顔をする生徒もいた。クラスで浮いている人間はこういうときに難儀だと美琴は思った。
 しかし、内海たちの気持ちもわかった。美琴も灰島にずっと苦手意識を持っていた。話しかけてもうまくコミュニケーションが取れず苛立つばかりだったし、美琴は灰島の歌声が無かったら関わろうとは思わなかっただろう。

 別に灰島と二人で示し合わせたわけではなかったが、灰島の方も教室で美琴に関わろうとすることはなかったので知らないふりをしていた。クラスメイトたちが灰島と美琴が毎日音楽室で会っている事を知ったらなんて言うかと想像したが、良い反応をされないだろうし、灰島もそれを望んでいないだろうと思っていた。
 灰島は授業な始まる前に、地味な男子たちのグループに入れてもらえることになったようだった。美琴は少しホットした気がした。



 その日の昼休みも美琴は灰島と第2音楽室で作曲の続きをした。週末に進めていた曲を灰島に見せると、美琴のピアノと合わせた。今日も悠々とした伸びのある歌声が音楽室に響く。
 灰島の歌は会を重ねるごとに良くなっていき、美琴の作った詩をより理解し磨いていっていくようだった。それは作者である美琴の想像を越えていっていた。
 灰島の歌を聞くたびに美琴はワクワクさせられていた。また、灰島もそれを楽しんでくれていると美琴は信じたかった。

「何? 顔になにか付いてる?」

 灰島は美琴に言う。灰島は、歌っている姿は教室にいる時とまるで別人なのに、といつも思っていた。

「いや、琥珀の歌ってやっぱり凄いなって。この曲、もはや私が作った原型とどめて無いっていうか、日増しに良くなっていくから。その、琥珀には感謝してる」
「そう?」

 灰島は無表情で答えと、「琥珀じゃないけどね」と付け足した。もう少し嬉しそうな顔をしても良いのではと美琴は思った。関心なさそうな態度に少し不安を覚えた。

「うん、灰島には感謝してる」
「はあ、役に立てたならよかった」

 本当にそう思ってるのだろうか。

「灰島ってさ、友達作ろうとか思わないの」

 気になっていた事が口をついて出てしまった。

「その、ほらクラスでいつも一人じゃん。本が好きなら、川村たちとかと話し合うんじゃない? ほら、あいつ文芸部だし」

 川村はクラスで地味な方の男子だ。

「俺、フィクションはあまり読まないから。ライトノベルも読んだことないし。アニメとか漫画も見ないし話についていけないと思う」

 じゃあ、誰だったら話が合うんだろうか。一人でいるのが好きなのだろうか。

「ねえ、」
「何?」
「いや、なんでもない」

 美琴は言いかけてやめた。灰島の問題だ。関係ないのに余計なことを言う必要ない。せっかく協力してくれているのに、機嫌を損ねたくない。それに、普段の生活態度に注意してくる美琴の母親みたいなセリフを言いたくなかった。
 歌声はこの上なく美琴の琴線に響くのに、灰島との会話は、いつまでも噛み合うことはなかった。
 最近では、美琴は灰島の事を楽器だと思うようにしていた。

 繊細で、厄介で、扱いづらいが、最高に美しい音を出す楽器。

「ランチ前に、もう一度合わせてもらっていい?」

「サビの後のところ気になるんでしょ? 別にいいよ」

 なぜわかったのだろう、灰島も気になっていたのだろうか。曲を通して自分の思考を理解し始めているのか? まさかそんなことはな……。

 ピアノを始めるとジャストのところで灰島が入る。やはり、毎回微妙に歌い方が違う。でも毎回曲のイメージにパーフェクトに合う美しい歌声、もう灰島以外にこの歌を歌える人間はいないのではないだろうかと美琴は思った。

 灰島の声が急に止まった。急にどうしたのだろうか? 灰島の歌声に浸ってた美琴が我に返る。灰島の視線の先には音楽室の入り口に立っている人物向いていた。

「え? 今歌ってたのって誰っすか?」

 蒲川ほかわだった。なぜ蒲川が音楽室に来ているのだろうか? 昼休み中だ。第2音楽室は次の時間授業もないはずである。

「ってか、声高っ! 今の大国さんじゃないっすよね? 男子だと思わなかった。めっちゃめちゃ上手くないっすか? すげえ、プロみてえ」

 蒲川は音楽室に入ると、灰島の方に歩み寄る。蒲川も痩せ型の体型だが、180センチ弱ある長身だ。灰島と並ぶと灰島がより小柄で華奢に見えた。

「プロみたいなんじゃなくて、プロなんだよ、こいつは。ステージに上がってお金もらってるんだもん」
「え? ステージ? なんすかそれ?」

 いつも憎たらしいくらい飄々としている蒲川が、珍しく興奮気味に声をあげている。灰島はいつにも増して無口になっていた。

「灰島、こいつは2年の蒲川。ギター部の後輩。こっちはクラスメイトの灰島琥珀はいじま こはく。作曲の手伝いしてもらっていたの」
「琥珀は源氏名……」

  灰島はぽつりといった。そこは譲らないらしい。

「で? ウチの部の助っ人になってくれるんですか」
「口説き中、今のところフラれまくってるけど」
「え……」

 灰島は戸惑った表情になる。蒲川はなぜだか納得した表情なると興味津々な顔で灰島を見ている。

「あの、大国さん、もう昼休み終わるし行くよ」

 灰島は小声で言った。

「あ、そうだよね。灰島ありがと、今渡すね……」

 美琴は持ってきたコンビニ弁当を手渡そうとすると、灰島は受け取る前に第2音楽室を出て行ってしまった。

「あ、灰島弁当……」

  追いかけて渡そうと思ったが、既に廊下からいなくなっていた。

「なんか、国さん最近様子おかしいと思ったら、こんなことしてたとは」
「別におかしくなんかないっつの。っていうか、蒲川こそ、なんで昼に音楽室に?」
「午後一で体育の授業出るのがダルかったんで、ここで昼寝でもしてようと思って。まさか国さんいると思ってなかったす」

 悪びれる様子もなく、平然と答えた。

 

 その次の日の昼休みも蒲川は現れた。ギターを片手に。
 美琴は最初、何を勝手にと思ったが、作曲を手伝うつもりらしい。灰島は始めは、やり辛そうな顔をしていたが、蒲川の存在に慣れたのかいつも通りに歌ってくれた。
 蒲川はやる気なさそうに見えて、ギターの実力だけはある。数回合わせただけで、灰島と蒲川はすぐに息ぴったりに演奏できるようになっていた。

「蒲川、あんた何企んでるの? 蒲川の分まで弁当用意してないけど」
「何言ってるんすか水臭い。同じ部の仲間じゃないっすか」
「なに!? 気持ち悪い! 頭でも打った?」

 灰島の影響を受けて、急に協力したくなったのだろうか。しかし、蒲川が協力的なおかげで作曲の準備は捗った。

「はい、終わり! 飯にしましょう。国さん人をコキ使いすぎ」

 蒲川はギターを置くとカバンから弁当を出し始めた。

「なんで、蒲川が仕切るわけ」

 美琴は蒲川を睨むが、蒲川は楽器をしまい、閉店モードだ。美琴はもう少し音出ししてから終わりたかったが、蒲川にお開きにされてしまい、不機嫌になる。

「わかった。今日は終わりにしよう」

 美琴はコンビニ弁当を出し始めた。今日は卵とツナのサンドウィッチと蒸しパンを灰島用に持ってきていた。灰島は華奢な割には食べる方らしかったのでパンの時は2~3個用意するようにしていた。
 灰島に手渡すと、いつもの様に小さな声で礼を言い、離れたところに座った。
 すると、蒲川もすかさず灰島の近くに座り、親しげに話しかけた。

「俺のお袋、料理教室の講師とかやってるんすけど、レッスンで作る料理の試作品とか弁当に詰め込んでは息子を実験台にするんす。いつも量多すぎだし。よかったら少し食べません?」
「え、どうも……」

 蒲川は最初から一緒に昼を食べるつもりだったようだ。食べながら話しかける蒲川に灰島はぎこちなくはあるが、応じていた。
 美琴は楽しそうに会話している二人を睨むと、自分用に用意していた焼きそばパンを口に頬張った。灰島に友達ができるのは結構だが、よりにもよって蒲川と? 美琴が灰島に話しかけてもいつも会話が続かないのに、蒲川といる時の灰島は少し楽しそうではないか。
 美琴は食べ終わると、ぶっきらぼうに言った。

「私、次の時間体育で着替えあるから先に行く、蒲川、ちゃんと音楽室の鍵閉めて出てよね。灰島もモタモタしてると授業遅れるから」

 蒲川は面倒くさそうに返事をする。美琴は踵を返すと昼食中の二人を後に更衣室へ向かった。
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