落ちこぼれの半龍娘

乃南羽緒

文字の大きさ
111 / 132
第二十章

110話 第二軍会敵

しおりを挟む
 こいつはどういうことだ、と麒麟は苦笑した。
 目前に広がる光景に大龍もおもわず笑みがこぼれる。無論、絶望の笑みである。
「玉藻も折れたか!」

 紅来門まで、およそ二千メートルに迫ったところで、一行は第二軍と会敵した。この世のどこに潜んでいたものか、数千の野干やかんやどこにも属さない妖怪どもが、八方より湧き出したのである。
 チッと苛立つタヌキのとなり、にんまりとわらう翠玉が「ねえ朱月丸どの」と立ち上がった。
「ここでドカンと、末弟の力を見せてやる気はありやせんかィ」
「ほう」
 吽龍の背上、タヌキは人型へ変化し、鉾先を前に向けた。面下から覗く口元はこれまで見たことないほど弧を描く。
「よい考えじゃ翠玉どの。水緒さまァ、吽龍をちとお借りしますぞう」
「えっ! …………」
「まて、いくらなんでもお前たちだけでこの数は太刀打ちできまい。それがしも加えさせてもらうぞ」
 と、庚月丸が立ち上がる。ならばそれがしも、と手を上げた白月丸だったが、その意見は寸の間もなく却下された。拳を手のひらに叩きつけた、水緒にである。
「病み上がりなんだから無理しないで」
 そんなことより、と彼女は腰をあげて大龍へ視線を向けた。

「あたしの初陣、ここで飾っていいよね?」

「み、水緒さま!」
 白月丸は目を見開いた。
「その代わり阿龍もいっしょ。あたしの使役龍が出ばるってんなら、主がいなくちゃ。ねえお父さん、いいでしょ?」
「…………」
 大龍は眉をひそめた。無理だ──ということばを言うべきか言わざるべきか、迷っている。この数を相手に水緒が役に立つかと聞かれれば、答えはひとつ。否である。
 父の思いを悟ったか、水緒がむっと口をとがらせたそのとき、代わりに口を開いたのは水守だった。
「不足はない」
「み、水守」
 水緒の頬が紅潮する。
 こんどは大龍が不服そうな顔を水守に向けたが、彼は紅来門の方角へ顎でさした。
「あちらが騒がしい。もはや猶予もない」
「…………」
「ね、まかせて! こんどはあたしが眷属たちを守る番だよ」
 と、力強くいった水緒だが、これからタッグを組もうという庚月丸や朱月丸は、周囲の稲荷軍を鉾で牽制しつつ鼻でわらった。
「それは無用ですからッ、せめて水緒さまはおのれの身をお守りくだされ」
「さすがに此度ばかりは水緒さまをお守りすることが難しそうです──このぉ!」
 ならば水緒、と大龍はするどく娘を見つめた。
「期待しとるぞ」
「……っはい!」
「水緒さまァ、どうぞご無事で!」
「みんなもね。──」
 蒼玉と白月丸を乗せた天羽が吐き出した気によって、稲荷軍が左右に散る。一瞬できた一本の道。水守を乗せた索冥、麒麟、そして大龍はその隙を見逃さず光の速さで道を抜けてゆく。
 途中、動きを阻まんとする稲荷軍に、朱月丸が先制を仕掛けた。ヒャッハーッ、と妙なエクスタシーまで覚えている。
「貴様らとは、昔からなにかと比べられたものよ。いまこそタヌキの真髄を見せるとき!」
「ははは、動機ザコォ」
 翠玉はわらう。

 ──日本時間午後八時二十六分。
 紅来門より南方上空およそ一キロ。ダキニ方稲荷軍と会敵。水緒、庚月丸、朱月丸、翠玉、阿吽龍にて応戦を開始する。

 ────。
 一方、稲荷軍の道を抜けた一行。麒麟がちらとうしろを振りあおぐ。
「……りっぱな姫君じゃないですか」
「あれは母の血だな」
「っぽいなァ」
 うなずく麒麟。蒼玉や白月丸はくすりとわらう。笑っている場合ではありませんよ、と天羽は声を弾ませた。
「あーあ」索冥が声を漏らす。
「天津国名勝地の龍宮がめちゃくちゃです」
「東西の方角、多勢の野良軍に囲まれとる──そこここに転がっとるんは宮の龍たちじゃ!」
 白月丸が身を乗り出して下を覗く。
 宮内へ籠城したか、と水守はつぶやいた。
「……門番もおらんな。致し方なし、このまま宮前へ降り立つ!」
 大龍がさけぶ。
 一行はスピードをあげて紅来門へ飛び込む。

 ──。
 ────。
「きたぜターシャ!」
 大龍だ、と宮内にて宿儺がさけんだ。ターシャは窓に寄る。
 こちらに向けて、ものすごい速さで突っ込んでくる光が見える。大龍だ。
 さらには一匹の龍と、その背に乗るふたつの影。その前を飛ぶは旧友である麒麟とその臣下、索冥。──背に座るは、水守だ。
「こりゃ壮観だね」わずかに口元をゆるめる。「あれだけ見る分には、負ける気がしないよ」
「なにをいうターシャ」
 右門は苦言を呈した。
「いつ豹変するか分かったものではない。ただでさえダキニは生き物の心を操るというに」
 右門のことばに龍宮がざわつく。
「静かにおし」ターシャはひと声で黙らせた。
「これ以上無駄口を叩くと、このアタシが容赦しないよ。みな、出迎えだ。大龍さま方がお降りになるよう!」
 轟、とひと吼え。周囲の龍はあわてて宮から外へ飛び出した。もう近い。
 大龍と目があった。
 瞬間、ターシャと宿儺、炎駒は口角をあげ、龍宮の龍たちは一列に並んで頭を垂れる。待ち望んだ英雄たちがゆっくりと降下した。

 ──日本時間午後八時半。
 紅来門の先、龍宮門内に龍王大龍、以下六名が降下。宮内へ籠城中の龍宮軍と合流する。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!

椿紅颯
ファンタジー
神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。 しかしまさかのまさか、それは誤転移ということだった。 身勝手な女神により、たった一人だけ仲間外れにされた挙句の果てに粗雑に扱われ、ほぼ投げ捨てられるようなかたちで異世界の地へと下ろされてしまう。 そんな踏んだり蹴ったりな、凡人主人公がおりなす異世界ファンタジー!

間違い転生!!〜神様の加護をたくさん貰っても それでものんびり自由に生きたい〜

舞桜
ファンタジー
「初めまして!私の名前は 沙樹崎 咲子 35歳 自営業 独身です‼︎よろしくお願いします‼︎」  突然 神様の手違いにより死亡扱いになってしまったオタクアラサー女子、 手違いのお詫びにと色々な加護とチートスキルを貰って異世界に転生することに、 だが転生した先でまたもや神様の手違いが‼︎  神々から貰った加護とスキルで“転生チート無双“  瞳は希少なオッドアイで顔は超絶美人、でも性格は・・・  転生したオタクアラサー女子は意外と物知りで有能?  だが、死亡する原因には不可解な点が…  数々の事件が巻き起こる中、神様に貰った加護と前世での知識で乗り越えて、 神々と家族からの溺愛され前世での心の傷を癒していくハートフルなストーリー?  様々な思惑と神様達のやらかしで異世界ライフを楽しく過ごす主人公、 目指すは“のんびり自由な冒険者ライフ‼︎“  そんな主人公は無自覚に色々やらかすお茶目さん♪ *神様達は間違いをちょいちょいやらかします。これから咲子はどうなるのか?のんびりできるといいね!(希望的観測っw) *投稿周期は基本的には不定期です、3日に1度を目安にやりたいと思いますので生暖かく見守って下さい *この作品は“小説家になろう“にも掲載しています

異世界に行った、そのあとで。

神宮寺 あおい
恋愛
新海なつめ三十五歳。 ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。 当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。 おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。 いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。 『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』 そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。 そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!

本の知識で、らくらく異世界生活? 〜チート過ぎて、逆にヤバい……けど、とっても役に立つ!〜

あーもんど
ファンタジー
異世界でも、本を読みたい! ミレイのそんな願いにより、生まれた“あらゆる文書を閲覧出来るタブレット” ミレイとしては、『小説や漫画が読めればいい』くらいの感覚だったが、思ったよりチートみたいで? 異世界で知り合った仲間達の窮地を救うキッカケになったり、敵の情報が筒抜けになったりと大変優秀。 チートすぎるがゆえの弊害も多少あるものの、それを鑑みても一家に一台はほしい性能だ。 「────さてと、今日は何を読もうかな」 これはマイペースな主人公ミレイが、タブレット片手に異世界の暮らしを謳歌するお話。 ◆小説家になろう様にて、先行公開中◆ ◆恋愛要素は、ありません◆

異世界の片隅で、穏やかに笑って暮らしたい

木の葉
ファンタジー
『異世界で幸せに』を新たに加筆、修正をしました。 下界に魔力を充満させるために500年ごとに送られる転生者たち。 キャロルはマッド、リオに守られながらも一生懸命に生きていきます。 家族の温かさ、仲間の素晴らしさ、転生者としての苦悩を描いた物語。 隠された謎、迫りくる試練、そして出会う人々との交流が、異世界生活を鮮やかに彩っていきます。 一部、残酷な表現もありますのでR15にしてあります。 ハッピーエンドです。 最終話まで書きあげましたので、順次更新していきます。

処理中です...