R.I.P ∞ 章間の事

乃南羽緒

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Ⅲ~Ⅳ 懐旧談の事

懐旧談の事 第5話

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 おもえばあの時から、違和感をおぼえていた。
 ホテルをチェックインした景一は指定の部屋へ向かった。千歳が手配したらしい部屋に入ると、中はツインルーム、おまけに禁煙ルームであるということに気が付いた。
 景一にとって煙草は暇つぶしである。
 ヘビースモーカーというわけではなし、一晩くらい禁煙でも問題はなかったが、長いフライトからこれまで一本も吸っていなかったうえに、一人泊ながらツインルームという違和感をおぼえて、部屋を間違えたのでは──という懸念に駆られた。単純に、禁煙という字が煩わしくおもえたからでもある。
 部屋を替えるならばふたたびロビーへ行かねばならない。悪態をつきながら景一はたったいま出てきたばかりのエレベーターへ向かう。下階へのボタンを押したとき、
「すみません!」
 と声をかけられ、景一は振り返った。
 うしろにいたのは中流階級くらいの三人家族。一人娘は恥ずかしそうに父親のうしろに隠れ、夫妻はにこやかにこちらへ笑いかけていた。この時に感じた一つ目の違和感は、背後に立たれるまでいっさいの気配を感じなかったことである。自慢ではないがこの十数年、命を狙われ続けたこともあって、人の気配には人一倍敏感であるという自負がある。
 しかし彼らはいつの間にかうしろにいた。
 ──ただ者ではない。
 という思いは、この時からあった。
 彼らはちいさなスーツケースをふたつ転がして、気さくに話しかけてきた。聞けば目的地はロビー。ツイン禁煙ルーム希望のはずがシングル喫煙ルームだったとして、部屋変更をお願いしようというところだと。
 それならば、と景一は自身のことを話した。
「もしかするとお宅の部屋とこっちの部屋、間違えたのかもしれませんね」
「ここ不思議なホテルですよねえ。ぜんぶAIロボットが対応して──それで部屋間違えられちゃ世話ないですけど」
「日本のホテルマンは、やっぱりAIより優秀ですよ」
 言いながら景一は夫婦に鍵を手渡した。
「あ、じゃあこっちが我々の部屋の鍵で──」
「いや。あとでその、禁煙の方にうかがいます。これから飯食ってきますから預かっといてくれますか? いちいちAIに鍵あずけるのもめんどくさいし」
「ハハハ、分かりました。僕たちは部屋にいますからいつでもどうぞ」
「どうも」
 といって、景一がちらと娘を見下ろす。
 年齢は小学校低学年くらいだろうか。この年頃の女児には思い入れがある。おもわず膝をついて少女と目線を合わせていた。
「かわいいね。いくつ?」
「────」
 少女は恥ずかしそうに、指で七を示した。
「七歳か」
「お兄さんもお子さんが?」
 母親がにこやかに聞いてきた。
 お子さん──ではない、が。景一にとって娘のようにおもう子はいる。
 思いがけずはにかんで、
「かわいいのがね」
 とひと言。
 小宮山と名乗った夫妻はすこし困ったようにわらって「そうですか」と答えた。
 ────。

 あれから何があってあの夫妻が死んだのか、景一には分からない。
 埠頭での銃撃戦ののち、腹部を被弾して入院していたとき。毎日のように見舞いに訪れる従姉の千歳に聞いたことがある。
 ──ホテルの部屋で、いったい何があったのか?
 と。
 彼女は「私が知るわけないだろう」と嘯いていたけれど、きっと何か知っているはずだと確信している。黒須家──まして千歳は、抜かりのない女だ。
 帰り際にひと言、

「気が削がれたんだろう。殺し屋も、人の親だということだ」

 と言い置いた彼女の寂しそうな笑みは、痛み止めの薬によってあいまいだった意識のなかでもはっきりとおぼえている。
「────」
 まほろばの駐車場。
 景一は懐から煙草の箱から一本取り出す。
 考え事にふけりながら、紙煙草をくわえたところで背後から声がした。
「景さんタバコ吸うのオ」
 一花だった。
「ん? うん──」
「あたし、タバコって臭いからキライ。吸うなら臭い消えるまで近づかないでね」
「え」
「副流煙もメイワクだしねーッ。じゃあね」
 と、無情にも後ろ手を振って去っていくいとしい子──。
 景一はくわえた煙草を箱に戻し、それをぐしゃりと握りつぶして施設外のゴミ捨て場に放り捨てると、一目散に一花のあとを追った。
「ま。まってイッカ。禁煙するから。俺、たったいまから禁煙するから! 近づくなとか言うな傷つくから!」
「うわ。なんで泣いてンの」
「傷ついたんだよ!」
「アッハ。メンタルザコォ」
「…………」
「ついでに言うとその香水も臭いからイヤ。ネクタイもヤカラみたいだし──景さんセンスわるいわよ」
「う…………」
「仕方ないからいっしょにお洋服見てあげる! あたし夢だったの、お父さんにネクタイ選んであげるの!」
「い、」
 イッカァ、と。
 景一は心底からのうれし泣きをした。
(この人けっこう、泣き虫だよなぁ)
 おもえば一花が絡むといつも泣いている気がする──。
 なんて。
 遠目から見ていた将臣は、これからしばらく同居することになるこの男を見て、しみじみおもった。

(終)
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