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11 外でもそんな感じだった父
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「いえ、違うのです。いたのですが、その……突然婚約破棄をされてしまったばかりでして……ちょうど今日、文官として働く父にその通知を届けた帰りだったのです……」
今さらながら経緯を思い出したら胃のあたりがズシリと重くなる。
ガックリと項垂れるマルティナを前に、二人の王子は両極端な反応を示した。
「では、いないのだな!?」
「あなたを婚約破棄……っ!?」
ルーファスはパアッと顔に笑みを浮かべ、リオネルは信じられないとでもいうように悲痛な面持ちでマルティナを見やる。
「ところで、その文官として働く父というのは?」
改めてルーファスに問われて、そういえば素っ裸でシーツにくるまった状態で対面してから、いまだ第一王子である彼に名乗りもしていなかったことに気が付いて血の気が引いた。
「し、失礼いたしました! 私は、あ――っ」
「危ない!」
慌ててベッドから下りようとしたのだが、すっかり足腰の立たなくなった身体は見事にバランスを崩し、腕を伸ばしたリオネルに支えられた。
「無理をせずそのままで大丈夫です。すべて私の責任ですから」
「リオネル殿下」
慮られることなく、厳しく躾けられてきたマルティナにとってあまりにも優しい言葉に戸惑った。
しかもリオネルに寄りかかるような体勢のまま肩に手を添えられては、恥ずかしさに頬が赤らんでしまう。だが、心からマルティナの身体を案じてくれているらしい彼はこちらの心情には気が付いていないようだった。
そんな弟の行動をルーファスはなにやら面白そうに眺めているので、いたたまれない気分になった。
「すみません、このような体勢で失礼いたします……」
「いやはや、まったく構わないよ」
羞恥心に両手で顔を覆うマルティナと、笑いをかみ殺すように応じるルーファス。横ではリオネルが「大丈夫ですか?」と慌てたようにさらに顔を寄せてくる。大丈夫だから少し離れてほしいのだが、彼の気遣いが嬉しいのも事実で拒むなどできない。
「アランダ伯爵家のマルティナと申します。父のダリオが文官として王宮に務めております」
「ああ、アランダ伯爵の……確か代々優秀な文官を輩出している家だな」
どうやらルーファスは父を知っていたらしい。
マルティナが名乗るなり顔を険しくした。
「お父上の噂はよく耳にしている。文句のない仕事ぶりだが……なかなか妥協を許さない人物だと聞いた」
父の厳格さは王宮でも有名であるようだ。
ルーファスは言葉を選んでくれたが、実際は周囲が怯えるほど苛烈な振る舞いをしているのだろう。現に今日マルティナが父を訪ねた際、周囲の空気は恐ろしいほど張りつめていた。
「ええ。父は自分にも周囲にも、常に完璧を求めますので」
「それほどの人物ならば、婚約破棄されたなど怒り狂うのではないか?」
「……はい」
まさに今日、その知らせに目を通した父の怒りをまざまざと見て来たところなのだから。
帰れば激しい叱責が待っているだろう。
「きっと、父は私を許しはしないと思います」
「マルティナ嬢……」
よほどひどい顔色をしていたのか、目を伏せたマルティナの背をリオネルがそっと撫でた。
その控えめな優しさが、涙が出そうなほど心に沁みた。
「突然ということは、その婚約破棄は一方的なものだったのだろうか」
やけに真剣な顔でルーファスが言う。
「それは……ええ、そうですね。事前にはなにもなく、破棄を告げる書類と……一応、理由に関する手紙も添えられてはいました」
「差し支えなければ理由を聞いても?」
「…………です」
「ん?」
問い返されて、思わず目を逸らした。
ここまで内情を語っておいて隠すつもりもないのだが、やはり自分から言いにくいものではある。
「……ふ、不感症です……」
「そんな馬鹿な!」
告げたとたんに声を荒げたのはリオネルであった。
まあそれはそうだろう。彼の前では何度となく絶頂を迎え、まさにイキ狂っていたのだから。思い返しても恥ずかしさに全身が焼けるようだ。
「いえ、本当なのです。婚約者との、あの、それは上手くいかなくて……こんなひどい身体は見たことがない、みたいなことを散々言われてしまいました……」
「なんてことを……っ!」
声を震わせたリオネルの様子に、慌てて声を張り上げた。
「でもご安心ください! リオネル殿下とはとても気持ち良かったので!」
「……え」
ズバリと断言したら、瞬く間に顔を真っ赤にしたリオネルを見て正気に戻った。
自分の発言を反芻して、穴があったら入りたい衝動に駆られる。
「……しっ、失礼しましたああぁっ!」
なんてことを口走ってしまったのかと、マルティナの顔も負けじと熱くなった。
ご安心ください。とは、一体なにを安心するのだ。
そんな二人の前で、なにやらルーファスが生温かい目でこちらを見てくる。そして力強く頷いた。
「そうだろう、凄いだろうリオネルは……!」
「いえ、そんな兄上! 私はただ、触れればなんとなく相手の方がどこを求めているのかがわかる程度で……」
「それが才能というものなんだよ!」
「まさにそれは天才です……!」
触れればわかるなんて、程度という言葉で済ませられることではない。
あれほどの手腕をすべて勘だというのなら、まごうことなき天賦の才。
夜の天才という名に偽りは無かったようだ。
今さらながら経緯を思い出したら胃のあたりがズシリと重くなる。
ガックリと項垂れるマルティナを前に、二人の王子は両極端な反応を示した。
「では、いないのだな!?」
「あなたを婚約破棄……っ!?」
ルーファスはパアッと顔に笑みを浮かべ、リオネルは信じられないとでもいうように悲痛な面持ちでマルティナを見やる。
「ところで、その文官として働く父というのは?」
改めてルーファスに問われて、そういえば素っ裸でシーツにくるまった状態で対面してから、いまだ第一王子である彼に名乗りもしていなかったことに気が付いて血の気が引いた。
「し、失礼いたしました! 私は、あ――っ」
「危ない!」
慌ててベッドから下りようとしたのだが、すっかり足腰の立たなくなった身体は見事にバランスを崩し、腕を伸ばしたリオネルに支えられた。
「無理をせずそのままで大丈夫です。すべて私の責任ですから」
「リオネル殿下」
慮られることなく、厳しく躾けられてきたマルティナにとってあまりにも優しい言葉に戸惑った。
しかもリオネルに寄りかかるような体勢のまま肩に手を添えられては、恥ずかしさに頬が赤らんでしまう。だが、心からマルティナの身体を案じてくれているらしい彼はこちらの心情には気が付いていないようだった。
そんな弟の行動をルーファスはなにやら面白そうに眺めているので、いたたまれない気分になった。
「すみません、このような体勢で失礼いたします……」
「いやはや、まったく構わないよ」
羞恥心に両手で顔を覆うマルティナと、笑いをかみ殺すように応じるルーファス。横ではリオネルが「大丈夫ですか?」と慌てたようにさらに顔を寄せてくる。大丈夫だから少し離れてほしいのだが、彼の気遣いが嬉しいのも事実で拒むなどできない。
「アランダ伯爵家のマルティナと申します。父のダリオが文官として王宮に務めております」
「ああ、アランダ伯爵の……確か代々優秀な文官を輩出している家だな」
どうやらルーファスは父を知っていたらしい。
マルティナが名乗るなり顔を険しくした。
「お父上の噂はよく耳にしている。文句のない仕事ぶりだが……なかなか妥協を許さない人物だと聞いた」
父の厳格さは王宮でも有名であるようだ。
ルーファスは言葉を選んでくれたが、実際は周囲が怯えるほど苛烈な振る舞いをしているのだろう。現に今日マルティナが父を訪ねた際、周囲の空気は恐ろしいほど張りつめていた。
「ええ。父は自分にも周囲にも、常に完璧を求めますので」
「それほどの人物ならば、婚約破棄されたなど怒り狂うのではないか?」
「……はい」
まさに今日、その知らせに目を通した父の怒りをまざまざと見て来たところなのだから。
帰れば激しい叱責が待っているだろう。
「きっと、父は私を許しはしないと思います」
「マルティナ嬢……」
よほどひどい顔色をしていたのか、目を伏せたマルティナの背をリオネルがそっと撫でた。
その控えめな優しさが、涙が出そうなほど心に沁みた。
「突然ということは、その婚約破棄は一方的なものだったのだろうか」
やけに真剣な顔でルーファスが言う。
「それは……ええ、そうですね。事前にはなにもなく、破棄を告げる書類と……一応、理由に関する手紙も添えられてはいました」
「差し支えなければ理由を聞いても?」
「…………です」
「ん?」
問い返されて、思わず目を逸らした。
ここまで内情を語っておいて隠すつもりもないのだが、やはり自分から言いにくいものではある。
「……ふ、不感症です……」
「そんな馬鹿な!」
告げたとたんに声を荒げたのはリオネルであった。
まあそれはそうだろう。彼の前では何度となく絶頂を迎え、まさにイキ狂っていたのだから。思い返しても恥ずかしさに全身が焼けるようだ。
「いえ、本当なのです。婚約者との、あの、それは上手くいかなくて……こんなひどい身体は見たことがない、みたいなことを散々言われてしまいました……」
「なんてことを……っ!」
声を震わせたリオネルの様子に、慌てて声を張り上げた。
「でもご安心ください! リオネル殿下とはとても気持ち良かったので!」
「……え」
ズバリと断言したら、瞬く間に顔を真っ赤にしたリオネルを見て正気に戻った。
自分の発言を反芻して、穴があったら入りたい衝動に駆られる。
「……しっ、失礼しましたああぁっ!」
なんてことを口走ってしまったのかと、マルティナの顔も負けじと熱くなった。
ご安心ください。とは、一体なにを安心するのだ。
そんな二人の前で、なにやらルーファスが生温かい目でこちらを見てくる。そして力強く頷いた。
「そうだろう、凄いだろうリオネルは……!」
「いえ、そんな兄上! 私はただ、触れればなんとなく相手の方がどこを求めているのかがわかる程度で……」
「それが才能というものなんだよ!」
「まさにそれは天才です……!」
触れればわかるなんて、程度という言葉で済ませられることではない。
あれほどの手腕をすべて勘だというのなら、まごうことなき天賦の才。
夜の天才という名に偽りは無かったようだ。
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