片翼のエール

乃南羽緒

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第四章

55話 関東大会ドロー抽選会

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 関東大会ドロー抽選会。
 会場に入り、才徳学園と指定された席に着くと、東京神奈川の高校がざわついた。才徳の代表が大神ではない──というおどろきらしい。
 見せもんじゃねっつの、と倉持はすこし不機嫌な顔で腰かけた。伊織もそれにならってとなりに腰を下ろす。
「七浦さん!」
 と。
 聞き覚えのある声が近づいてきた。青峰学院の水沢である。県大会ベスト4の学校はみな関東大会進出校。くじ運次第によっては、ふたたび青峰と当たる可能性もあるということだ。
 伊織はにっこりわらった。
「水沢サン。もう来てたん」
「ついさっきね。それより、今日は倉持なんだ? てっきりまた大神と来るとおもったんだけど」
「ああ、うん。……」
 歯切れのわるい伊織に水沢が首をかしげたとき、横から倉持が上半身を割り込んできた。
「つぎの関東大会、大神は出ねえんだ」
「えっ、どういうこと?」
「そのままの意味だよ。うち才徳学園は、大神抜きのオーダーで関東大会に出場させてもらうってこと」
「それは──」
「どうして?」
 と。
 さらに割り込む影があった。
 黒鳶色のブレザーとチャコールグレーのズボン。桜の学章が華やかなこの制服は、桜爛大附。彼はその部長、忽那兵介である。
 伊織はあれえと驚きの声をあげた。
「桜爛の部長って、アンタやったん。てっきりあの偉そうな人かと思てた」
「アハハ、それ井龍のこと? もちろん最初は推薦されたみたいだけど、練習に集中したいから部長とかそういう役職はいらないってことわったんだって。それでお鉢が僕にまわってきたんだ」
「はぁ。まあ桜爛のなかじゃ一番常識人って感じするしな、アンタ」
 と倉持は苦笑した。
 それよりさっきの話、と忽那は水沢と倉持を見比べて眉を下げる。
「大神が出ないってほんとう?」
「ああ、アイツ怪我したんだ。全国も見据えて無理しねえようにってことで、関東は試合に出ない方向でいってる。選手登録には一応名前入れるみたいだけどな」
「怪我か──それは残念だ。青峰としても井龍と大神の対決、けっこう楽しみにしてたのに」
「ま、全国には俺たちが連れていくからよ。そこの対決は全国大会までおあずけってことで」
「それもそうだ。お互い組がちがっても決勝までいけばいつか当たるし。うん、楽しみにしてるよ」
 水沢と忽那はにっこりと笑いあい、倉持も微笑んでうなずいた。なんと和やかな空間だろうか、と伊織は胸を撫で下ろす。大神や井龍、まして犬塚などだったらこうはいくまい。
 が、忽那は伊織を見るととたんにかなしそうな顔をした。
「そうだそれと──伊織さん。愛織さんの体調はどう? まだ目が覚めないって聞いて」
「あ、うん。まさか貧血でここまで目ェ覚まさへんなんて思わんかって──もともと身体弱い人やから、ちょっと疲れて寝とるんかもね」
「そう、……えっと。大勢だとお邪魔になるからって、うちの部員も日を変えてお見舞いに行ってるんだ。また今度僕もようす見に行くから、もし会ったらそのときはよろしくね」
「なんや、みんな練習で忙しいやろうに迷惑かけてもうて──ありがとう。ホンマに」
 伊織はすこし疲れたようにわらった。
 直後、ドロー抽選会開始のアナウンスが司会より告げられる。水沢と忽那はパッと顔を上げて、それぞれの席へともどっていった。
 伊織はふう、とため息をつく。前面に張り出されたトーナメント表を見つめる倉持の表情も、浮かない。
 いろいろなものを抱えながらの関東大会。
 その対戦校を決めるためのドロー抽選会が、はじまった。

 全十六校からなる関東大会。
 大きく二つのグループに分けられる今回のトーナメント、シード校は前回の関東覇者東京代表桜爛大附と、神奈川代表才徳学園、千葉代表一色徳英、埼玉代表秀麗八千代と発表された。
 くじ引きによって、Aグループ両端に桜爛、秀麗八千代が入り、才徳は一色徳英とともにBグループ両端へ。その後のシード校を除く抽選の結果、才徳学園初戦は栃木代表の松澤工業高校に決定した。
 松澤工業高校といえば、工業科の実技授業が豊富な男子校であり、テニスについても栃木のなかで突出した実力者が揃った学校として知られている。さほど才徳学園との接点はないため、かの高校に関しては倉持もよく知らないといった。
「それより見ろ、青峰の初戦──一色徳英だ」
「水沢サンたちやったら勝てるやろ。いくら相手がシード校言うても」
「いや、一色徳英の試合は去年見た。アイツらマジで強いぞ」
 と、倉持の視線が一色徳英の席に向く。そこには眼鏡をかけた賢そうな面の男子生徒が微動だにせず座っている。さすがは進学校、放つオーラで頭の良さがにじみ出ている。
 伊織はちらと倉持を見て、フスッとわらった。
「なにわらってんだよ」
「才徳に入ってよかったなぁ思て」
「いや頭についてはおめーに言われる筋合いねえんだけど!」
「あの人が部長さんやろ、名前は?」
「名前ェ? なんつったか、えーとたしかほうじょう──だったかな」
「ほうじょう。……」
「たぶんアイツがS1なのは間違いねえよ。なんせ去年も一年で関東大会出てたからな」
 なんにせよ要注意校だ、と。
 倉持は険しい顔でつぶやいた。
 
 ────。
 抽選会後、一度学校に戻るといった倉持と別れて、伊織はひとり病院へと足を運んだ。愛織が倒れてから、部活がある日もなるべく姉の顔を見に来るようにしている。そうでもしなければ、いつか目を覚まさぬまま息を止めてしまうのではないかと、不安でしょうがなかった。
 すっかり馴染みの病院受付に挨拶を済ませ、エレベーターで六階へ。
 病室に入る。
「……愛織?」
 声をかけた。
 が、返事はない。近づいて顔を覗くと、彼女はいまだ頬を青白くさせたまま眠りについている。
 かばんのなかから新品の濃紺色をしたラケットグリップを取り出して、横の棚に置いた。
「メリークリスマス、愛織」
 カーテンを開けた。
「もうクリスマスやで。早いなぁ」
 まだ十七時すぎだというに、すっかり日も落ちた空は濃紺に染まる。わずかに輝く星々がこちらを見守っている気がして、伊織はぎゅっと指を組んで祈りを捧げる。
 聖夜の奇跡が起こればいい。
 いまここで姉の目が開き、おおあくびをして、よく寝た、なんておどけるんだ。そしたら謝って、クリスマスプレゼントを要求して、──。
 ガラッ、と。
 扉が開く音がした。
 空に祈りを捧げていた伊織が、ふと振り返る。
「……え。?」
 伊織はおもわず声をあげた。
 そこに立っていたのはまさかの、桜爛大附井龍孝臣。彼もまたおどろいたように目を見開いている。
 その手にはおおきな花束が。
 強面の彼が一生懸命花屋で選んでもらったのだろう、伊織はフッと脱力して一礼した。
 井龍もつられてカクリと目礼をひとつ。
「邪魔した?」
「ううん。来てくれておおきに」
 花瓶に水いれてくるわ、と伊織は花束を受け取り、病室から外に出た。
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