R.I.P Ⅱ ~童子守の庇護~

乃南羽緒

文字の大きさ
33 / 35
第五夜

第32話 帰着

しおりを挟む
 雨はすっかり上がっている。
 夜明けとともに来た救急隊員によって、淳実は風見付き添いのもと搬送された。風見も一応の検査をおこなうためである。
 岩手県警もまた、明け方すぎに多くの人間を従えて来訪。すでに容疑者確保の報は聞いたらしく、鑑識課による現場検証を中心におこなうとのことだった。原田は夜通し起きていたようで、見張りの来巻や一ノ瀬のふたりは一晩中気を張り詰めたらしい。森谷のところへ挨拶に来た三人は一様にひどい顔であった。
 森谷さん、と腕を広げた来巻は目の下に濃い隈を作っている。
「ほんとうにお世話になりました」
「いやいや──こちらこそ。来巻さんたちが来てくれはってどんだけ荷が下りたことか。原田さん、大丈夫ッスかね?」
「精神鑑定は入るじゃろうなァ。いろいろ考慮されるとはおもいますよ、そのためにいま少し春江さんたちにはお話聞く必要もあるでしょうが」
「まあ、なるようになるか」
「お疲れでしょう。残り少ない休暇になっちまったですが、ゆっくり休んでください」
 と、一ノ瀬も無精髭を撫でながらわらった。
 こうして相良家で起きた凄惨な殺人事件は、雨が止んだ翌日の朝をもって幕を下ろしたのである。

 出立の時。
 浅利父子を筆頭に、外部から来た者たちは荷物をまとめて準備を終えたが、春江と冬陽はいましばらく残ると言った。睦実家族も今後のことについて話し合うべくいますこし残る、とも。
 見送りに外へ出た春江は深く頭を下げた。
「ほんとうにありがとうございました。いろいろとお世話になりまして」
「残らはるんですか」
「いましばらく。警察のみなさんへの協力が必要でしょうし、諸々、片付けねばならないこともありますから。あの孔も──お骨の回収はもう少しあとになりそうです」
「このおうちは?」
 博臣が屋敷を振りあおいだ。
 つられて春江も見上げる。
「これから弟たちとも相談しますが、たぶんなくすと思います。住む者もいないし──あまりにも、悲しい歴史が多すぎて」
「それがよいでしょうな」
 と、住職は顔をもどしてにっこりわらった。
 ここから先の山道は、山に慣れた唐木田巡査部長が案内してくれるという。彼はすでに下山用意を済ませて、葬儀社の井佐原とともにすこし離れた場所で待機している。春江はそちらへ一瞥を向けてから、住職に向き直り、ふたたび頭を下げた。
 住職が春江の肩に手を置く。
「うちの寺で待っています。お骨を、納骨せにゃなりませんからね」
「はい。かならず。必ずお骨を持って、お訪ねします」
「冬陽さん!」
 住職の横から、神那が冬陽のもとへと駆け寄る。
「道場で待っていますから!」
「か──神那さん」
「またいっしょに。約束ですよ」
「……ええ。かならず行きます」
 冬陽は泣きそうな顔でわらった。
 浅利父子や藤宮姉弟が続々と唐木田のもとへ歩き出す。そのあとに続いて歩き出した森谷と総一郎。三歩ほど進んで再度振り返る。縁側から顔を覗かせて手を振る影がひとつ、ふたつ──。
 ──睦月と心咲か。
 と、森谷が総一郎の肩を小突き、指をさす。従兄はうれしそうに「さよなら」と手を上げて大きく振った。森谷もまたそれにつられて手をあげる。そのとき、気がついた。
 みっつ、よっつ、いつつ、むっつ──。縁側から覗く影が、どんどん増えている。いずれもちいさなちいさな影ばかり。しかし総一郎には視えていないのか睦月と心咲にむかって二言、三言、声をかけている。
 森谷は幾度か目をこすり、影を凝視する。
 すると一花がおもむろに腕を絡めてきた。彼女はうれしそうに影たちにむかって大きく手を振っている。
「おいイッカ──」
「アッハ……みんな、良かったねエ」
「みんな? な、なにが?」
「ナニって、見えてんでしょ。あの子達。わらってんじゃん」
「や、やっぱりいてるんか。わらし様たち……」
「さよオならーッ」
 と。
 いう一花のおおきな挨拶に満足したのか──影たちはすう、と一斉に消えていった。いまだ信じられぬ光景に目を白黒させる森谷だが、やがて一花に腕を引っ張られたことで我に返る。一花はそのまま、総一郎と森谷の腕をひっぱって駆け出した。無邪気にわらう。上機嫌らしい。
 いまいちど振り返る。
 縁側からは睦月と心咲が、門前には春江と冬陽が。彼らはいずれも雨上がりの空の下、キラキラと美しく映った。
 
 ※
 東京駅に降り立った一同は、みな一様に疲れた顔をしていた。いや──一花だけは引き続いて上機嫌だったが。
 新幹線のなかでは蓄積した疲労を解消するため惰眠をむさぼった。おかげか、後頭部あたりの脳みそはすっきりしている。とはいえ三十も半ばを過ぎたからだは昨日の救出劇のおかげでいまさらふくらはぎから下が重だるい。
 足を引きずるように歩く森谷のとなりで、総一郎が大きく欠伸をした。
「きのうは大変な一日だったねえ。シゲはいつまで休みなの?」
「今日までですけど何か?」
「わあ。それは、ご愁傷様」
「ええのうフリー業は!」
「クサクサするなよ。また酒でもおごってやるから」
 といって、総一郎は背後で笑い合う恭太郎と一花に近づいて行った。
 従兄のうしろ姿をじとりとねめつけてから、公僕である身を恨めしくおもう森谷の肩がたたかれる。
 振り返ると、神那が物欲しげにこちらを見つめていた。
「ああ、散々な休暇になってもうて──お仕事保育士さんですよね?」
「え、ええ。一応ゴールデンウィークいっぱいはお休みいただけるんです。あの、森谷さんには言いにくいですけれど……」
「いやいや。所詮は公僕の身ですから。明日からまたシャキシャキ働かせてもらいます」
「ほんとうに──お疲れさまでした。昨夜の森谷さんとっても心強くて。休暇中なのに警察のお仕事しっかりとしてくださって、ありがとうございました」
「や、はははは。心に沁みますな、藤宮さんにそう言っていただけると」
「神那」
「は?」
「…………」
 恥ずかしそうにうつむく神那から緊張が伝わる。
 なぜか自分のからだも強張った。
「ふ、藤宮は兄妹が多くて──苗字だとややこしいですから。その。どうぞ、神那と」
「ああ。あー、五人兄弟でいらっしゃいますもんねェ。ほんなら、うん」
「…………」
「神那さん、に。そう言っていただけると」
「──はい!」
 神那はパッと頬を染めてわらった。
 妙なことになった──と森谷が無精ひげの生えた顎をさすったところで、先頭を歩く浅利博臣が振り向いた。
「それじゃあ私たちはこれで」
「あ、ハイ。ホンマにお疲れさんでした」
「森谷さん」
「はい?」
 博臣は熱っぽい瞳を森谷に向けた。
 彼の息子もよくする目つきだ。やはり親子だな、と場違いにおもった。
「今後とも息子共々、どうぞよろしくお願いします」
「ああ。そらもうこちらから願い出ることですわ。また近いうち、おたくの息子さん食べ放題に誘いますから。な、まークン」
「つぎは焼肉でお願いします」
「ええけど、来る前に牛丼二人前くらい食うてきてくれへん?」
「べつに奢れって言ってるわけじゃないですよ。大学の図書館でバイトする予定ですから」
「そら安心や」
 森谷はこのダブルスコアも間近な少年を前に、ホッと肩を撫でおろした。
 それからまもなく、将臣は博臣とともにタクシー乗り場へと向かった。一花と恭太郎もともに行くものかとおもったが、彼らは藤宮家の執事が迎えにくるという。
「じいやが来るのさ。僕らはそれに乗って帰るけど──シゲさんたちはどうする?」
「神那さんも乗るの? それなら僕らも──」
「いやいや。人数オーバーやろうし、オレらは遠慮するわ。な! 総一郎」
「…………分かったよ」
「ほな、気ィつけてな。恭クンもイッカも、ふじ──神那さんも」
「おふたりも、ゆっくりお休みください」
 といって神那は淑やかにお辞儀をした。
 去り際、森谷の腕が引っ張られた。なにかとおもえば恭太郎である。彼はそのあまりに端正な顔をぎゅっとゆがめて森谷の顔に近づけた。
「な、なんや」
「……僕は応援するよ」
「あ?」
「シゲさんなら、あのもやし男よりは、まだ容認できる」
「なんの話や」
「別に! じゃあね──ああそうだ。
 ふいと恭太郎がうしろの総一郎へ声をかけた。
 彼はびくりと肩を揺らす。恭太郎に声をかけられることに慣れていないらしい。
「浅利の和尚から、去り際の伝言」
「え?」

「元気そうでよかった。またいつでもいらっしゃい──とさ」

 恭太郎のことばに、森谷はぽかんと口を開けた。
 こちらのリアクションも聞かぬうちに、恭太郎は姉と一花を連れてさっさと出口の方へと歩いていってしまった。残された森谷と総一郎は、しばしその場に立ち尽くす。
 たしかに互いに存在を知っているような会話をしていたが、まさか本当に。
 森谷は従兄を見上げた。
「ホンマに知り合いやったんか」
「いや──…………うん」
 僕らの恩人だ、といって、総一郎は寂しそうにわらう。
「ごめんシゲ。僕、寄るところができた」
「なんやねん。どこ?」
「本家だよ。いっしょに行く?」
「…………遠慮する」
「言うとおもった。それじゃあここで」
「ああ。──総一郎」
「うん?」
「いや。あー、おまえプロット、どうするか決まったん?」
「ああそうだな、いっそ──幻想小説にでもしてみるかな。薙刀使いと神仏妖怪がタッグを組む、勧善懲悪物語とか」
「おまえの担当編集者さん、大変そうやなぁ」
「うるさい。それじゃあね。シゲも帰り気を付けて」
 総一郎はタクシー乗り場の方へと立ち去った。
 ひとり残され、おもむろに周囲を見回す。連休初めらしい駅の雑踏が耳奥にこびりつく。
 とくに用事もない。迎えに来る者も、ない。
 森谷はすこし考えたのち、携帯を取り出して発信操作をする。なんだか無性に、不愛想な同僚の声が聞きたくなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

秘書と社長の秘密

廣瀬純七
大衆娯楽
社内の調査のため、社長・高橋健一はこっそり秘書・木村由紀と不思議なアプリで入れ替わることに。 突然“社長役”を任された由紀と、自由に動ける立場を手に入れた高橋。 ふたりの秘密の入れ替わり作戦は、どの様な結末になるのか?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

処理中です...