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新人魔法師の調べもの

同日、同じ名前

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「うん、大丈夫そうだね」
「あ、ありがとうございます……」

 朱音に魔法をかけると、少女はうんうんと頷いた。

「母さんが連絡してたから仕事のことは気にしないでゆっくり寝ててね。ここ、使ってない部屋だし」
「何から何まで……本当にありがとうございます。ええと……」
「あー、名前言ってなかったね。あたしは夏希」
「……え?」
「清水夏希。よろしくね」

 魔法復活後、生まれてくる女児の多くは「天音」か「夏希」と名付けられたという。事実、魔法考古学省には同じ名を持つ者が数多く存在する。

 だが、まったく同じ名前というのは、そういない。というか――

「……若槻ではなく?」
「結婚したからー」
「はっ!? おいくつですか!?」
「24」
「嘘でしょ!?」

 何度見ても少女にしか見えない。だが、見せてもらった魔法師免許に記載されている生年月日は、彼女が24歳だと証明していた。

「あの……」
「うん?」
「……どこかでお会いしたことあります?」
「え、ナンパ?」
「違います!」

 確かにそんな風な言い回しになってしまったが、断じてそういうつもりではない。
 ただ、朱音の中の何かが、彼女と会ったことがあると告げているのだ。どこで会ったのだろう。夏希を見つめていると、彼女は小さく笑った。

「……お前とは会ったことねぇけど」
「え」

 急に低い声がしたので目を見開く。先程までの可愛らしい声と同じ声帯から出たとは思えない声だ。

 だが、何故か、朱音の中の何かは「それが自然だ」と告げてくる。

「お前の先祖とは会ったことがあるよ……ホントに、天音にそっくりだな」
「どういうことですか……?」
「そのままの意味だよ。あたしは『清水夏希』。100年前、お前の先祖の上司だった女だ」
「……生まれ変わりとでも言うつもりですか? 信じられない……」

 信じられない。それが朱音の気持ちだ。だというのに、先ほどからずっと朱音の心に語り掛けてくる何かは、「そうだ」と、「それが正しい」と言ってくる。

「お前の先祖の話をしてやろうか?」
「そんなもの、誰だって言えますよ。有名人ですから」
「ならプライベートなコト言ってやるよ」
「言えるものならどうぞ」

 どうせ、大したことは言えやしない。鼻で笑う朱音に、夏希は気を悪くした素振りも見せず、

「サメのぬいぐるみ」

 と口にした。

「お前の家にあるだろ。保護魔法かけられた、サメのぬいぐるみ。天音が恭平と付き合う前に、クレーンゲームで取って貰ったヤツ」
「どうして、それを……」

 実家にある、サメのぬいぐるみ。どこにでもあるようなそれに、しっかりと保護魔法がかかっていたのを、朱音はずっと不思議に思っていた。母にそう質問すると、夏希が言ったことと同じ言葉が返って来たのだ。高祖母の大事なものなのだと。ずっと大切にしていたのだと。

「そりゃ、天音が貰ったその日に見たからな」
「……本当に、あの『清水夏希』の生まれ変わりなんですか?」
「まだ足りねぇか? ならお前の先祖の恥ずかしい話でもしてやるよ。アイツ、飛行魔導苦手で全然浮かなくてな。そんで箒に乗ってて……」

 それから、夏希は身内か当時の人間しか知らないようなことを次々に話した。偉人として取り上げられている伊藤天音は、魔法のために力を尽くしたとされているが、最初は魔導が嫌いだったこと。無趣味でワーカホリック気味で、放っておくと休みの日まで仕事をしていたこと。

「それと……」
「わ、わかりました! 信じますから!」

 まだ疑ってはいるが、次々に先祖の話が出てくるので、一旦信じたことにする。まだ話せるぞ、と夏希は言ってきたが、これ以上先祖の情けない話は聞きたくない。

「しっかし、ホントにそっくりだな」

 愉快そうに夏希は笑う。その瞳を向けられて、朱音は全身が凍り付くような感覚がした。あの目だ。朱音を通して、天音を見ている目。朱音を視界に入れているはずなのに、朱音を見ていない。

「やめてください!」

 気づけば、朱音はこちらに向けられていた夏希の手を振り払っていた。白く滑らかな小さい手が、朱音が力強く叩いたせいで赤くなっている。

「……ふぅん?」

 夏希は怒るわけでもなく、ただ何かに気づいたように僅かに口角を上げた。その態度すら今の朱音にとっては気に入らない。

「支部長も上野さんも……っ、皆、100年前のことを知る人は私を通してあの人を見てるっ! 私は……私は天音じゃない!」
「……なーるほど。溜め込みすぎて爆発するトコも似てんなぁ」
「だから、それをやめてくださいって……」
「そうやって言ってる自分が、1番天音と比較してるクセに何言ってんだ」
「っ!?」

 図星だった。何も言い返せない。
 だって、朱音の人生には、必ず天音の存在があったのだから。高祖母だったらもう大臣になっていたのに。天音だったら、あの人だったら。そんなことばかり考えていた。

「『伊藤天音』を夢見た哀れな魔法師ってトコか。お前の先祖もそうだったけどな。理想と現実ってのは少なからず違いがあるモンなんだよ。それなのにそれをわかろうともせず、自分のコトも、周りのコトも見ようともせずにその場でジタバタしてるだけじゃ、なんも得られねぇよ」
「何を……」
「お前は気づいてないかもしれねぇけどな。天音の話を聞くとき、ずっと眉間に皺よってんだ」

 聞きたくない、もう話すなって言ってるみてぇに。
 夏希はトントン、と自身の眉間を軽く叩いた。

「嫌だろうがなんだろうが、まずは話を聞けよ。お前に必要なのはそこからだ」

 そう言う夏希は、まっすぐに朱音を見つめていた。
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