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第四章
第20話 小桜紋
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泰吉が、周囲を見渡す。
大阪天満宮の境内は、この時間ゆえかすっかり参拝人も途絶えて息苦しいほど物静かである。普通の耳にざわつくものといえば、天満宮を囲む木々の葉がこすれる音くらいか。
泰吉からして騒がしいものは何もない。
が。
この旧友は苛立ちを隠さず、時折うるせえと怒鳴り付けながら、木々に文句をぶつけている。端から見れば気違いだ。
惣兵衛は先ほど岡部のもとへ向かった。
蕎麦屋の主人という男も、無慚からの指示を受けるやたちまちその姿を消した。いまやこの寒空の下、ふたりきりである。
それで、と泰吉は境内を見回した。
「この泰吉になにを手伝えって」
「ああ。ちと手数がいる仕事でな」
おもむろに無慚がしゃがんだ。
懐の中からコテツが地面に降り立つ。猫は無慚と目を合わせるや、迷いなく社殿柱の根元を掘り出した。土の色がわずかに異なる場所を、である。
「誰かが──ここに犬猫の死骸を埋めていやがるんだ。この無慚、仏の弟子としてひとつきちんと弔ってやろうとおもってな」
「へん。なぁにが仏の弟子や、えらそうに! しかしこれはまた酷いことするのう。うわ、うわうわ。えれェ酷いな!」
「いくら畜生とはいえ、生きてたいのちだ。こんなところに無造作に埋められちゃァ可哀想だろ。あっちの森のなかに、まとめて埋めてやりてえ。手伝え」
「まったく。なーんでわしがこんな」
「ひでえもんだろう。目ん玉ァくりぬかれて」
ぼやく無慚は躊躇なく土を掘り起こす。
人目につかぬ社殿の裏、泰吉は友にならって土を掘り起こした。中から出てくるはいまだ原型を残す犬の死骸。
目玉をくりぬかれた孔からは虫が湧き出している。
うへえ、と泰吉は眉を下げた。
「悪趣味なやっちゃな。なにが楽しくて畜生の目ン玉くり抜くんやろか」
「────」
無慚はむっつりと押し黙っている。脳裏によぎるは、今朝方聞いた花の語り。
──半繰り念珠まで、あとよっつ。
「ある種の供養かもな。……」
ぼつりとつぶやいた。
泰吉はんなわけあるかィ、と叫んだけれど、無慚にはそう思えてならなかった。下手人は分からぬまでも、そいつの目的は分かってきた。おそらく被害者の娘たちにさほど恨みはないのだ。
だから。
おのが毒牙にかかった娘を哀れにおもい、弔いのための半繰り念珠を作っているのである。そのために更なる殺生を重ねて。
面白くない。
「不愉快だ──」
つぶやいた。
草木たちも、先ほどから一様に静まり返り、死骸をなかに抱えた土も昨日とは打ってかわり、その情を表に出そうとしない。
愉快なもんか、と喚く泰吉の声で、無慚は止めた手をふたたび動かして、土に鋤を突き立てた。
それからしばらく。
この異様な空気のなか黙々と土を掘り起こし、発見し得る限りの死骸を泰吉の荷車にのせて境内から出た。野菜を載せる車だぞう、と泰吉はたいそうおかんむりだったが、無慚は気にしない。
ふたりの足は自然と、曾根崎の森へ向かう。
あの森ならばそうそう人が踏み荒らすこともあるまい。とくにあの場所は。……
周囲を見渡して手ごろな大木の根元に目当てをつけると、荷車へ。死骸のほかに積んでいた踏み鋤を手にとった。
それからしばらくはずいぶんと重い沈黙のなかでの作業となった。無慚はむっつりとおし黙り、泰吉も唇を噛みしめて土を掘る。
あたりに響くは、鋤が土をえぐる音と仲間を想って泣くコテツの声、ざわめく木々のさざめきだけ。
「あっ」
ふいに泰吉がさけんだ。
無慚が顔を上げると、泰吉のすがたが見えない。あれっと四方を見渡して気が付いた。いったいどれだけ深く掘ったのか、三間はあろう深穴に尻から落ちている。
無慚はブハハ、とわらう。
「貴様なにやっとるんだ?」
「うるせえッ。落とし穴や、もともと穴が掘られてはった──いってェ」
「どれ、手を伸ばしてみろ。引っ張り上げてやる」
「うん」
泰吉がぐっと腰を上げた。
ずるり、と。
その腰になにかが引っ付いてきた。なんや、と目線を落とすと、腐った肉をぶら下げた腕だったのだろう白骨が、がっしりと泰吉の腰にしがみついている。
それがナニかを理解した瞬間、泰吉はキャンと鳴いて、無慚の伸ばした腕など見向きもせず穴から飛び出し、無慚に抱きついた。
「ほほほほ骨ッ、人骨じゃあ!」
「イテッ。イテェ、こらヤス離せッ。落ち着け!」
「腰を掴んできよったぞッ。コイツ生きとるんかっ」
「このうつけっ。そんなわけがあるか。よく見ろ、骨は骨だがピクリとも動いちゃねえ」
と、無慚が指をさす。
おそるおそる穴ぐらへ首を伸ばした泰吉。無慚の言うとおり、泰吉の勢いによって地中から半身を出した人骨はぐったりと穴のなかで沈黙している。
はーっと息を吐く泰吉であったが、対する無慚はいっそう眉を険しくひそめ、穴ぐらに沈む人骨を検分しはじめた。
モノはそう古くない。朽ちてはいるが、骨のところどころに触れれば崩れ落ちる程度の肉がついている。骨の太さを見るに女のようだった。
「これも女、か……」
「おいッなにまじまじ見とん、気色のわるい!」
「なにを言やがる。これもりっぱなホトケさんだぜ、弔ってやらにゃァ」
無慚が穴ぐらに手を突っ込み、骨にかぶる土を払う。周囲はたちまち腐敗臭が立ち込めた。木々はなにも言わぬが、鳥獣はケンケンと樹上で鳴き出した。
反応したのはこちらもおなじ。
無慚のふところにいたコテツは、あまりの腐敗臭ゆえか地面に降り立ち、あんぐりと口を開けて固まった。臭いに驚愕しているのか、はたまた無心か、心情の読めぬ顔である。
つってもよう、と泰吉は両手で鼻をおさえた。
「くせえよ」
「肉が腐り落ちているところだ。仕方がない」
「……自分のそういう肝の据わったところ、わし嫌いやないで。ほら、あン時もよう。あの武家娘の親からさんざ蹴られ殴られ罵倒されとったとき。お前さん必死に堪えとったもんな。堪えすぎて耳が聞こえんくなるくらい」
「…………」
無慚の手が止まる。
人骨がまとう着物から覗く、あるものを見つけたのである。ソレをゆっくりと袷から引き抜くと、乳房だったろう肉はボロボロと崩れた。
──小刀であった。
「あ、せや」
泰吉が手のひらに拳をばちんと打つ。
しかし無慚の目はかっぴらいたまま、動かない。
「自分のその耳、あそこの父親にやられたんやったな。そうかぁ。それならまあ──娘の命の代償とおもえば」
案外軽かったんちゃうか、と。
うすら笑みを浮かべた泰吉が、ギョッと口をつぐんだ。ゾッとするほど蒼白な顔で、無慚が泰吉を見ていた。どないしたんやと聞く隙もない。
──しばらくにらみ合いの時間が続く。
「────」
ワンワンワンと耳の奥が波打って、無慚の意識が一瞬遠退く。けれど不意に引っ掛かれた足首の痛みによってそれは引き留められた。下を見ると、コテツが不機嫌そうにしなやかな前肢で空を掻いている。
瞬間、無慚の額からどっと脂汗が吹き出た。
手がふるえる。手が。手。────。
「オイッ。オイッたら!」
バチン。
目前で手が叩かれた。泰吉が背伸びをして無慚を見つめている。そのとぼけた顔に脱力し、たちまち無慚の手のふるえは治まった。
「大丈夫か。しっかりせえ」
「……ウルセェ」
「なあ。とりあえず先客はおったけどもよ、穴あるし、ここにみんな埋めようや!」
「あ? ああ──」
荷車に目をやる。
天満宮から掘り起こして載せてきた死骸がゴロゴロと積まれている。なおも呆ける無慚に肩をすくめ、泰吉は荷車を穴のそばまで移動させる。
「いやまてヤス。その死体、出すぞ」
「エッ」
こんどは泰吉の顔が蒼白に変わった。
なんとか苦心して肉付きの人骨を掘り出し、代わりに畜生の死骸を荒々しく穴のなかへ流し入れる。荷車の積荷はまもなく、すべてが土のなかへと埋められた。
近くの大きな石を担ぎ上げ、無慚が盛り土の上に乗せる。簡素ではあるが、畜生の墓にしては十分であろう。胸元からとりだした繰り念珠を手にかけて合掌。
ほんで、と泰吉が腰に手を当てた。
「この掘り出したモンどうすんねん。さすがに荷車載っけたくねえど!」
「分かってる。別にどっかに運ぶわけじゃねえ、ただ──見ろ、これを」
「ウン?」
無慚の手中にある一振の小刀。
鞘は漆塗りで、農夫の泰吉でさえもこれが上等な造りということは一目でわかった。まじまじと鞘を眺める泰吉が、ふとひっくり返した。
オイ泰吉、と無慚がつぶやく。
「さっきてめえが言っていた、あの武家娘の親は──まだこの町にいるのか?」
「え。いやぁ、たしか自分が町から出ていかはったあと、一年もせんうちにどっか移ったらしいで。近江か淡路か、どっか忘れたけど」
「だからか」
「なにが? …………」
泰吉がなにかに気が付いた。
鞘の裏側。慎ましく刻印された、家紋。丸に小桜が散った独特な紋である。
「これは──」
「おけいは一人目なんかじゃァねえ」
「へっ?」
「このホトケもまた、此度の連続するころしの被害者だ」
と。
無慚は手中の小刀をふところに忍ばせた。
大阪天満宮の境内は、この時間ゆえかすっかり参拝人も途絶えて息苦しいほど物静かである。普通の耳にざわつくものといえば、天満宮を囲む木々の葉がこすれる音くらいか。
泰吉からして騒がしいものは何もない。
が。
この旧友は苛立ちを隠さず、時折うるせえと怒鳴り付けながら、木々に文句をぶつけている。端から見れば気違いだ。
惣兵衛は先ほど岡部のもとへ向かった。
蕎麦屋の主人という男も、無慚からの指示を受けるやたちまちその姿を消した。いまやこの寒空の下、ふたりきりである。
それで、と泰吉は境内を見回した。
「この泰吉になにを手伝えって」
「ああ。ちと手数がいる仕事でな」
おもむろに無慚がしゃがんだ。
懐の中からコテツが地面に降り立つ。猫は無慚と目を合わせるや、迷いなく社殿柱の根元を掘り出した。土の色がわずかに異なる場所を、である。
「誰かが──ここに犬猫の死骸を埋めていやがるんだ。この無慚、仏の弟子としてひとつきちんと弔ってやろうとおもってな」
「へん。なぁにが仏の弟子や、えらそうに! しかしこれはまた酷いことするのう。うわ、うわうわ。えれェ酷いな!」
「いくら畜生とはいえ、生きてたいのちだ。こんなところに無造作に埋められちゃァ可哀想だろ。あっちの森のなかに、まとめて埋めてやりてえ。手伝え」
「まったく。なーんでわしがこんな」
「ひでえもんだろう。目ん玉ァくりぬかれて」
ぼやく無慚は躊躇なく土を掘り起こす。
人目につかぬ社殿の裏、泰吉は友にならって土を掘り起こした。中から出てくるはいまだ原型を残す犬の死骸。
目玉をくりぬかれた孔からは虫が湧き出している。
うへえ、と泰吉は眉を下げた。
「悪趣味なやっちゃな。なにが楽しくて畜生の目ン玉くり抜くんやろか」
「────」
無慚はむっつりと押し黙っている。脳裏によぎるは、今朝方聞いた花の語り。
──半繰り念珠まで、あとよっつ。
「ある種の供養かもな。……」
ぼつりとつぶやいた。
泰吉はんなわけあるかィ、と叫んだけれど、無慚にはそう思えてならなかった。下手人は分からぬまでも、そいつの目的は分かってきた。おそらく被害者の娘たちにさほど恨みはないのだ。
だから。
おのが毒牙にかかった娘を哀れにおもい、弔いのための半繰り念珠を作っているのである。そのために更なる殺生を重ねて。
面白くない。
「不愉快だ──」
つぶやいた。
草木たちも、先ほどから一様に静まり返り、死骸をなかに抱えた土も昨日とは打ってかわり、その情を表に出そうとしない。
愉快なもんか、と喚く泰吉の声で、無慚は止めた手をふたたび動かして、土に鋤を突き立てた。
それからしばらく。
この異様な空気のなか黙々と土を掘り起こし、発見し得る限りの死骸を泰吉の荷車にのせて境内から出た。野菜を載せる車だぞう、と泰吉はたいそうおかんむりだったが、無慚は気にしない。
ふたりの足は自然と、曾根崎の森へ向かう。
あの森ならばそうそう人が踏み荒らすこともあるまい。とくにあの場所は。……
周囲を見渡して手ごろな大木の根元に目当てをつけると、荷車へ。死骸のほかに積んでいた踏み鋤を手にとった。
それからしばらくはずいぶんと重い沈黙のなかでの作業となった。無慚はむっつりとおし黙り、泰吉も唇を噛みしめて土を掘る。
あたりに響くは、鋤が土をえぐる音と仲間を想って泣くコテツの声、ざわめく木々のさざめきだけ。
「あっ」
ふいに泰吉がさけんだ。
無慚が顔を上げると、泰吉のすがたが見えない。あれっと四方を見渡して気が付いた。いったいどれだけ深く掘ったのか、三間はあろう深穴に尻から落ちている。
無慚はブハハ、とわらう。
「貴様なにやっとるんだ?」
「うるせえッ。落とし穴や、もともと穴が掘られてはった──いってェ」
「どれ、手を伸ばしてみろ。引っ張り上げてやる」
「うん」
泰吉がぐっと腰を上げた。
ずるり、と。
その腰になにかが引っ付いてきた。なんや、と目線を落とすと、腐った肉をぶら下げた腕だったのだろう白骨が、がっしりと泰吉の腰にしがみついている。
それがナニかを理解した瞬間、泰吉はキャンと鳴いて、無慚の伸ばした腕など見向きもせず穴から飛び出し、無慚に抱きついた。
「ほほほほ骨ッ、人骨じゃあ!」
「イテッ。イテェ、こらヤス離せッ。落ち着け!」
「腰を掴んできよったぞッ。コイツ生きとるんかっ」
「このうつけっ。そんなわけがあるか。よく見ろ、骨は骨だがピクリとも動いちゃねえ」
と、無慚が指をさす。
おそるおそる穴ぐらへ首を伸ばした泰吉。無慚の言うとおり、泰吉の勢いによって地中から半身を出した人骨はぐったりと穴のなかで沈黙している。
はーっと息を吐く泰吉であったが、対する無慚はいっそう眉を険しくひそめ、穴ぐらに沈む人骨を検分しはじめた。
モノはそう古くない。朽ちてはいるが、骨のところどころに触れれば崩れ落ちる程度の肉がついている。骨の太さを見るに女のようだった。
「これも女、か……」
「おいッなにまじまじ見とん、気色のわるい!」
「なにを言やがる。これもりっぱなホトケさんだぜ、弔ってやらにゃァ」
無慚が穴ぐらに手を突っ込み、骨にかぶる土を払う。周囲はたちまち腐敗臭が立ち込めた。木々はなにも言わぬが、鳥獣はケンケンと樹上で鳴き出した。
反応したのはこちらもおなじ。
無慚のふところにいたコテツは、あまりの腐敗臭ゆえか地面に降り立ち、あんぐりと口を開けて固まった。臭いに驚愕しているのか、はたまた無心か、心情の読めぬ顔である。
つってもよう、と泰吉は両手で鼻をおさえた。
「くせえよ」
「肉が腐り落ちているところだ。仕方がない」
「……自分のそういう肝の据わったところ、わし嫌いやないで。ほら、あン時もよう。あの武家娘の親からさんざ蹴られ殴られ罵倒されとったとき。お前さん必死に堪えとったもんな。堪えすぎて耳が聞こえんくなるくらい」
「…………」
無慚の手が止まる。
人骨がまとう着物から覗く、あるものを見つけたのである。ソレをゆっくりと袷から引き抜くと、乳房だったろう肉はボロボロと崩れた。
──小刀であった。
「あ、せや」
泰吉が手のひらに拳をばちんと打つ。
しかし無慚の目はかっぴらいたまま、動かない。
「自分のその耳、あそこの父親にやられたんやったな。そうかぁ。それならまあ──娘の命の代償とおもえば」
案外軽かったんちゃうか、と。
うすら笑みを浮かべた泰吉が、ギョッと口をつぐんだ。ゾッとするほど蒼白な顔で、無慚が泰吉を見ていた。どないしたんやと聞く隙もない。
──しばらくにらみ合いの時間が続く。
「────」
ワンワンワンと耳の奥が波打って、無慚の意識が一瞬遠退く。けれど不意に引っ掛かれた足首の痛みによってそれは引き留められた。下を見ると、コテツが不機嫌そうにしなやかな前肢で空を掻いている。
瞬間、無慚の額からどっと脂汗が吹き出た。
手がふるえる。手が。手。────。
「オイッ。オイッたら!」
バチン。
目前で手が叩かれた。泰吉が背伸びをして無慚を見つめている。そのとぼけた顔に脱力し、たちまち無慚の手のふるえは治まった。
「大丈夫か。しっかりせえ」
「……ウルセェ」
「なあ。とりあえず先客はおったけどもよ、穴あるし、ここにみんな埋めようや!」
「あ? ああ──」
荷車に目をやる。
天満宮から掘り起こして載せてきた死骸がゴロゴロと積まれている。なおも呆ける無慚に肩をすくめ、泰吉は荷車を穴のそばまで移動させる。
「いやまてヤス。その死体、出すぞ」
「エッ」
こんどは泰吉の顔が蒼白に変わった。
なんとか苦心して肉付きの人骨を掘り出し、代わりに畜生の死骸を荒々しく穴のなかへ流し入れる。荷車の積荷はまもなく、すべてが土のなかへと埋められた。
近くの大きな石を担ぎ上げ、無慚が盛り土の上に乗せる。簡素ではあるが、畜生の墓にしては十分であろう。胸元からとりだした繰り念珠を手にかけて合掌。
ほんで、と泰吉が腰に手を当てた。
「この掘り出したモンどうすんねん。さすがに荷車載っけたくねえど!」
「分かってる。別にどっかに運ぶわけじゃねえ、ただ──見ろ、これを」
「ウン?」
無慚の手中にある一振の小刀。
鞘は漆塗りで、農夫の泰吉でさえもこれが上等な造りということは一目でわかった。まじまじと鞘を眺める泰吉が、ふとひっくり返した。
オイ泰吉、と無慚がつぶやく。
「さっきてめえが言っていた、あの武家娘の親は──まだこの町にいるのか?」
「え。いやぁ、たしか自分が町から出ていかはったあと、一年もせんうちにどっか移ったらしいで。近江か淡路か、どっか忘れたけど」
「だからか」
「なにが? …………」
泰吉がなにかに気が付いた。
鞘の裏側。慎ましく刻印された、家紋。丸に小桜が散った独特な紋である。
「これは──」
「おけいは一人目なんかじゃァねえ」
「へっ?」
「このホトケもまた、此度の連続するころしの被害者だ」
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無慚は手中の小刀をふところに忍ばせた。
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