落ちこぼれの半龍娘

乃南羽緒

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第二十章

111話 東西の雲

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 紅来門から南方上空五千メートル域。
 四方八方より攻め立てられる紅玉と銀月丸は、杠葉の結界に守られながら、半径五メートル以内の敵へ猛攻をかける。天狗といえど種類はさまざまで、古来より存在する烏天狗から修験道を経て天狗に至った人型天狗、狼の姿をした狗賓ぐひんと呼ばれる天狗まで勢ぞろいしている。
 小天狗の手で投擲された礫が、杠葉の背上に立つふたりを狙う。鉾で礫をはたき落とす銀月丸が舌打ちをした。
「きりがない! 小天狗を打ち払ったところでおなじことだッ」
「いうても一匹ずつ仕留めるほかねえで!」
 紅玉は嬉々として鎌の刃を振りまわす。
 足場となる杠葉が身をひるがえして天狗と距離をとる。轟、と吼えて千ほどの天狗軍を威嚇する。そのかたわら、背上のふたりにちいさくいった。
「わたくしめが散らしましょう。小天狗ならばそう手こずりはしますまい」
「しかし──」
「このなかにかならずや司令塔がいるはず。おふたりはそれを見つけて仕留めればよろしい。……それさえつぶせば、雑魚はもはや動けまい」
「ほうかなるほど、わかったぞ。戦の大将はたいてい最後尾に引っ込んどるもんやでな、軍配代わりにヤツデの葉扇振っとるヤツ探してみよか」
「なれば杠葉、たのんだぞ」
「まいります」
 杠葉が腹いっぱいに空気を吸いこみ、いきおいよく気を吐き出した。それは湿った空気によってたちまち灼熱の焔へとすがたを変える。小天狗や狗賓はあわてふためき、周囲へ散る者、炎の熱さにより幽湖へ落ちる者、さまざまに数を減らしていった。銀月丸は目をこらして周囲をさぐる。もともと狩猟本能のあるオオカミだ、よく利く鼻がふわりと一瞬だけちがう風を嗅ぎ取った。
「……そこかッ」
 杠葉の背を駆けあがる。小天狗の肉壁へ鉾を振る。が、それはまもなく止められた。肉壁のなかからにゅっと伸びた真っ黒な手甲、素手で鉾を掴みとめたのである。
「なに──」
「さすがはオオカミ、鼻がよい」
 声がした。
 銀月丸が鉾を引く。同時に引っ張りでてきた手甲の主は、山伏の格好で烏天狗の面をつけている。オオカミの面下からぎろりと相手を睨み付け、銀月丸は力を込めて鉾を取り上げた。
 眷属一の力強さを誇る彼である。山伏姿の彼は案外簡単に鉾を離した。
「そこもとがここの頭領か──法起坊どのはどうした?」
「族長はいまごろ、神格をもった天狗を集めて事態の収拾に走っているころだろう。申し遅れた、東の天狗を束ねる東雲しののめ、と申す」
「東の天狗を──?」
「その方のお仲間が、ちょうど刃を交えているアレ」
 と、東雲は顎でうしろをさす。
 ちらと一瞬目を向ける。杠葉の上で、紅玉は一匹の烏天狗と応戦していた。
「紅玉どのッ」
「アレが西の天狗を束ねる西雲さいうん。幽湖上空はわれらにて龍族を足止めしろというのが、族長の命だ」
「あくまで足止めと?」
「法起坊さまは、龍族との対立を望んじゃいないのでな」
「…………そのわりにはずいぶんと集めてきたようだが」
「あくまで法起坊さまは、の話だ」
 というや、東雲は左手に持つヤツデの葉扇を大きくひと振りした。ゴウ、と風が巻き起こる。あまりの強風に銀月丸は踏ん張りきれず、足場となる杠葉のたてがみを掴んだ。
 しかしその風は、銀月丸を狙ったものではなく、目下、小天狗や狗賓についた龍火を消し去るためのものだった。龍火は乾いた風が吹けばたちまち消える。杠葉は喉奥でぐるるとうなった。
(天狗族は風を守護とする一族──)
 銀月丸は態勢を立て直す。
(龍が水を操るように、彼らは風を自在に操ることができるのだった)
「銀、無事かッ」紅玉がさけんだ。
「ええ。そちらも」
「おう」
 杠葉を足場に、ふたりは背中を預けあう。
 どうやら紅玉もまた西雲なる烏天狗に手こずっている。
 西雲と呼ばれた烏天狗は、刀を肩にかついだ。
「想定より足止めできたんが少ないのう。まさかこの数を三匹で止めにかかろうとは、わしらも舐められたもんじゃ」
「きさんらはなんも思わんのかいや、いくら始祖とはいえ、ダキニの姐者の動きは目に余ろうが。身内じゃからと義理を通す必要がそんなにあるんか?」
「稲荷のはぐれもんが、でかい口を叩きゆう。おまんの言わんこともわからんでもないが、しかしだからっちゅうて我ら天狗族、龍族にはなんの恩義もないキ。それが、おまんら鎌鼬とわれらのちがいよ」
「へッ、鎌鼬でひとつにされちゃあ胸くそ悪ィ。あくまでわれら飛騨の鎌鼬と言ってくんなァ」
「…………それはどうかな?」
 東雲がほくそ笑む。
 ああ? と口の端をひきつらせて牙を剥く紅玉に、西雲はケッケッケと愉快そうに肩を揺らした。
「それにしても龍族っちゅうのはずいぶん愚かじゃのう──」
「なんだと」銀月丸が目を細める。
「あれほど護ってきた社を、こがぁな挑発に乗って易々と全員が離れるたァ」
「なにを、……」
「まさか」
 杠葉がぴくりと顔をあげる。一瞬動きを止めたのち、彼女はこれまで飛んできた方角へ方向転換する。しかしその行く先に、東雲が立ちはだかった。
「どけッ」杠葉が牙を剥く。
 聞けぬ、と東雲はすこし哀しげに首を振った。
「言ったはずだ。我ら天狗軍、貴様らの足止めをしにきたと」
「前もうしろも、行かせはせんぜ」
「────」
 杠葉が気を吐く。
 東雲は葉扇を振る。
 強い大気がぶつかって、幽湖に波が立った。

 ※
 愚か。愚か。愚か!
 ダキニはわらう。
 白狐は駆ける。
 この四百年、まもりつづけたあの社。大龍の結界なぞ他愛もない。この手でぜんぶ、ぜんぶ食いつくす。
(お前が愛したもの、ぜんぶ。──)
 手に携えるは天津国の神器、紫焔の逆鉾しえんのさかぼこ。かつて水守の躯をまもる結界も斬り捨てた、神でさえおそれる諸刃の剣。神社に張られた結界も、斬れぬわけはない。
 わずかに手がふるえる。
(さて、どうしようかね)
 ダキニは、ふるえを潰すように拳を握りしめた。

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