【R18】なんと夫には妻の心の声が筒抜けだったらしい

天野 チサ

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04 気付いたら初夜1

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「――――はっ!」

 ようやく我を取り戻したとき、ルイーザは見知らぬベッドの縁に腰かけていた。

 ゆっくりとおのれの身体を見下ろしてみれば、純白のウェディングドレスを着ていたはずが薄く透けた可愛らしいランジェリーに代わっていて目が点になる。

「……え? あれ!? 式は!?」

 驚きに跳ね起きて、その場でクルリと辺りを見回した。
 腰のあたりで柔らかなレースがふわりと揺れて、ヒラヒラとした布地が素肌にくすぐったい。ここでようやく、衣装の意味にも気が付いた。

「こ、これはまさか……」

 初夜、という文字が頭に浮かんだ。
 窓に目をやれば、締められたカーテンの外は暗い。
 いつのまにか時間が一気に飛んでいる。

 記憶に残る最後の光景は、形のいい薄い唇で、確か自分はその唇と――。

「誓いの口づけはああぁぁっ!?」

 結婚式最大の山場であり、心底待ち望んでいた場面の記憶がない。まったくない。
 そして突然の、どうみても初夜直前な自分の姿。
 一気に押し寄せる事実の数々にルイーザは呆然とし、せっかく艶々に梳かれていた銀髪を掻きむしった。

(うそでしょう!? 誓いの口づけ終わっちゃったの!? なんにも覚えていないけれど!? いえ、それより、もしかしなくても……今からこの部屋に来るのよね!?)

 誰が、とはいうまでもなく。

 ちょうどそのタイミングで、ガチャリと扉の開く音がした。
 ルイーザの騒がしい脳内とは打って変わった静かな室内で、その音はやけに大きく聞こえる。

 ふり返れば、扉の前にフレデリクが立っていた。
 湯浴みをすませてきただろう彼の髪はしっとりと雫を滴らせて、結婚式では撫でつけていた髪を下ろしている。髪型ひとつで堅苦しかった印象はすっかり変わり、ラフなガウンを羽織る姿は言い表せぬほどの色気をまとっていた。

 案の定その色気を真正面から受けてしまった者がここに一人。

(ぁんぎゃあっ!)

 あまりの光景に思考が爆ぜた。ついでに目も潰れてしまいそう。

「……そんなに険しい顔をしなくともいいだろう」

 言葉を失い、顔を俯けたルイーザをどう思ったのか不機嫌そうな声が落とされる。
 だが誤解である。
 目の毒過ぎて顔を上げることすらままならないだけなのだ。目頭を押さえて、眼球の衝撃を和らげようと揉みしだく。

「はぁ……」

 うんざりしたような大きなため息が聞こえた。かと思えば次の瞬間ベッドは大きく沈み、フレデリクが腰かけたのだとわかる。
 とりあえずルイーザも恐る恐る横に並んだ。

「疲れていないか? 式の途中からやけに静かだっただろう」
「あー……大丈夫よ。気にしないで」

 疲れたどころかなにも覚えていないなど、言えるはずもない。

 それに、こちらを窺うフレデリクの唇にどうしても目がいってしまうし、今夜のことを考えると疲れたかどうかなど、正直どうでもいいことだった。

 高まる緊張で、口から心臓が飛び出しそうなほどに跳ねまわっている。
 平静を装う裏で、少しでも鼓動を鎮めようと胸元をギュッと握りしめた。

 なのに横を見れば湯上りの雫が滴る首元や、ガウンの隙間から覗く胸板が視界に入るものだから到底平常心ではいられない。

 ――この国では、昔はともかく今や結婚に際して処女性は特に重要視されていない。

 当然ながら婚約期間含め不貞は許されるものではないが、縁談の際に処女であるかどうかを問うような風潮はすでに時代遅れとされているし、新婚夫婦が迎える初夜もほぼ形式的なものとなっている。

 だが、ルイーザはまぎれもない処女であった。

 フレデリク以外にそういった思いを寄せる相手などいようはずもないのだから、当然といえば当然である。
 貫いた初恋によって秘めてきたこの身体。
 一生涯秘めたままになるだろうとすら覚悟したこの身体。

 だがついに、今夜こそ解き放たれるときがきたのだ。
 とくれば、緊張も臨む意気込みもひとしおというもの。
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