3 / 22
03 というわけで意識が飛ぶ
しおりを挟む
――ルイーザは、自分の恋を自覚したと同時に失恋をした。
子供時代はいくら仲が良かろうとも、成長するにつれてフレデリクとの距離は広がっていった。
彼が野山を駆け回ることはなくなったし、木登りや魚釣りの誘いにものらなくなった。
少しずつ態度がよそよそしくなっていったのだ。
他人にも自分にも厳しい勤勉さが際立つようになり、イクソン伯爵家の後継ぎとしての振る舞いが増えていく。
ついでに、あれだけルイーザと野生児のように野山に分け入っていたハンスまでもが、紳士としての振る舞いを身に付けていった。
彼は甘い顔立ちも相まって、いつの間にか令嬢たちから注目を集めるようになっていた。
一向に淑女教育が進まないルイーザとは反対に、彼らは立派な貴族令息へと成長していったのだ。
そして決定的だったのは十二歳の休暇。
別荘での久々の再会にルイーザは喜び、フレデリクに駆け寄ろうとした。
だが彼はルイーザの姿を見るなり、近寄るどころか一歩足を引いたのだ。
その一歩が、ルイーザにとっては明確な線引きだった。
これまでのように遊ぶことは叶わないのだと嫌でも悟らされた。
そして、それは当たっていた。まともに顔を合わせるのはこれが最後となったから。
フレデリクにとって、野山を駆け回るような令嬢などもはや必要なくなったのだ。
強張った顔でルイーザを見るフレデリクの中に、恥ずかしそうにはにかむ笑みを浮かべた少年はもういない。
その事実をなによりも悲しいと思い至ったとき、ルイーザは彼のあの微笑みに恋をしていたことを知った。
同時にもう二度と見ることは叶わないのだろうと理解した。
想いを自覚したその瞬間に、想いが届かないことを思い知らされたわけだ。
あいさつしに来ただけだからと、それだけを告げて踵を返した背中は今でも瞼の裏に焼き付いている。
だがしかし。
失恋から早六年。幸運にも舞い込んできたのがこの結婚である。
とくれば、ルイーザはそれはもう……燃えた。
――せっかくの妻の座、逃してなるものか!
そう。ルイーザは失恋こそすれ、けっして気持ちを諦めたわけではない。
避けられようとも、想うくらいいいではないか。好きなのだから。一方通行上等。その精神で今日このときまで生きてきた。
そんな怨念にも近い願いが届いたのだろうか。
誓いのキス直前、少しだけ手を浮かせたまま固まっていたフレデリクは、なにやら意を決したような目で再度強くルイーザの肩を掴んだ。
それどころか、急にズイッと顔まで寄せてくる。
(ふおおぉっ!)
とはいえ、この不意打ちは心臓に悪い。
まともに会うことすら久しぶりなのだから、少しくらいリハビリをさせてほしい。
(ええっ! いきなり!? そして顔が近いわああぁぁっ!)
突然の至近距離に思わず顔がのけ反りそうになる。
(無理無理無理! やっぱり無理よぉっ! ぎゃあーっ、ハンス助けてええぇっ!)
好いた相手の顔面が視界を埋め尽くす光景は、さすがのルイーザにも刺激が強すぎた。
縋る思いで参列席のハンスへ視線を向ければ、ギョッとしたような顔をされる。
なんでここで僕を見るんだと言わんばかりに、こちらへ向かって馬をなだめるように手を動かしていた。動物扱いとは失礼ではないかとこめかみがひくつくが、かく言うルイーザもそれどころではない。
ハンスはルイーザの片思いを知っている。
それどころか例の十二歳の休暇の際、失恋に落ち込んでいたルイーザへ「どうしたんだい? ついにフレデリクに振られたのか?」などと無神経極まりない冗談という言葉の暴力でぶん殴ってくれた。
おかげで幼少期以来の取っ組み合いに発展しかけたが、ともかくルイーザの気持ちなどお見通しであったらしい。
さすが、その頃からすでに令嬢たちの注目の的。モテる男は違うではないか。
それ以降ハンスは唯一の理解者だとルイーザは思っている。
だからこそ、この状況に助けを求めたというのに、その結果がただの動物扱いとはいかに。
こちとらこれから長年の想いを募らせた相手と、夢にまで見た誓いの口づけを交わすというのに。
ハンスを諦め、全身に響くほどの激しい心音にクラクラしながらフレデリクを見上げれば、彼は引き攣ったように顔をこわばらせていた。
引くほど嫌なのか。
だがどれほど拒絶されても、そんな姿ですら輝いて見えるのだから重症だ。
教会に立つフレデリク、その姿だけで周囲がキラキラと光に満ちている。恋とはなんて盲目なのだろう。
彼にとっては間違いなく意にそぐわない結婚。
それでも、ずっと焦がれてきた瞳が花嫁姿のルイーザを映している。
わずかに視線を落とせば、形のいい薄い唇。ルイーザの目はその一点に釘付けとなった。
ゴクリ、と喉が鳴る。
(今からこの人と……ああ、だめ、やっぱり無理……意識飛びそう……)
人生の絶頂を迎えすっかり思考が昇天したルイーザは、あろうことかこの先をまったく覚えていない。
子供時代はいくら仲が良かろうとも、成長するにつれてフレデリクとの距離は広がっていった。
彼が野山を駆け回ることはなくなったし、木登りや魚釣りの誘いにものらなくなった。
少しずつ態度がよそよそしくなっていったのだ。
他人にも自分にも厳しい勤勉さが際立つようになり、イクソン伯爵家の後継ぎとしての振る舞いが増えていく。
ついでに、あれだけルイーザと野生児のように野山に分け入っていたハンスまでもが、紳士としての振る舞いを身に付けていった。
彼は甘い顔立ちも相まって、いつの間にか令嬢たちから注目を集めるようになっていた。
一向に淑女教育が進まないルイーザとは反対に、彼らは立派な貴族令息へと成長していったのだ。
そして決定的だったのは十二歳の休暇。
別荘での久々の再会にルイーザは喜び、フレデリクに駆け寄ろうとした。
だが彼はルイーザの姿を見るなり、近寄るどころか一歩足を引いたのだ。
その一歩が、ルイーザにとっては明確な線引きだった。
これまでのように遊ぶことは叶わないのだと嫌でも悟らされた。
そして、それは当たっていた。まともに顔を合わせるのはこれが最後となったから。
フレデリクにとって、野山を駆け回るような令嬢などもはや必要なくなったのだ。
強張った顔でルイーザを見るフレデリクの中に、恥ずかしそうにはにかむ笑みを浮かべた少年はもういない。
その事実をなによりも悲しいと思い至ったとき、ルイーザは彼のあの微笑みに恋をしていたことを知った。
同時にもう二度と見ることは叶わないのだろうと理解した。
想いを自覚したその瞬間に、想いが届かないことを思い知らされたわけだ。
あいさつしに来ただけだからと、それだけを告げて踵を返した背中は今でも瞼の裏に焼き付いている。
だがしかし。
失恋から早六年。幸運にも舞い込んできたのがこの結婚である。
とくれば、ルイーザはそれはもう……燃えた。
――せっかくの妻の座、逃してなるものか!
そう。ルイーザは失恋こそすれ、けっして気持ちを諦めたわけではない。
避けられようとも、想うくらいいいではないか。好きなのだから。一方通行上等。その精神で今日このときまで生きてきた。
そんな怨念にも近い願いが届いたのだろうか。
誓いのキス直前、少しだけ手を浮かせたまま固まっていたフレデリクは、なにやら意を決したような目で再度強くルイーザの肩を掴んだ。
それどころか、急にズイッと顔まで寄せてくる。
(ふおおぉっ!)
とはいえ、この不意打ちは心臓に悪い。
まともに会うことすら久しぶりなのだから、少しくらいリハビリをさせてほしい。
(ええっ! いきなり!? そして顔が近いわああぁぁっ!)
突然の至近距離に思わず顔がのけ反りそうになる。
(無理無理無理! やっぱり無理よぉっ! ぎゃあーっ、ハンス助けてええぇっ!)
好いた相手の顔面が視界を埋め尽くす光景は、さすがのルイーザにも刺激が強すぎた。
縋る思いで参列席のハンスへ視線を向ければ、ギョッとしたような顔をされる。
なんでここで僕を見るんだと言わんばかりに、こちらへ向かって馬をなだめるように手を動かしていた。動物扱いとは失礼ではないかとこめかみがひくつくが、かく言うルイーザもそれどころではない。
ハンスはルイーザの片思いを知っている。
それどころか例の十二歳の休暇の際、失恋に落ち込んでいたルイーザへ「どうしたんだい? ついにフレデリクに振られたのか?」などと無神経極まりない冗談という言葉の暴力でぶん殴ってくれた。
おかげで幼少期以来の取っ組み合いに発展しかけたが、ともかくルイーザの気持ちなどお見通しであったらしい。
さすが、その頃からすでに令嬢たちの注目の的。モテる男は違うではないか。
それ以降ハンスは唯一の理解者だとルイーザは思っている。
だからこそ、この状況に助けを求めたというのに、その結果がただの動物扱いとはいかに。
こちとらこれから長年の想いを募らせた相手と、夢にまで見た誓いの口づけを交わすというのに。
ハンスを諦め、全身に響くほどの激しい心音にクラクラしながらフレデリクを見上げれば、彼は引き攣ったように顔をこわばらせていた。
引くほど嫌なのか。
だがどれほど拒絶されても、そんな姿ですら輝いて見えるのだから重症だ。
教会に立つフレデリク、その姿だけで周囲がキラキラと光に満ちている。恋とはなんて盲目なのだろう。
彼にとっては間違いなく意にそぐわない結婚。
それでも、ずっと焦がれてきた瞳が花嫁姿のルイーザを映している。
わずかに視線を落とせば、形のいい薄い唇。ルイーザの目はその一点に釘付けとなった。
ゴクリ、と喉が鳴る。
(今からこの人と……ああ、だめ、やっぱり無理……意識飛びそう……)
人生の絶頂を迎えすっかり思考が昇天したルイーザは、あろうことかこの先をまったく覚えていない。
84
あなたにおすすめの小説
【完結】少年の懺悔、少女の願い
干野ワニ
恋愛
伯爵家の嫡男に生まれたフェルナンには、ロズリーヌという幼い頃からの『親友』がいた。「気取ったご令嬢なんかと結婚するくらいならロズがいい」というフェルナンの希望で、二人は一年後に婚約することになったのだが……伯爵夫人となるべく王都での行儀見習いを終えた『親友』は、すっかり別人の『ご令嬢』となっていた。
そんな彼女に置いて行かれたと感じたフェルナンは、思わず「奔放な義妹の方が良い」などと言ってしまい――
なぜあの時、本当の気持ちを伝えておかなかったのか。
後悔しても、もう遅いのだ。
※本編が全7話で悲恋、後日談が全2話でハッピーエンド予定です。
※長編のスピンオフですが、単体で読めます。
この恋に終止符(ピリオド)を
キムラましゅろう
恋愛
好きだから終わりにする。
好きだからサヨナラだ。
彼の心に彼女がいるのを知っていても、どうしても側にいたくて見て見ぬふりをしてきた。
だけど……そろそろ潮時かな。
彼の大切なあの人がフリーになったのを知り、
わたしはこの恋に終止符(ピリオド)をうつ事を決めた。
重度の誤字脱字病患者の書くお話です。
誤字脱字にぶつかる度にご自身で「こうかな?」と脳内変換して頂く恐れがあります。予めご了承くださいませ。
完全ご都合主義、ノーリアリティノークオリティのお話です。
菩薩の如く広いお心でお読みくださいませ。
そして作者はモトサヤハピエン主義です。
そこのところもご理解頂き、合わないなと思われましたら回れ右をお勧めいたします。
小説家になろうさんでも投稿します。
恋人でいる意味が分からないので幼馴染に戻ろうとしたら‥‥
矢野りと
恋愛
婚約者も恋人もいない私を憐れんで、なぜか幼馴染の騎士が恋人のふりをしてくれることになった。
でも恋人のふりをして貰ってから、私を取り巻く状況は悪くなった気がする…。
周りからは『釣り合っていない』と言われるし、彼は私を庇うこともしてくれない。
――あれっ?
私って恋人でいる意味あるかしら…。
*設定はゆるいです。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
フッてくれてありがとう
nanahi
恋愛
「子どもができたんだ」
ある冬の25日、突然、彼が私に告げた。
「誰の」
私の短い問いにあなたは、しばらく無言だった。
でも私は知っている。
大学生時代の元カノだ。
「じゃあ。元気で」
彼からは謝罪の一言さえなかった。
下を向き、私はひたすら涙を流した。
それから二年後、私は偶然、元彼と再会する。
過去とは全く変わった私と出会って、元彼はふたたび──
幼馴染の許嫁
山見月 あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。
彼は、私の許嫁だ。
___あの日までは
その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった
連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった
連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった
女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース
誰が見ても、愛らしいと思う子だった。
それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡
どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服
どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう
「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」
可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる
「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」
例のってことは、前から私のことを話していたのか。
それだけでも、ショックだった。
その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした
「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」
頭を殴られた感覚だった。
いや、それ以上だったかもしれない。
「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」
受け入れたくない。
けど、これが連の本心なんだ。
受け入れるしかない
一つだけ、わかったことがある
私は、連に
「許嫁、やめますっ」
選ばれなかったんだ…
八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる