R.I.P Ⅱ ~童子守の庇護~

乃南羽緒

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第二夜

第8話 陸奥へ

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  ────。
 パァーーーン。
 新幹線ホーンがいななく。
 東京初新花巻乗換ののち遠野までの道程では、飛び去る景色が、出発した大都市の様相から青々と緑鮮やかな田園風景へと姿を変えた。三十も半ばというに、森谷茂樹の胸奥にはまるで異国を訪ねたときのような高揚感が湧き上がる。
「新緑が映える季節になりましたねェ。田んぼがこんなにきらきらして」
「春はなんだかそわそわします。私たち人間も、動物も」
 と、通路を挟んだとなりでは藤宮神那と相良冬陽がにこにこと車窓を覗いた。ねえ、そう思いませんか──と藤宮神那がこちらに話をふってきたので「ホンマですねえ」などと当り障りのない相槌をこぼした。神那の向かいに座る従兄の総一郎──いや夏目九重大先生か──は、鼻下長びかちょうらしからぬ緊張した面持ちで、
「僕も春はだいすきなんです。さいわいに花粉症でもないし」
 という面白味のかけらもない無味乾燥な感想を繰り出す。
 それほど本気か、と森谷は内心でわらう。たしか三つ上の従兄である。齢四十も間近になってようやく本気の恋に巡り会えたのかとおもうと、これまでさんざん尻を拭ってきた森谷にしてみれば目出度いことこの上ない。問題があるとすれば、相手がわるいというくらいのものだ。まあ、この男には些細なことなのかもしれないが。
 いまの森谷にとってはどうでもよい。
 ──なんだってオレがこんなところにいてるんや。
 この疑問に尽きる。
 向こうのボックス席を見る。相良冬陽と藤宮神那が並び、その対面には浅利父と総一郎。自分が座るボックス席は、となりでうつむいて本を読む浅利将臣、対面には対照的に指相撲をして盛り上がる藤宮恭太郎、古賀一花がいる。この珍妙な面子で向かうは、冬陽を除くこの中のだれもがほとんど、いやまったくといっていいほど交流のなかった老婆の葬式なのだ。
 浅利父子と藤宮神那はまだ分かる。冬陽から直々に参列を招かれた存在なのだから。百歩譲れば藤宮恭太郎もまた神那の弟として、もっと広げて言えば藤宮の人間として参列するというのも分かる。
 ──異質や。
 とは、自分たちのことである。

 一昨日、一花にそそのかされて──というと聞こえはわるいが──訪れた宝泉寺。そこには思ったとおりの藤宮神那と相良冬陽、それからなぜか藤宮恭太郎のすがたがあった。彼らは相良家当主の葬式を頼むべく寺を訪れ、ひと通り話がまとまったところだったという。
 総一郎の顔を見るや、藤宮神那は「まあ、夏目さん!」と笑顔を見せた。途端に四十路間近の蕩児はデレッと目尻を下げて歯の浮く賛辞を述べたが、宝泉寺への来訪理由について聞かれると一気に口をつぐんだ。まさか、貴女がいると聞いていてもたってもいられず来てしまったなどと、気色のわるいことは言えまい。
 さいわいに一花が「あたしが偶然会って、さそったの」と庇ってくれたので、ストーカー宣言は回避されたが、同時に話題も潰えてしまった。彼女らが「それでは」と会釈をするのを見て、総一郎がとっさに冬陽を呼び止めたのである。
「じつは二十数年前、相良のおうちに訪問したことがあるのです」
 と。
 そのことばを聞くなり、辞去の姿勢を見せていた冬陽がおどろいた顔で身を詰めた。
「二十数年前ですか? それは……」
「僕の祖父が相良の方と親交があったようでですね。それで、先日相良さんとお会いしてから引っかかっていて──ようやく思い出したのです。こっちは僕の従弟で茂樹と言いますが、彼もいっしょにお訪ねしたのですよ。あのとき臨月を迎えていた女性がいらっしゃったのをおぼえていますがもしかすると、あのお腹にいたのが貴女だったのかな」
「──でも、夏目様というお名前は聞いたことが」
「ああ、夏目というのは筆名ですから」
 といって総一郎が本名の名刺を取り出すと、冬陽は生気のない頬をわずかに赤らめて、
「なんてこと!」
 とちいさくさけんだ。
 どうやら、藤宮と浅利のほかにもうひとつ、葬儀へ招待したい家があったのだという。それが図らずも自分たちの家だったわけで。あれよと言う間に話は進み、もしも都合が良いならばぜひ葬儀に参列を──という冬陽の願いに対し、総一郎がふたつ返事で快諾。辞退する気満々でいた森谷も、総一郎の有無を言わせぬ圧により、泣く泣く有給休暇を取る羽目になったのであった。

 なんかさァ──。
 という一花の声で、森谷の意識は現実にもどってきた。
 彼女は先ほどまで楽しんでいた指相撲にも飽きたのか、熱をはらんだ瞳を細めて、将臣、恭太郎、それから森谷へと視線を移す。
「このメンツ見てると思い出すね。シゲさんと初めて会った日のこと」
「そうさなァ。お前らに会うたんも、考えてみりゃあまだたった二か月前のことなんか。体感一週間くらいやわ」
「オジンってみんなそう言う。大人になるとそんなに人生短くなっちゃうの?」
「お前もいまに分かるわい」
 体感一週間は嘘ではない。
 どこかあどけない表情を残すこの三人の子どもたちと初めて顔を合わせた日のことは、一生忘れることはないだろう。彼らとは東京を数十キロ離れた離島で会った。高校卒業記念旅行として訪れた三人と、個人的慰安旅行として赴いた森谷。その地で、四人は世にも奇妙な事件に遭遇してしまったのである。
 力を合わせて解決したことですっかり馴染みになった四人だが、先月、図らずも一同が顔を合わせたコンサートホールにて殺人事件に遭遇。彼らはまた凄惨事件の関係者という立場になった。その事件については、つい先日報告書を書き終えたばかり。森谷の鼻奥にはいまだに血の臭いがこびりついているような気がする。とかく、血なまぐさい事件だった。
「どうしよ。シゲさんといっしょにいると、変なことに巻き込まれるのよねエ。あーこわいったら」
「そらこっちの台詞や。言うとくけどな、オレはそもそも警視庁捜査一課やで。事件に関わって当然の存在なんや。でもお前らは──ちがうやろ。やっぱりお前らが引き寄せてんちゃうか?」
「縁起でもないこと言わないでよオ」
「というかそもそも──なんでイッカまで来たんや。おまえ、相良家とはなんの関係もないやろ?」
「だって恭ちゃんと将臣が行くっていうんだもん。そんならあたしもいっしょに行かなきゃおかしいでしょ」
「お、おかしいんか?」
「なんにもおかしかァありませんよ。なんだってゴールデンウィークに入ってまで三人いっしょにいなくちゃいけないんだ」
 将臣は本に視線を落としたままぼやく。
 その対面に座る恭太郎は、指相撲を終えた時点ですっかり夢の世界へと旅立っている。一花はツンと横を向いた。
「でもいっしょに行きたいって言ったら、和尚はいいって言ったもん。ねーっ、和尚!」
 と、となりのボックス席へと身を乗り出す。
 すると車窓を眺めていた浅利博臣は、ゆっくりと一花を見て柔和な笑みを浮かべた。あまりにも慈しみ深い笑みにおどろいたが、それはほんの一瞬のことで、つぎの瞬間には住職らしい余所ゆきの笑みで「イッカちゃんがいたら百人力だ」と嘯いた。
 そのことばひとつに満足したようで、一花はふふふとわらうと伸びをひとつ。新幹線のアナウンスがまもなく新花巻駅に到着する旨を告げた。車窓越しの景色は一面の田園世界。
 陸奥みちのくに来たのだと、おもった。
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