【R18】天才王子ってそっちか!

天野 チサ

文字の大きさ
2 / 12

02 女子の反応が思ったのと違います

しおりを挟む
「どこかしら、ここ」

 キョロキョロと周囲を見回していると、こちらに向かってくる話し声が聞こえて咄嗟に柱の陰に隠れる。
 隠れてから、道に迷ったと言って戻る道を尋ねればいいだけでは? と思い至ったが、ちょうど通路の角から王宮メイドが現れ出ていくタイミングを逃してしまった。

「ルーファス殿下にお会いしちゃったわ……っ」
「相変わらず素敵よねぇ!」

 声を潜めながらも、興奮を抑えきれないといった様子で二人のメイドがはしゃぎながら歩いていく。

 ルーファス殿下とは、誰もが知るこの国の第一王子である。
 まさに文武両道。大変優秀で、欠点が見当たらないと彼の評判は貴族だけにとどまらず国中に轟いていた。

 マルティナも王宮で催されたパーティーで、一度だけだが挨拶をしたことがあった。確かに見目も良く、物腰も柔らかいうえに品まで備えた完璧な人物だったと記憶している。

 ――おかげで、並ぶ第二王子がすっかり霞んでしまうほど。

 この国には正妃の王子が二人いた。
 第一王子のルーファスと、第二王子のリオネルだ。

 だが、第一王子の名声が高すぎて第二王子の評判は伯爵家であるマルティナの耳にもほとんど聞こえてこなかった。
 ルーファスと違って話すことも苦手なのか、人前に出ることも少ないからなおさら。

 それもあって、平凡だとか印象にも残らないだとか、もっとひどい言い様で陰口を叩く貴族は多い。
 そういった話を聞くたび、いくら頑張ろうとも両親に認められることのないマルティナ自身と畏れ多くも第二王子を重ねてしまって心が痛んだものだ。

 その痛みを思い出して胸元を押さえていると、メイドたちの声色が明らかにワントーン上がった。

「けれど、やっぱりリオネル殿下よ……!」
「ええ、昨日もお相手を瞬殺だったらしいわ……!」

 出てきた名前と彼女たちの声のトーンは、マルティナの予想とは違うものだった。

(あら……?)

 失礼ながら、想定外な第二王子の評判が聞こえて思わず少しだけ身を乗り出した。
 聞いていた心無い噂とは違う温度感の声に、ついつい気になってしまったのだ。彼女たちは明らかに、第一王子と比べて平凡と侮られるリオネルの話題に黄色い声を上げていたのだから。

「手練れと評判の方を呼んでも難しいらしいわ」
「そんなぁ! やだぁ!」

(やだぁ……?)

 第二王子が武芸などに秀でているという話も聞いたことがない。しかも「やだぁ」とはどういう意味だろう。

 とはいえ、マルティナが考えたところで関係のない話でもある。そもそも殿下方に対してどうこう思うなど不敬というものだ。
 彼女たちがこの場を離れていくのを見届けてから、物陰からノロノロと這い出して再び戻る道を探す。だがメイドの会話に気を取られていたマルティナは、曲がり角で思いっきりなにか弾力のあるものにぶつかった。

「きゃっ!」
「ぅわっ!」

 どうやら前から歩いてきただろう人物に正面から突っ込んでしまったらしい。

「も、申し訳ございません……!」
「いや、こちらこそ申し訳……ん?」

 戸惑う男性の声に顔を上げると、ぶつかった相手は慌てふためきながらも、まじまじとマルティナを見つめた。
 その落ち着いた紫紺の髪と自信なさげに揺れる金色の瞳を前にして、背筋にぶわりと冷や汗が噴き出す。
 彼は貴族であれば知らぬはずのない人物で、今しがた名前を聞いたばかりの相手でもあったから。

「リ、リオネ――っ」
「今夜の指南役はあなた……でしょうか?」

 襟元の詰まったいかにも真面目そうなドレスに身を包み、姿勢よく背筋を伸ばして立つマルティナの姿を彼は足元から顔へ失礼にならない程度に視線を走らせた。不安そうに眉尻を下げながらも、半ば確信したように頷く。

「指南……?」
「ちょうど探していたところでした。会えてよかった」
「わ、私に……!?」

 ホッとしたように胸をなで下ろすリオネルにとは反対に、マルティナは慌てて周囲に視線を巡らせる。だが周りには誰もおらず、間違いなく目の前の人物は自分に声をかけているようだ。
 絶対に人違いをされているのだが、こちらが困惑している間にリオネルの中ではマルティナがその謎の『指南役』で納得してしまったらしい。「こちらです」と進んで行ってしまうので、そのまま付いて行くしかなくなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛

三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。 ​「……ここは?」 ​か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。 ​顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。 ​私は一体、誰なのだろう?

下賜されまして ~戦場の餓鬼と呼ばれた軍人との甘い日々~

イシュタル
恋愛
王宮から突然嫁がされた18歳の少女・ソフィアは、冷たい風の吹く屋敷へと降り立つ。迎えたのは、無愛想で人嫌いな騎士爵グラッド・エルグレイム。金貨の袋を渡され「好きにしろ」と言われた彼女は、侍女も使用人もいない屋敷で孤独な生活を始める。 王宮での優雅な日々とは一転、自分の髪を切り、服を整え、料理を学びながら、ソフィアは少しずつ「夫人」としての自立を模索していく。だが、辻馬車での盗難事件や料理の失敗、そして過労による倒れ込みなど、試練は次々と彼女を襲う。 そんな中、無口なグラッドの態度にも少しずつ変化が現れ始める。謝罪とも言えない金貨の袋、静かな気遣い、そして彼女の倒れた姿に見せた焦り。距離のあった二人の間に、わずかな波紋が広がっていく。 これは、王宮の寵姫から孤独な夫人へと変わる少女が、自らの手で居場所を築いていく物語。冷たい屋敷に灯る、静かな希望の光。 ⚠️本作はAIとの共同製作です。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

日常的に罠にかかるうさぎが、とうとう逃げられない罠に絡め取られるお話

下菊みこと
恋愛
ヤンデレっていうほど病んでないけど、機を見て主人公を捕獲する彼。 そんな彼に見事に捕まる主人公。 そんなお話です。 ムーンライトノベルズ様でも投稿しています。

【短編】淫紋を付けられたただのモブです~なぜか魔王に溺愛されて~

双真満月
恋愛
不憫なメイドと、彼女を溺愛する魔王の話(短編)。 なんちゃってファンタジー、タイトルに反してシリアスです。 ※小説家になろうでも掲載中。 ※一万文字ちょっとの短編、メイド視点と魔王視点両方あり。

ちょいぽちゃ令嬢は溺愛王子から逃げたい

なかな悠桃
恋愛
ふくよかな体型を気にするイルナは王子から与えられるスイーツに頭を悩ませていた。彼に黙ってダイエットを開始しようとするも・・・。 ※誤字脱字等ご了承ください

外では氷の騎士なんて呼ばれてる旦那様に今日も溺愛されてます

刻芦葉
恋愛
王国に仕える近衛騎士ユリウスは一切笑顔を見せないことから氷の騎士と呼ばれていた。ただそんな氷の騎士様だけど私の前だけは優しい笑顔を見せてくれる。今日も私は不器用だけど格好いい旦那様に溺愛されています。

処理中です...