【R18】なんと夫には妻の心の声が筒抜けだったらしい

天野 チサ

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03 というわけで意識が飛ぶ

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 ――ルイーザは、自分の恋を自覚したと同時に失恋をした。

 子供時代はいくら仲が良かろうとも、成長するにつれてフレデリクとの距離は広がっていった。
 彼が野山を駆け回ることはなくなったし、木登りや魚釣りの誘いにものらなくなった。
 少しずつ態度がよそよそしくなっていったのだ。

 他人にも自分にも厳しい勤勉さが際立つようになり、イクソン伯爵家の後継ぎとしての振る舞いが増えていく。

 ついでに、あれだけルイーザと野生児のように野山に分け入っていたハンスまでもが、紳士としての振る舞いを身に付けていった。
 彼は甘い顔立ちも相まって、いつの間にか令嬢たちから注目を集めるようになっていた。

 一向に淑女教育が進まないルイーザとは反対に、彼らは立派な貴族令息へと成長していったのだ。

 そして決定的だったのは十二歳の休暇。
 別荘での久々の再会にルイーザは喜び、フレデリクに駆け寄ろうとした。
 だが彼はルイーザの姿を見るなり、近寄るどころか一歩足を引いたのだ。

 その一歩が、ルイーザにとっては明確な線引きだった。

 これまでのように遊ぶことは叶わないのだと嫌でも悟らされた。
 そして、それは当たっていた。まともに顔を合わせるのはこれが最後となったから。
 フレデリクにとって、野山を駆け回るような令嬢などもはや必要なくなったのだ。

 強張った顔でルイーザを見るフレデリクの中に、恥ずかしそうにはにかむ笑みを浮かべた少年はもういない。

 その事実をなによりも悲しいと思い至ったとき、ルイーザは彼のあの微笑みに恋をしていたことを知った。
 同時にもう二度と見ることは叶わないのだろうと理解した。

 想いを自覚したその瞬間に、想いが届かないことを思い知らされたわけだ。
 あいさつしに来ただけだからと、それだけを告げて踵を返した背中は今でも瞼の裏に焼き付いている。

 だがしかし。
 失恋から早六年。幸運にも舞い込んできたのがこの結婚である。
 とくれば、ルイーザはそれはもう……燃えた。

 ――せっかくの妻の座、逃してなるものか!

 そう。ルイーザは失恋こそすれ、けっして気持ちを諦めたわけではない。
 避けられようとも、想うくらいいいではないか。好きなのだから。一方通行上等。その精神で今日このときまで生きてきた。
 
 そんな怨念にも近い願いが届いたのだろうか。

 誓いのキス直前、少しだけ手を浮かせたまま固まっていたフレデリクは、なにやら意を決したような目で再度強くルイーザの肩を掴んだ。
 それどころか、急にズイッと顔まで寄せてくる。

(ふおおぉっ!)

 ‪とはいえ、この不意打ちは心臓に悪い。
 まともに会うことすら久しぶりなのだから、少しくらいリハビリをさせてほしい。

(ええっ! いきなり!? そして顔が近いわああぁぁっ!)

 突然の至近距離に思わず顔がのけ反りそうになる。

(無理無理無理! やっぱり無理よぉっ! ぎゃあーっ、ハンス助けてええぇっ!)

 好いた相手の顔面が視界を埋め尽くす光景は、さすがのルイーザにも刺激が強すぎた。

 縋る思いで参列席のハンスへ視線を向ければ、ギョッとしたような顔をされる。
 なんでここで僕を見るんだと言わんばかりに、こちらへ向かって馬をなだめるように手を動かしていた。動物扱いとは失礼ではないかとこめかみがひくつくが、かく言うルイーザもそれどころではない。

 ハンスはルイーザの片思いを知っている。

 それどころか例の十二歳の休暇の際、失恋に落ち込んでいたルイーザへ「どうしたんだい? ついにフレデリクに振られたのか?」などと無神経極まりない冗談という言葉の暴力でぶん殴ってくれた。

 おかげで幼少期以来の取っ組み合いに発展しかけたが、ともかくルイーザの気持ちなどお見通しであったらしい。
 さすが、その頃からすでに令嬢たちの注目の的。モテる男は違うではないか。
 それ以降ハンスは唯一の理解者だとルイーザは思っている。

 だからこそ、この状況に助けを求めたというのに、その結果がただの動物扱いとはいかに。
 こちとらこれから長年の想いを募らせた相手と、夢にまで見た誓いの口づけを交わすというのに。

 ハンスを諦め、全身に響くほどの激しい心音にクラクラしながらフレデリクを見上げれば、彼は引き攣ったように顔をこわばらせていた。
 引くほど嫌なのか。
 だがどれほど拒絶されても、そんな姿ですら輝いて見えるのだから重症だ。
 教会に立つフレデリク、その姿だけで周囲がキラキラと光に満ちている。恋とはなんて盲目なのだろう。

 彼にとっては間違いなく意にそぐわない結婚。
 それでも、ずっと焦がれてきた瞳が花嫁姿のルイーザを映している。
 わずかに視線を落とせば、形のいい薄い唇。ルイーザの目はその一点に釘付けとなった。

 ゴクリ、と喉が鳴る。

(今からこの人と……ああ、だめ、やっぱり無理……意識飛びそう……)

 人生の絶頂を迎えすっかり思考が昇天したルイーザは、あろうことかこの先をまったく覚えていない。
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