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02 女子の反応が思ったのと違います
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「どこかしら、ここ」
キョロキョロと周囲を見回していると、こちらに向かってくる話し声が聞こえて咄嗟に柱の陰に隠れる。
隠れてから、道に迷ったと言って戻る道を尋ねればいいだけでは? と思い至ったが、ちょうど通路の角から王宮メイドが現れ出ていくタイミングを逃してしまった。
「ルーファス殿下にお会いしちゃったわ……っ」
「相変わらず素敵よねぇ!」
声を潜めながらも、興奮を抑えきれないといった様子で二人のメイドがはしゃぎながら歩いていく。
ルーファス殿下とは、誰もが知るこの国の第一王子である。
まさに文武両道。大変優秀で、欠点が見当たらないと彼の評判は貴族だけにとどまらず国中に轟いていた。
マルティナも王宮で催されたパーティーで、一度だけだが挨拶をしたことがあった。確かに見目も良く、物腰も柔らかいうえに品まで備えた完璧な人物だったと記憶している。
――おかげで、並ぶ第二王子がすっかり霞んでしまうほど。
この国には正妃の王子が二人いた。
第一王子のルーファスと、第二王子のリオネルだ。
だが、第一王子の名声が高すぎて第二王子の評判は伯爵家であるマルティナの耳にもほとんど聞こえてこなかった。
ルーファスと違って話すことも苦手なのか、人前に出ることも少ないからなおさら。
それもあって、平凡だとか印象にも残らないだとか、もっとひどい言い様で陰口を叩く貴族は多い。
そういった話を聞くたび、いくら頑張ろうとも両親に認められることのないマルティナ自身と畏れ多くも第二王子を重ねてしまって心が痛んだものだ。
その痛みを思い出して胸元を押さえていると、メイドたちの声色が明らかにワントーン上がった。
「けれど、やっぱりリオネル殿下よ……!」
「ええ、昨日もお相手を瞬殺だったらしいわ……!」
出てきた名前と彼女たちの声のトーンは、マルティナの予想とは違うものだった。
(あら……?)
失礼ながら、想定外な第二王子の評判が聞こえて思わず少しだけ身を乗り出した。
聞いていた心無い噂とは違う温度感の声に、ついつい気になってしまったのだ。彼女たちは明らかに、第一王子と比べて平凡と侮られるリオネルの話題に黄色い声を上げていたのだから。
「手練れと評判の方を呼んでも難しいらしいわ」
「そんなぁ! やだぁ!」
(やだぁ……?)
第二王子が武芸などに秀でているという話も聞いたことがない。しかも「やだぁ」とはどういう意味だろう。
とはいえ、マルティナが考えたところで関係のない話でもある。そもそも殿下方に対してどうこう思うなど不敬というものだ。
彼女たちがこの場を離れていくのを見届けてから、物陰からノロノロと這い出して再び戻る道を探す。だがメイドの会話に気を取られていたマルティナは、曲がり角で思いっきりなにか弾力のあるものにぶつかった。
「きゃっ!」
「ぅわっ!」
どうやら前から歩いてきただろう人物に正面から突っ込んでしまったらしい。
「も、申し訳ございません……!」
「いや、こちらこそ申し訳……ん?」
戸惑う男性の声に顔を上げると、ぶつかった相手は慌てふためきながらも、まじまじとマルティナを見つめた。
その落ち着いた紫紺の髪と自信なさげに揺れる金色の瞳を前にして、背筋にぶわりと冷や汗が噴き出す。
彼は貴族であれば知らぬはずのない人物で、今しがた名前を聞いたばかりの相手でもあったから。
「リ、リオネ――っ」
「今夜の指南役はあなた……でしょうか?」
襟元の詰まったいかにも真面目そうなドレスに身を包み、姿勢よく背筋を伸ばして立つマルティナの姿を彼は足元から顔へ失礼にならない程度に視線を走らせた。不安そうに眉尻を下げながらも、半ば確信したように頷く。
「指南……?」
「ちょうど探していたところでした。会えてよかった」
「わ、私に……!?」
ホッとしたように胸をなで下ろすリオネルにとは反対に、マルティナは慌てて周囲に視線を巡らせる。だが周りには誰もおらず、間違いなく目の前の人物は自分に声をかけているようだ。
絶対に人違いをされているのだが、こちらが困惑している間にリオネルの中ではマルティナがその謎の『指南役』で納得してしまったらしい。「こちらです」と進んで行ってしまうので、そのまま付いて行くしかなくなった。
キョロキョロと周囲を見回していると、こちらに向かってくる話し声が聞こえて咄嗟に柱の陰に隠れる。
隠れてから、道に迷ったと言って戻る道を尋ねればいいだけでは? と思い至ったが、ちょうど通路の角から王宮メイドが現れ出ていくタイミングを逃してしまった。
「ルーファス殿下にお会いしちゃったわ……っ」
「相変わらず素敵よねぇ!」
声を潜めながらも、興奮を抑えきれないといった様子で二人のメイドがはしゃぎながら歩いていく。
ルーファス殿下とは、誰もが知るこの国の第一王子である。
まさに文武両道。大変優秀で、欠点が見当たらないと彼の評判は貴族だけにとどまらず国中に轟いていた。
マルティナも王宮で催されたパーティーで、一度だけだが挨拶をしたことがあった。確かに見目も良く、物腰も柔らかいうえに品まで備えた完璧な人物だったと記憶している。
――おかげで、並ぶ第二王子がすっかり霞んでしまうほど。
この国には正妃の王子が二人いた。
第一王子のルーファスと、第二王子のリオネルだ。
だが、第一王子の名声が高すぎて第二王子の評判は伯爵家であるマルティナの耳にもほとんど聞こえてこなかった。
ルーファスと違って話すことも苦手なのか、人前に出ることも少ないからなおさら。
それもあって、平凡だとか印象にも残らないだとか、もっとひどい言い様で陰口を叩く貴族は多い。
そういった話を聞くたび、いくら頑張ろうとも両親に認められることのないマルティナ自身と畏れ多くも第二王子を重ねてしまって心が痛んだものだ。
その痛みを思い出して胸元を押さえていると、メイドたちの声色が明らかにワントーン上がった。
「けれど、やっぱりリオネル殿下よ……!」
「ええ、昨日もお相手を瞬殺だったらしいわ……!」
出てきた名前と彼女たちの声のトーンは、マルティナの予想とは違うものだった。
(あら……?)
失礼ながら、想定外な第二王子の評判が聞こえて思わず少しだけ身を乗り出した。
聞いていた心無い噂とは違う温度感の声に、ついつい気になってしまったのだ。彼女たちは明らかに、第一王子と比べて平凡と侮られるリオネルの話題に黄色い声を上げていたのだから。
「手練れと評判の方を呼んでも難しいらしいわ」
「そんなぁ! やだぁ!」
(やだぁ……?)
第二王子が武芸などに秀でているという話も聞いたことがない。しかも「やだぁ」とはどういう意味だろう。
とはいえ、マルティナが考えたところで関係のない話でもある。そもそも殿下方に対してどうこう思うなど不敬というものだ。
彼女たちがこの場を離れていくのを見届けてから、物陰からノロノロと這い出して再び戻る道を探す。だがメイドの会話に気を取られていたマルティナは、曲がり角で思いっきりなにか弾力のあるものにぶつかった。
「きゃっ!」
「ぅわっ!」
どうやら前から歩いてきただろう人物に正面から突っ込んでしまったらしい。
「も、申し訳ございません……!」
「いや、こちらこそ申し訳……ん?」
戸惑う男性の声に顔を上げると、ぶつかった相手は慌てふためきながらも、まじまじとマルティナを見つめた。
その落ち着いた紫紺の髪と自信なさげに揺れる金色の瞳を前にして、背筋にぶわりと冷や汗が噴き出す。
彼は貴族であれば知らぬはずのない人物で、今しがた名前を聞いたばかりの相手でもあったから。
「リ、リオネ――っ」
「今夜の指南役はあなた……でしょうか?」
襟元の詰まったいかにも真面目そうなドレスに身を包み、姿勢よく背筋を伸ばして立つマルティナの姿を彼は足元から顔へ失礼にならない程度に視線を走らせた。不安そうに眉尻を下げながらも、半ば確信したように頷く。
「指南……?」
「ちょうど探していたところでした。会えてよかった」
「わ、私に……!?」
ホッとしたように胸をなで下ろすリオネルにとは反対に、マルティナは慌てて周囲に視線を巡らせる。だが周りには誰もおらず、間違いなく目の前の人物は自分に声をかけているようだ。
絶対に人違いをされているのだが、こちらが困惑している間にリオネルの中ではマルティナがその謎の『指南役』で納得してしまったらしい。「こちらです」と進んで行ってしまうので、そのまま付いて行くしかなくなった。
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