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第4話 バズれません

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「アイテムの実体化方法とかは適当にアプリをいじって覚えろ。とりあえず、あたいは鎧を着ていくからな。あんたはそのフリフリお嬢様ドレスだけど、逆に配信受けすると思うんだよ」

「わかりました。わたしはこのフリフリお嬢様ドレスで戦います」

 私が着ているのはとてもダンジョンには似つかわしくない、フリルが多くあしらわれた服だ。靴もハイヒールだった。

 でも装備はデスソードしか持っていないので、これで行くしかなかった。

 裾が大きく開いたピンクを基調としたドレス。
 手に持っているのは禍々しく黒い靄をまとったデスソード。

 皐月さんが言うには、この奇妙な出で立ちで配信数を稼ぐということだった。

「浦安にちょうどいい手頃なダンジョンが発生している。ここいくぞ。運が良ければ攻略できるかも」

「行きましょう!」

 2人で電車に乗って、ダンジョンに向かう。
 ダンジョンに向かう専用列車は1両編成。在来線の線路をそのまま利用している。

 ちなみにダンジョンチューバーは無料で乗車ができる。降りられる駅はダンジョンがある場所のみ。ダンジョンの出現場所は頻繁に変わるので、下車できる駅もその都度違っている。

 私たちがやってきたダンジョン。そこは、千葉県の浦安駅だった。いつも都合よく駅の前にダンジョンが現れるなんてことはないのだが、今回はたまたま駅前のロータリーにダンジョンの入口がある。

 ダンジョンの入口はまるでブラックホールが口を開いているかのように、黒や青や灰色の靄が渦を巻いていた。
 その中に足を踏み入れるとそこは異次元の空間だった。

 ダンジョンは様々なタイプがある。
 洞窟のような閉鎖された空間もあれば、今回のように開けた場所のこともある。

 開けた場所の場合、通称はオープンワールドと呼ばれる。

 クローズワールドの場合は、切り出された石で囲まれた洞窟のような場所だったり、炭鉱のような廃坑あとだったりすることがある。

 今回は怪しげに木が生い茂る森だった。
 しかも、ほとんどの木は枯れていて枝ばかりだ。ほとんど葉っぱは見当たらない。

 空はまるで夕方のように赤くなり、少し薄暗い。
 風が吹いていた。木が軋む音は薄気味悪かった。枯れた枝の上にはカラスが何羽もとまっていた。

 ダンジョンに入ってすぐ、皐月さんはダンジョンフォンを操作して装備を実体化した。

 皐月さんの全身が鎧に包まれた。
 皐月さんはちゃんとした鎧だ。革を基本としており、急所を金属で覆っている。

「ちなみにこの鎧8万円な。まずは稼いで、あんたも、このくらいの鎧を買おう」

 8万円……。
 私は少し考え込む。

 なにかの間違いでしょうか?
 命の危険があるダンジョンに8万円の装備?
 もしかして、8億円と言いたかったのではありませんでしょうか?

 頬に人差し指を当て、首を傾け……

「私の聞き間違いでしょうか? それは、8万円じゃなくて、はちお……」

 私の発言を遮るように、すかさず皐月さんは口を挟む。

「8億円じゃないからね。8万円。8万円だよ。今、8億の間違いじゃないか、とか思っただろ」
 
 抑揚のない声で、完全無表情の皐月さんだった。

 私は驚きを顔に出していた。

「エスパー!? エスパーですか!? 皐月さん、なにかのアイテムを使って、私の頭の中を覗きましたか!?」

「いや、だんだん、あんたという人間がわかってきたってだけ」

 皐月さんは感情を動かすことなく、私の前を歩き出した。

   ◆ ◆ ◆

 皐月さんと2人で森の中を歩く。
 ほとんどの枝は枯れており、下生えもわずかしかない。

 まったくモンスターと遭遇しないので、ダンジョン特有のアイテムを採取することになった。

 特殊な鉱物や薬草などだ。これはダンジョン組合に持っていくと買い取ってくれるらしい。

 枯れた森なので薬草を探すのも大変だった。

 撮影は私のダンジョンフォン8で行い、自撮り棒を使っている。
 一応ドローンも頭上を飛んでいた。
 けれど皐月さんが中古で2万円ほどで買ったドローンで画像解像度が低いそうだ。

 基本は私の手持ちでの撮影で、ドローンは補助として使う。

「おっかしいな。同接がまったく増えない」

「あまりいませんねえ。見ていらっしゃる方」

 同接とは同時接続者数のことで、現在は12人。

 もちろん、チャンネル登録者数はまったく増えず。皐月さんのお友だちは810人で変わらなかった。

 私はといえばチャンネル自体が存在しないので、もちろん0人だ。

「事前に宣伝したんだけどな」

「あのタイトル、私すごい嫌だったんですけど」

「しかたないだろ。人を集めなきゃなんだよ」

「集まっていませんけれどね……」

 この配信のタイトル。
 【超絶美人が振り回す〈デスソード〉お披露目です。没落令嬢が18億円の剣でダンジョンデビュー】

 このように告知をして、人を集めていた。
 私のビジュアルと禍々しいデスソードのミスマッチで人を集めようとしたが、目論見は外れていた。

 視聴者たちのコメントが入る。

◆:いや、だからさ、嘘だと思われてんだよ
◆:『18億円の〈デスソード〉お披露目です』ってなんか釣りっぽいもん
◆:最近、タイトル詐欺も多いからね
◆:かわいい系や美人系のダンジョンチューバーも飽和気味だしなあ

 視聴者は少ないので、入るコメントも断続的だ。たまにポツポツ入る程度だった。

 視聴者たちのやりとりもあまりなく、私と皐月さんは黙々と鉱物や薬草を採取していた。
 面白い要素なんかはどこにもない。見ている人も、ただの暇つぶし程度に見ているのだろう。

 しばらく歩くと、皐月さんが腕を上げ、前方を指差した。

「お、ゴブリンがいたぞ。やっとモンスターと遭遇できた」

 ゴブリンは子鬼と称されることもある小型のモンスターだ。緑色の肌をしており、二足歩行で歩く。顔には皺が寄っており、口からは牙が覗いている。

「よっしゃー。ここからが再生数を増やすチャンスだぞ」

 皐月さんは素早く短剣を抜き、ゴブリンに向かって走っていた。斜めに斬りつけ、血しぶきがあがった。
 ゴブリンは「ぎゃあ!」と叫び声を上げて仰向けに倒れた。全く動かない。死んでしまったようだ。
 ゴブリンはたやすく倒すことができる、初心者でも立ち向かえるモンスターだ。

「ほら、おまえも攻撃しろ」

 別の場所にもう一匹のゴブリンがいた。

 一般的には弱いとされるモンスターだが、初めてダンジョンに入った私にとってはハードルが高すぎる。

 デスソードを構えることだけで精一杯だった。

「ムリムリ、無理すぎます。私には無理です。無理でございます」

「お前、なにしに来たんだ」

 呆れるような皐月さんの声。

「だって、動くんですよ。止まってくれないんですよ。どうやっても無理ですよ。攻撃なんて当たらないですよ。避けられてしまいますよ」

「いいから剣を振れって。そんなんじゃバズれないぞ。なんとしても同接増やさなきゃいけねえんだ」

 それを聞いて私はなんとかデスソードを頭上まで持ち上げた。
 そして、適当にゴブリンのいる方向を定める。

 目をつぶってしまった。

 これでは当たるはずもないし、ゴブリンとは距離があって剣が届きもしない。
 そんな距離から私はデスソードを地面に向かってまっすぐと振り下ろした。

「えい!!」

 腕に伝わってくる強い振動。
 激しい轟音が鳴り響く。

――ドドドドドドドドドドドドドドッゥゥゥゥ!!!

 振動が足元からも伝わってきた。
 大きな音とともに、地面が揺れ動く。

 薄く目を開けた先では、ゴブリンが縦に真っ二つに引き裂かれ、衝撃波のようなものがまっすぐと飛んでいた。

 地面をえぐり、ゴブリンの後ろの木々もなぎ倒していた。

 それを見た私。

「ひええええ」

 私は悲鳴とも言えない奇妙な声を上げてしまった。

 ゴブリンの体は中心から左右に分かれ、その間からは臓物がこぼれている。あたりにはゴブリンから噴き出した血が撒き散らされていた。

 皐月さんは呆然とその光景を眺めていた。

「すげえな、お前の剣……」

 ピロン、と私のダンジョンフォンが鳴った。
 経験値1を獲得。

 めずらしく集中してコメントが流れる。

◆:と……とてつもないな、威力がすごい
◆:ゴブリンが真っ二つ
◆:周囲の木もなぎ倒している
◆:明らかにオーバーキル
◆:ゴブリン相手にやりすぎ
◆:目、つぶってたぞ
◆:たまたま当たった感じ
◆:武器はすごいけど、その扱いじゃあっさり死ぬな
◆:ちゃんと装備を揃えたほうがいいんじゃ?

 私の攻撃は絶大だったが、やはり視聴者は増えていかない。同接はあいかわらず12人のままだった。

 そんな時、森の奥から悲鳴が聞こえてきた

――――うわぁああああああああ!
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