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第一印象はこいつ嫌い

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 ──あ、こいつ嫌いだ。
 それが第一印象だった。

 この日、継母と異母妹のミシェリアが揃って出かけたため、ルイゼリナは間違いなく浮かれていた。
 でなければ、来客に気付かず玄関ホールに飛び出してしまうだなんて、そんな間抜けな失態を犯すわけがない。浮かれていたとしか言いようがない。

 そうして浮かれた結果。
 鉢合わせてしまった男を見上げた瞬間に、ルイゼリナの背筋にゾワゾワと得体の知れない悪寒が走る。口元が引きつるのを抑えられない。

 これら全ては、ルイゼリナの身体が目の前に立つ男を全身全霊をもって拒否する嫌悪感のせいだ。
 身体中から近づくな、関わるなとけたたましい警報が鳴り響いている。

 はしたなくも、わずかに歪んだ顔に男も気付いたはず。
 だというのに、

「はじめまして御令嬢。アランデリン・ナイトレイと申します」 

 ルイゼリナの態度など歯牙にもかけぬような丁寧な口調で、男は穏やかに挨拶を述べた。サラリとホワイトブロンドの髪が流れる。造作の良い顔に、良く通る低い声。美丈夫と言って間違いない美形であった。
 だがしかし──涼やかな紫色の瞳の奥が、目が合ったとたん獲物を狙うかのように獰猛な色を灯したことも、穏やかな声とは対照的に口元がニヤリと牙を剥くように笑んだことも、ルイゼリナは気付いていた。

 全身に鳥肌を立てながら、軽蔑にも似た感情を浮かべるルイゼリナの瞳に反して、男の笑みは愉快そうにより一層深まった。


 ルイゼリナ・ラードは伯爵家の長女として生まれた。

 だが、完全なる政略結婚でしかなかった父親に妻子への愛などは欠片もなかったらしい。
 十歳でルイゼリナの母が亡くなって早々、愛人だった平民出身の女を後妻に迎え入れた。それが継母。
 そしてその後妻には、ルイゼリナと一歳しか違わない娘がいた。父親はもちろんルイゼリナと同じ、つまり異母妹。ここまで面の皮が厚いといっそ感心してしまう。

 後釜におさまった継母は先妻の遺品をすべて金に換えて、当然のように家の金も使い放題だった。
 父親も金にがめつく強欲であるくせに、後妻とその娘にはいい顔をしたいという馬鹿らしいプライドから、二人がいくら浪費しようと咎めることはない。

 そしてそんな男と女の愛の結晶が、異母妹ミシェリアである。
 先妻に似て黒髪に瑠璃色の瞳をした一見冷淡に見えるルイゼリナに対し、ミシェリアは継母と同じく日に当たるとキラキラと輝くローズゴールドの髪に新緑のような色の瞳を持つ愛らしい外見の少女だ。

 政略結婚でしかない前妻によく似た姉と、愛する後妻によく似た妹。
 父親がどちらに愛情を注ぐのかなんて考えるまでもなし。
 この両親に溺愛されて育てば妹の性格がどうなるかなど、これまた考えるまでもなく想像通りの仕上がりとなっている。

 つくづく、これはある意味ありきたりともいえる、最低な家庭環境ではないだろうか。
 揃いも揃ってろくでなしが揃い踏み。
 そのろくでなし全員がルイゼリナを厄介者とばかりに見下してくるが、そんなのお互い様である。

 おかげで家族と顔を合わせたくないルイゼリナは、すっかり引きこもり令嬢となってしまった。

 それでも、母が存命のときから良くしてくれる家令やメイドがなにかと気にかけてくれるので、屋敷の使用人たちにまでぞんざいに扱われている、なんてことはない。悲観するほどひどい扱いではないと自身では思っている。
 これは思慮深く、周囲から慕われていた母のおかげだ。まあ、良くしてくれるのはごく一部の者たちだけではあるが。とはいえ、生活にはそれほど支障がないのでルイゼリナは気にしていない。

 子爵家出身だった母はあまりの優秀さから目を付けられ、ラード伯爵家の強い要望で嫁いできたらしい。
 裏を返せば、それほど父親だけに伯爵家を任すのは不安があったということだ。引き換えに、強引な婚姻のおかげで夫婦仲は冷えに冷え切ったものになったが。

 そんなこんなで、一日の大半を引きこもって過ごしているルイゼリナだが、ときたま継母とミシェリアが揃って王都まで豪遊しに出かけたときは別だ。
 ──別邸で数日過ごして帰ってきたかと思えば、パーティー三昧して毎回大量にドレスや装飾品を買い込んでくるのだから、これを豪遊と呼ばずになんという。

 二人は最新のファッションとやらをこれ見よがしに自慢してくるが、そんなものよりも継母と異母妹不在の自由と解放感の方が圧倒的に勝る。
 ルイゼリナにとってはドレスも宝石もどうでもいい。
 悔しがって過ごしているとでも思われているのだろうが──実際は踊りだしそうな軽やかな足取りで、鼻歌交じりに廊下をスキップして悠々と歩き回っている。むしろ天国だ。


 とまあ、そうやって、いつものようにスキップでタランラと飛び出した玄関ホールが、人生の分かれ目になるとは誰が予想できただろうか。

 まさかそこに父親と客人がいるとは思わず、ルイゼリナは硬直する。
 焦る心を悟らせず気丈にも持ち直して、何事もなかったかのように母仕込みのカーテシーで客人に歓迎の意を示した。
 
 伏せた目を上げて見れば、客人が紫色の瞳をわずかに見開く。だが、それは一瞬。整った顔はすぐさま笑顔を形作る。
 しかし反対に、ルイゼリナの顔はわずかに歪んだ。

(──あ、こいつ嫌いだ)

 どこが、とは明確には言い表せない。ただ、嫌いな人種であることは早々にわかった。

 ぐぐっと寄りそうになる眉根を必死で抑える。
 こんな生い立ちで、こんな家に長く住んでいれば、危険察知能力は嫌でも上がる。迫る危険には、過剰ともいえるほど身体が反応するようになっている。
 その身体が一瞬にして警戒を最大値まで強めたのだ。同時にとどまるところを知らず上昇する嫌悪感。

 男のにこやかな笑みと、その瞳の奥でギラつく感情が全く伴っていない。
 口元は引きつくし冷や汗が延々と止まらない。

 ろくでなし人間は日々家族で見慣れている。
 だが、目の前の男はそんなちゃちな小物とは思えなかった。それが冷や汗となってルイゼリナの全身を伝い落ちている。

「はじめまして御令嬢。アランデリン・ナイトレイと申します」 

 ──こいつ、絶対にやばい人間だ。
 ルイゼリナの直感が告げた。

 数日後、挨拶しかしていないこの男から縁談の申し込みが届いたと知り、再び震えあがる。

 ──やっぱり、あいつ、絶対にやばい人間だった……!
 予感が揺るがぬ確信となった瞬間だった。
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