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02 あっちもこっちも圧がすごい
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店の奥には所狭しとたくさんの檻が並んでいた。
すえた匂いに思わず顔をしかめる。
檻の奥でうごめく影は、すべて人だった。息をひそめ虚ろで諦めたような、または怯えたような暗澹たる感情を向けてくる奴隷という商品たち。
こうして客として訪れたものの、奴隷制度には思うところがある。
だが、今は自分の身が最優先だった。刺すような視線に耐え切れず目を伏せたところで、店主の足が止まった。
いつの間にか店の奥も奥、一層薄暗い一角まで進んでいたらしい。暗がりの奥にひとつの大きな檻がうっすらと現れる。
他と比べて随分頑丈なつくりのようだが、中はよく見えない。
「……?」
目を凝らして覗き込もうと、檻に近づいた瞬間だった。
――ガアアァァンっ!
小さな店の建物全体が振動するほどの大きな音が鳴る。
重厚な鉄の檻が大きく揺れるほどの衝撃に、文字通り飛び上がった。内側から、なにかが鉄格子に向かって激しく体当たりをしてきたのだ。
「…………え」
ふと頭上へ落ちた影に顔を上げれば、鉄格子越しにシルエットだけで筋骨隆々とした体格がわかるほどの大きな人影。
そして伸び放題である橙色の髪の隙間から覗く、血走った赤い瞳と真正面から至近距離で向かい合ってしまった。
「ひぃ――っ!?」
思わず声を呑む。
格子に食い込むほど額を押し付けている。ギョロリと目が見開かれている。それが目の前にいる。
一拍置いてからそれらを理解したとたん、足元から一気に恐怖が込み上げた。
(……ひえええええぇぇっ!)
飛び出しそうになった悲鳴は口を押さえて必死に呑み込む。
この間も爛々とした瞳と目が合ったまま。怖すぎる。
「こいつがうちで一番強い奴隷になりますなぁ」
揉み手の店主がケヒケヒと声をあげながら二重顎で檻を指す。が、同時に殺気にも似た恐ろしいほどの気迫が檻の中から噴き出した。ぶわあぁっと全身の毛穴がすべて開くのがわかる。
よく見れば口元には猿轡がはめられているというのに、まるで真正面から獣の咆哮を浴びたようだった。
「ええ、そうでしょうとも……!」
わざわざ言わなくても見ればわかる。身体が硬直して動かない。
じっとりと冷や汗は溢れるし、呼吸は浅くなる。
血走る赤い瞳はぐるりと動いて店主を睨みつけた。
「うぐ……っ」
ケヒケヒ笑っていた店主も引きつった顔で声を詰まらせる。
(……怖いわ!)
このひとことに尽きる。
なんとか踏ん張って立ってはいるものの、震える膝は今にも崩れ落ちそうだった。
待って、これを私が買うの?
え? 本当に人間かしら? 猛獣の間違いではないかしら?
完全にこの一角だけ浮いていないかしら!?
悲鳴のような叫びが心の内で荒れ狂った。
現に、どんより沈んだ淀のような空気漂うこの店内で、明らかにここだけ空気が違う。なんというか、全身にのしかかる圧が凄まじい。
この場にいるだけでもはや泣きたい。
「あ、あの……」
「ご希望通りの一番強い奴隷だ」
「ええ、ええ。確かに強そうだとは思いますが……」
なんてったって、鉄製のひと際頑丈そうな檻が心もとなく見えるほどには。先ほどから壊れやしないかと気が気ではないのだから。
などと思っていたら、檻の中の奴隷が鉄格子を掴み、力の限り右側に向かって引っ張っている。おそらく鉄製の格子をへし曲げようとしてるのだろうが、いやいや、なにをしているんだこの奴隷は。
太い腕の表面にこれまた太い血管がメキメキと盛り上がるし、檻からはメリメリと不気味な音がした。
(恐ろしい音がしているけれど壊れないのかしら!? 本当に曲げたらどうしましょう大丈夫!?)
竦み上がりそうな恐怖にギリギリで踏みとどまっているものの、正直これでもかと腰は引けている。
「強ければいいんだろう?」
「それは確かにそうなのですが――っ」
「こいつ以上の強さとなっちゃ、なかなか出てこないと思うがねぇ」
店主のもみもみと動く揉み手がスピードを上げる。
よく見れば肉団子のような身体に大きな汗の粒がたくさん浮かんでいる。
「なぁに! 多少威勢はいいが気にするこたぁないさ」
(多少!? これは多少の範疇になるのかしら!?)
この間にも、今度は鉄格子を蹴りつけているだろう音がガンガンと響いている。だがあえて見ない。見たくない。
やはりあの檻の中にいるのは猛獣の間違いではなかろうか。
戸惑う客に構わず、店主の方こそ鬼気迫った勢いでここぞとばかりに畳みかけてくる。気のせいでなければ、ここで絶対に売ってやるという確固たる意志が窺えた。
「隷属の契約さえしちまえば、なんの問題もない! 主人を傷つけるこたぁ絶対にないし、命令には絶対服従だ! どうだ!」
「え!? ええぇ!?」
(どうだと言われましてもおぉ!)
のけ反った分だけ、ぐいぐいと肉団子が詰め寄ってくる。こちらも別の意味で圧がすごい。
しかし店主が言うことも間違いではなく、隷属契約を結んだ奴隷は主人に逆らうことはできないと聞く。つまり、この明らかに危ない気配がバシバシ伝わってくる奴隷だろうと、契約さえしてしまえば身の安全は保障されるのだ。
予想外に店主の勢いが強すぎる気はするが、それでも――。
「まあ……強いのならば」
「なら善は急げだ今すぐ隷属契約を!」
「今すぐ!?」
待ってましたとばかりに、店主は懐に手を突っ込んだ。
すえた匂いに思わず顔をしかめる。
檻の奥でうごめく影は、すべて人だった。息をひそめ虚ろで諦めたような、または怯えたような暗澹たる感情を向けてくる奴隷という商品たち。
こうして客として訪れたものの、奴隷制度には思うところがある。
だが、今は自分の身が最優先だった。刺すような視線に耐え切れず目を伏せたところで、店主の足が止まった。
いつの間にか店の奥も奥、一層薄暗い一角まで進んでいたらしい。暗がりの奥にひとつの大きな檻がうっすらと現れる。
他と比べて随分頑丈なつくりのようだが、中はよく見えない。
「……?」
目を凝らして覗き込もうと、檻に近づいた瞬間だった。
――ガアアァァンっ!
小さな店の建物全体が振動するほどの大きな音が鳴る。
重厚な鉄の檻が大きく揺れるほどの衝撃に、文字通り飛び上がった。内側から、なにかが鉄格子に向かって激しく体当たりをしてきたのだ。
「…………え」
ふと頭上へ落ちた影に顔を上げれば、鉄格子越しにシルエットだけで筋骨隆々とした体格がわかるほどの大きな人影。
そして伸び放題である橙色の髪の隙間から覗く、血走った赤い瞳と真正面から至近距離で向かい合ってしまった。
「ひぃ――っ!?」
思わず声を呑む。
格子に食い込むほど額を押し付けている。ギョロリと目が見開かれている。それが目の前にいる。
一拍置いてからそれらを理解したとたん、足元から一気に恐怖が込み上げた。
(……ひえええええぇぇっ!)
飛び出しそうになった悲鳴は口を押さえて必死に呑み込む。
この間も爛々とした瞳と目が合ったまま。怖すぎる。
「こいつがうちで一番強い奴隷になりますなぁ」
揉み手の店主がケヒケヒと声をあげながら二重顎で檻を指す。が、同時に殺気にも似た恐ろしいほどの気迫が檻の中から噴き出した。ぶわあぁっと全身の毛穴がすべて開くのがわかる。
よく見れば口元には猿轡がはめられているというのに、まるで真正面から獣の咆哮を浴びたようだった。
「ええ、そうでしょうとも……!」
わざわざ言わなくても見ればわかる。身体が硬直して動かない。
じっとりと冷や汗は溢れるし、呼吸は浅くなる。
血走る赤い瞳はぐるりと動いて店主を睨みつけた。
「うぐ……っ」
ケヒケヒ笑っていた店主も引きつった顔で声を詰まらせる。
(……怖いわ!)
このひとことに尽きる。
なんとか踏ん張って立ってはいるものの、震える膝は今にも崩れ落ちそうだった。
待って、これを私が買うの?
え? 本当に人間かしら? 猛獣の間違いではないかしら?
完全にこの一角だけ浮いていないかしら!?
悲鳴のような叫びが心の内で荒れ狂った。
現に、どんより沈んだ淀のような空気漂うこの店内で、明らかにここだけ空気が違う。なんというか、全身にのしかかる圧が凄まじい。
この場にいるだけでもはや泣きたい。
「あ、あの……」
「ご希望通りの一番強い奴隷だ」
「ええ、ええ。確かに強そうだとは思いますが……」
なんてったって、鉄製のひと際頑丈そうな檻が心もとなく見えるほどには。先ほどから壊れやしないかと気が気ではないのだから。
などと思っていたら、檻の中の奴隷が鉄格子を掴み、力の限り右側に向かって引っ張っている。おそらく鉄製の格子をへし曲げようとしてるのだろうが、いやいや、なにをしているんだこの奴隷は。
太い腕の表面にこれまた太い血管がメキメキと盛り上がるし、檻からはメリメリと不気味な音がした。
(恐ろしい音がしているけれど壊れないのかしら!? 本当に曲げたらどうしましょう大丈夫!?)
竦み上がりそうな恐怖にギリギリで踏みとどまっているものの、正直これでもかと腰は引けている。
「強ければいいんだろう?」
「それは確かにそうなのですが――っ」
「こいつ以上の強さとなっちゃ、なかなか出てこないと思うがねぇ」
店主のもみもみと動く揉み手がスピードを上げる。
よく見れば肉団子のような身体に大きな汗の粒がたくさん浮かんでいる。
「なぁに! 多少威勢はいいが気にするこたぁないさ」
(多少!? これは多少の範疇になるのかしら!?)
この間にも、今度は鉄格子を蹴りつけているだろう音がガンガンと響いている。だがあえて見ない。見たくない。
やはりあの檻の中にいるのは猛獣の間違いではなかろうか。
戸惑う客に構わず、店主の方こそ鬼気迫った勢いでここぞとばかりに畳みかけてくる。気のせいでなければ、ここで絶対に売ってやるという確固たる意志が窺えた。
「隷属の契約さえしちまえば、なんの問題もない! 主人を傷つけるこたぁ絶対にないし、命令には絶対服従だ! どうだ!」
「え!? ええぇ!?」
(どうだと言われましてもおぉ!)
のけ反った分だけ、ぐいぐいと肉団子が詰め寄ってくる。こちらも別の意味で圧がすごい。
しかし店主が言うことも間違いではなく、隷属契約を結んだ奴隷は主人に逆らうことはできないと聞く。つまり、この明らかに危ない気配がバシバシ伝わってくる奴隷だろうと、契約さえしてしまえば身の安全は保障されるのだ。
予想外に店主の勢いが強すぎる気はするが、それでも――。
「まあ……強いのならば」
「なら善は急げだ今すぐ隷属契約を!」
「今すぐ!?」
待ってましたとばかりに、店主は懐に手を突っ込んだ。
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