8 / 31
08 なにごともなく終わるわけがなかった
しおりを挟む
翌朝、初めての野宿は予想以上にスッキリと目覚めることができた。
緑に囲まれた清々しい朝の空気をめいっぱい吸い込んだら、なんだか生臭い気がしたがきっと気のせいだと起き上がる。
すると――日に照らされ、まざまざと浮かび上がった昨夜の戦闘と殺戮で血みどろとなった周辺一帯が視界に飛び込み、ラウラは悲鳴をあげた。
「どうした!?」
驚いたようなゲオルクの声にそちらを向けば、森の片隅に魔獣の死骸を積み上げてそれらを解体している血まみれ姿が目に入る。
残念ながら気のせいではなかったようだ。
「ぎゃああああああっ!」
朝からラウラの悲鳴が二度も森に木霊した。
すっかり食欲など失せたが、軽く朝食を終えてから森を発つことにする。
血痕に囲まれた中での食事は再びの吐き気を催したが、ここでまた嘔吐しようものなら再び池に放り投げられること間違いなしなので、口を押えて我慢した。
対して、平然と肉の残りを食べ尽くしたゲオルクの精神力にも再び戦慄した。
どうやら先ほどのゲオルクは魔獣の素材を取り出していたらしい。
魔獣は魔石以外にも骨や皮、角や爪など売れるところが多々あるし、種によっては驚くほど高値がつくものもある。
昨夜襲ってきたサーペントは牙と皮がいい金になると、ゲオルクは満足そうだった。確かにそれは助かる。
そして二人は、ようやく港町ウルベスクに向けて出発した。
魔獣が出没するようなうっそうとした森に人通りがあるはずもなく、ひとまず徒歩で近くの村を目指すことにする。
そう思って一日中ひたすら歩いたのだが、一向に人どころか建物の影も形も見えなかった。
「道はこちらで合っているのか?」
「たぶん」
休憩していると、近場の岩の上に立ったゲオルクが遠くを見渡しながら訊ねる。
昨日彼がラウラを担いで手当たり次第に暴走したため、方向感覚が若干怪しいが、こちらで正しいはずだ。荷物から地図を取り出して広げてみると、やはりこのまま進んだ先に小さいが村がある。
「ほら、ここに村があるはずよ。こちらの細い街道を来てしまったから遠まわりになったし、誰にも会わなかったんだわ」
人目を避けて古く細い街道を選んだのだが、思っていた以上にこの街道は今では使われていなかったのだろう。ラウラが指で差しながら言えば、岩から飛び下りて地図を覗き込んだゲオルクも頷いた。
「ふーん、確かにそうだな。まあこのペースなら明日には着くだろうから、今日はここで野宿するか」
「それがよさそうね」
見上げれば、すでに日は沈みかけている。
ラウラが頷くなりゲオルクは街道の脇に今日も手際よく火をおこして、周囲から食べられそうな野草や木の実を採ってきた。
それらを小さな鍋に放り入れ、今朝池で汲んだ水と、街で買い出しした非常食用の干し肉と調味料も一緒にまとめて煮たら、あっという間にスープが出来上がる。
「適当にぶち込んだだけだけど、それなりに食べられるぞ」
そう言って器を差し出してくるゲオルクの一連の動きを、ラウラは半ば呆然と眺めていた。
「ありがとう。……なんというか、ゲオルクは強いわよね。生命力が」
「よくわからんが、まあ死ぬ気はしないな」
「ええ。死なないと思うわ。しぶとそうだもの」
踏んでも蹴っても刺しても、ましてや潰しても死ぬ姿が思い浮かばない。
この人が死ぬことはあるのかな? とさえ思えてしまう。それほど逞しさが段違いの生き物だ。
こうして、この日は至極平和に一日を終えようとしていた。
なんの危機もなかったことに、逆に不安を抱いてしまいそうになるほどに。
しかし、夜中になってラウラはふと目を覚ます。
なんだか苦しそうな呻き声が聞こえた気がして耳を澄ませば……それは、たき火の向こうで横になるゲオルクからであった。
「……ゲオルク?」
呼びかけても返事がない。
こちらに向いている背中が、気のせいでなければ苦しそうに上下している。
「ねぇ、どうしたの?」
身体を起こして顔を覗き込んだら、上気したような赤い顔に、明らかな苦悶の表情を浮かべて呻くゲオルクがいた。
「……うっ、ぐあ――」
「大丈夫!? どこか苦しいの?」
「――やめろっ!」
肩に手を乗せたとたん、強く払われる。
「まずい、今はまずいんだ。まずいから身体に触るな……っ!」
「ええ!? まずいってなにが?」
訳がわからずラウラがオロオロしていると、じとりとした目でゲオルクが見上げてくる。気のせいでなければ涙目だ。この生命力の塊のような男が。
「ラウラは、俺を護衛として買ったんだよな? それ以外ないよな?」
「え? そうだけど、どうして? それがなにか関係あるの?」
「だったらこれはなんだ!?」
叫ぶなりゲオルクが飛び起きた。
呆気にとられていると、見ろとばかりに下半身を差し示す。言われるがまま視線を下げて――ラウラは目玉が飛び出さんばかりに瞠目した。
そして一瞬にして顔が真っ赤に染まったのが自分でもわかった。
「えっ!? え、え!? ええ!?」
示された下半身とゲオルクの顔を何度も往復したら、肯定するように深く頷かれる。
「頼むから、一度隷属契約の内容を確認してくれ。今すぐに」
切羽詰まった様子で首を反らせて首輪に埋め込まれた魔石を見せてくる。
「待って、わかったからちょっと待って」
ラウラも焦りながら隷属の魔道具に付いている魔石に触れて魔力を流し込んだ。
魔道具に施された魔術は、魔力を流し込むだけで発動する。
流した魔力を通して、ゲオルクとの間に交わされた隷属契約の内容が伝わってきたのだが――その内容にラウラの顔は真っ青になった。
「ど、どういうこと……?」
ラウラがゲオルクと結んだのは、護衛の役割も担う戦闘奴隷の契約だけではなかったのだ。
「戦闘奴隷のほかに労働奴隷と……せ、せせせ性奴隷ぃ!?」
悲痛を滲ませるほど裏返った声が、煌めく星空の下響き渡った。
そしてその言葉通り――ゲオルクの局部は疑いようがないほど、天を衝くかのごとく猛々しく盛り上がっていたのだ。
緑に囲まれた清々しい朝の空気をめいっぱい吸い込んだら、なんだか生臭い気がしたがきっと気のせいだと起き上がる。
すると――日に照らされ、まざまざと浮かび上がった昨夜の戦闘と殺戮で血みどろとなった周辺一帯が視界に飛び込み、ラウラは悲鳴をあげた。
「どうした!?」
驚いたようなゲオルクの声にそちらを向けば、森の片隅に魔獣の死骸を積み上げてそれらを解体している血まみれ姿が目に入る。
残念ながら気のせいではなかったようだ。
「ぎゃああああああっ!」
朝からラウラの悲鳴が二度も森に木霊した。
すっかり食欲など失せたが、軽く朝食を終えてから森を発つことにする。
血痕に囲まれた中での食事は再びの吐き気を催したが、ここでまた嘔吐しようものなら再び池に放り投げられること間違いなしなので、口を押えて我慢した。
対して、平然と肉の残りを食べ尽くしたゲオルクの精神力にも再び戦慄した。
どうやら先ほどのゲオルクは魔獣の素材を取り出していたらしい。
魔獣は魔石以外にも骨や皮、角や爪など売れるところが多々あるし、種によっては驚くほど高値がつくものもある。
昨夜襲ってきたサーペントは牙と皮がいい金になると、ゲオルクは満足そうだった。確かにそれは助かる。
そして二人は、ようやく港町ウルベスクに向けて出発した。
魔獣が出没するようなうっそうとした森に人通りがあるはずもなく、ひとまず徒歩で近くの村を目指すことにする。
そう思って一日中ひたすら歩いたのだが、一向に人どころか建物の影も形も見えなかった。
「道はこちらで合っているのか?」
「たぶん」
休憩していると、近場の岩の上に立ったゲオルクが遠くを見渡しながら訊ねる。
昨日彼がラウラを担いで手当たり次第に暴走したため、方向感覚が若干怪しいが、こちらで正しいはずだ。荷物から地図を取り出して広げてみると、やはりこのまま進んだ先に小さいが村がある。
「ほら、ここに村があるはずよ。こちらの細い街道を来てしまったから遠まわりになったし、誰にも会わなかったんだわ」
人目を避けて古く細い街道を選んだのだが、思っていた以上にこの街道は今では使われていなかったのだろう。ラウラが指で差しながら言えば、岩から飛び下りて地図を覗き込んだゲオルクも頷いた。
「ふーん、確かにそうだな。まあこのペースなら明日には着くだろうから、今日はここで野宿するか」
「それがよさそうね」
見上げれば、すでに日は沈みかけている。
ラウラが頷くなりゲオルクは街道の脇に今日も手際よく火をおこして、周囲から食べられそうな野草や木の実を採ってきた。
それらを小さな鍋に放り入れ、今朝池で汲んだ水と、街で買い出しした非常食用の干し肉と調味料も一緒にまとめて煮たら、あっという間にスープが出来上がる。
「適当にぶち込んだだけだけど、それなりに食べられるぞ」
そう言って器を差し出してくるゲオルクの一連の動きを、ラウラは半ば呆然と眺めていた。
「ありがとう。……なんというか、ゲオルクは強いわよね。生命力が」
「よくわからんが、まあ死ぬ気はしないな」
「ええ。死なないと思うわ。しぶとそうだもの」
踏んでも蹴っても刺しても、ましてや潰しても死ぬ姿が思い浮かばない。
この人が死ぬことはあるのかな? とさえ思えてしまう。それほど逞しさが段違いの生き物だ。
こうして、この日は至極平和に一日を終えようとしていた。
なんの危機もなかったことに、逆に不安を抱いてしまいそうになるほどに。
しかし、夜中になってラウラはふと目を覚ます。
なんだか苦しそうな呻き声が聞こえた気がして耳を澄ませば……それは、たき火の向こうで横になるゲオルクからであった。
「……ゲオルク?」
呼びかけても返事がない。
こちらに向いている背中が、気のせいでなければ苦しそうに上下している。
「ねぇ、どうしたの?」
身体を起こして顔を覗き込んだら、上気したような赤い顔に、明らかな苦悶の表情を浮かべて呻くゲオルクがいた。
「……うっ、ぐあ――」
「大丈夫!? どこか苦しいの?」
「――やめろっ!」
肩に手を乗せたとたん、強く払われる。
「まずい、今はまずいんだ。まずいから身体に触るな……っ!」
「ええ!? まずいってなにが?」
訳がわからずラウラがオロオロしていると、じとりとした目でゲオルクが見上げてくる。気のせいでなければ涙目だ。この生命力の塊のような男が。
「ラウラは、俺を護衛として買ったんだよな? それ以外ないよな?」
「え? そうだけど、どうして? それがなにか関係あるの?」
「だったらこれはなんだ!?」
叫ぶなりゲオルクが飛び起きた。
呆気にとられていると、見ろとばかりに下半身を差し示す。言われるがまま視線を下げて――ラウラは目玉が飛び出さんばかりに瞠目した。
そして一瞬にして顔が真っ赤に染まったのが自分でもわかった。
「えっ!? え、え!? ええ!?」
示された下半身とゲオルクの顔を何度も往復したら、肯定するように深く頷かれる。
「頼むから、一度隷属契約の内容を確認してくれ。今すぐに」
切羽詰まった様子で首を反らせて首輪に埋め込まれた魔石を見せてくる。
「待って、わかったからちょっと待って」
ラウラも焦りながら隷属の魔道具に付いている魔石に触れて魔力を流し込んだ。
魔道具に施された魔術は、魔力を流し込むだけで発動する。
流した魔力を通して、ゲオルクとの間に交わされた隷属契約の内容が伝わってきたのだが――その内容にラウラの顔は真っ青になった。
「ど、どういうこと……?」
ラウラがゲオルクと結んだのは、護衛の役割も担う戦闘奴隷の契約だけではなかったのだ。
「戦闘奴隷のほかに労働奴隷と……せ、せせせ性奴隷ぃ!?」
悲痛を滲ませるほど裏返った声が、煌めく星空の下響き渡った。
そしてその言葉通り――ゲオルクの局部は疑いようがないほど、天を衝くかのごとく猛々しく盛り上がっていたのだ。
59
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
男として王宮に仕えていた私、正体がバレた瞬間、冷酷宰相が豹変して溺愛してきました
春夜夢
恋愛
貧乏伯爵家の令嬢である私は、家を救うために男装して王宮に潜り込んだ。
名を「レオン」と偽り、文官見習いとして働く毎日。
誰よりも厳しく私を鍛えたのは、氷の宰相と呼ばれる男――ジークフリード。
ある日、ひょんなことから女であることがバレてしまった瞬間、
あの冷酷な宰相が……私を押し倒して言った。
「ずっと我慢していた。君が女じゃないと、自分に言い聞かせてきた」
「……もう限界だ」
私は知らなかった。
宰相は、私の正体を“最初から”見抜いていて――
ずっと、ずっと、私を手に入れる機会を待っていたことを。
いなくなった伯爵令嬢の代わりとして育てられました。本物が見つかって今度は彼女の婚約者だった辺境伯様に嫁ぎます。
りつ
恋愛
~身代わり令嬢は強面辺境伯に溺愛される~
行方不明になった伯爵家の娘によく似ていると孤児院から引き取られたマリア。孤独を抱えながら必死に伯爵夫妻の望む子どもを演じる。数年後、ようやく伯爵家での暮らしにも慣れてきた矢先、夫妻の本当の娘であるヒルデが見つかる。自分とは違う天真爛漫な性格をしたヒルデはあっという間に伯爵家に馴染み、マリアの婚約者もヒルデに惹かれてしまう……。
義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。
巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
わたしのヤンデレ吸引力が強すぎる件
こいなだ陽日
恋愛
病んだ男を引き寄せる凶相を持って生まれてしまったメーシャ。ある日、暴漢に襲われた彼女はアルと名乗る祭司の青年に助けられる。この事件と彼の言葉をきっかけにメーシャは祭司を目指した。そうして二年後、試験に合格した彼女は実家を離れ研修生活をはじめる。しかし、そこでも彼女はやはり病んだ麗しい青年たちに淫らに愛され、二人の恋人を持つことに……。しかも、そんな中でかつての恩人アルとも予想だにせぬ再会を果たして――!?
婚約者の本性を暴こうとメイドになったら溺愛されました!
柿崎まつる
恋愛
世継ぎの王女アリスには完璧な婚約者がいる。侯爵家次男のグラシアンだ。容姿端麗・文武両道。名声を求めず、穏やかで他人に優しい。アリスにも紳士的に対応する。だが、完璧すぎる婚約者にかえって不信を覚えたアリスは、彼の本性を探るため侯爵家にメイドとして潜入する。2022eロマンスロイヤル大賞、コミック原作賞を受賞しました。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる