4 / 140
新人魔導師、配属される
同日、10時1分
しおりを挟む
転属したい。
ひっそりと呟いた本音は、夏希の耳に届いてしまったらしい。視線を合わせるようにしゃがみこむと、うんうんと頷く。
「いいよいいよ、好きにしな。何しろこの業界人手不足だからねぇ。少しでも長く働いてもらうために魔導師の希望は基本通るし。ウチの最短記録は会って1分だから、まだキミはもった方」
むしろその1分で何があったのだろうか。そちらの方が気になってしまう。一体何をしたんだこの人。
「ウチからの転属希望なら上も不思議に思わないよ。皆すぐそうするし。ただまあ、その後キミがどこに行けるかまではわからないけど」
その言葉にはっとする。
そうだ。私は魔導考古学研究員になると、そう両親に言ったではないか。
おめでとうと言ってくれた母を、父を裏切るわけにはいかない。
「……いえ。失礼いたしました」
「へー、珍しいタイプ。まあいっか、じゃあ案内続けるよ」
少し驚いたように見えるものの、夏希はすぐに切り替えて案内を続ける。
医務室の扉を閉めて、再び歩き出した。
「あっちは客間……まあ、外部からのお客さん相手にするトコね。めったに使わないけど」
「はい」
「お風呂はここで、トイレはあっち。って言っても、基本皆こっちは使わないよ。たまに雅……医療班の班長が使ってるかな」
「はい」
「んで、ここが食堂」
再開してからここまで、ざっくりとした説明しかされていなかったが、食堂だけは立ち止まって話が始まった。
「朝昼晩、何にもなければここでご飯食べるから覚えといて」
「何もなければ?」
「今みたいに研究に夢中になってこない子もいるし、外に食べに行く子もいるからね。いるときはそこのホワイトボードに名前の書いたマグネット貼っといて。キミのはまだないからちょい面倒かもだけど名前書いといてね」
食堂の壁には、洋風な見た目に似つかわしくないホワイトボードがあった。左半分にはメニュー、右半分はさらに半分に分けられ、「いる人」「いらない人」と書かれている。今のところ、7つのマグネットが「いらない人」の下に貼られている。
「食堂の方がいるんですか?」
「大きいトコはね。ウチは昔はいたけど今はいないよ。ただ、料理のできる子が作ってくれてんの。今いるかなー……かーずまー?」
キッチンを覗き込んで、誰かの名を呼んでいる。しかし、天音の魔力探知―どこにどれだけの魔力があるのかを探す能力―によれば、ここには夏希と自分しかいない。
だと言うのに、調理器具の陰から、小さな声がした。
「は、はい、なんでしょう……」
「えっ!?」
「ひっ、お、驚かせてすみませんっ、ごめんなさい……」
現れたのは、どうやって隠れていたのかわからないほど背の高い青年だった。眉の下がった気弱そうな顔立ち。軍服というよりはコックコートめいた魔導衣。何故か今にも泣きそうな表情をしていることを除けば、なかなかの美青年だ。
「し、知らない魔力の匂いがしたから、つい隠れちゃいました……し、新人さん、来てくれたんですね……あ、じ、実はもう転属願出されてるとか……?」
「一応まだー」
「あ、よ、良かった……」
どれだけ転属率が高いんだ、ここ。
天音はもはや脳内で乾いた笑いをこぼすことしかできない。
「あ、えっと……山口和馬っていいます……い、一応、魔導解析師です……」
天音は研究員として最も低いランクの魔導解読師。その上が魔導解析師である。大半の研究員が魔導解読師から上に行くことができないとされているこの状況で、魔導解析師が当たり前のように所属していることに驚く。
少数精鋭。その言葉には、嘘はなかったようだ。
ひとまず、転属は話を聞き終わってからでもよいかもしれない。
ひっそりと呟いた本音は、夏希の耳に届いてしまったらしい。視線を合わせるようにしゃがみこむと、うんうんと頷く。
「いいよいいよ、好きにしな。何しろこの業界人手不足だからねぇ。少しでも長く働いてもらうために魔導師の希望は基本通るし。ウチの最短記録は会って1分だから、まだキミはもった方」
むしろその1分で何があったのだろうか。そちらの方が気になってしまう。一体何をしたんだこの人。
「ウチからの転属希望なら上も不思議に思わないよ。皆すぐそうするし。ただまあ、その後キミがどこに行けるかまではわからないけど」
その言葉にはっとする。
そうだ。私は魔導考古学研究員になると、そう両親に言ったではないか。
おめでとうと言ってくれた母を、父を裏切るわけにはいかない。
「……いえ。失礼いたしました」
「へー、珍しいタイプ。まあいっか、じゃあ案内続けるよ」
少し驚いたように見えるものの、夏希はすぐに切り替えて案内を続ける。
医務室の扉を閉めて、再び歩き出した。
「あっちは客間……まあ、外部からのお客さん相手にするトコね。めったに使わないけど」
「はい」
「お風呂はここで、トイレはあっち。って言っても、基本皆こっちは使わないよ。たまに雅……医療班の班長が使ってるかな」
「はい」
「んで、ここが食堂」
再開してからここまで、ざっくりとした説明しかされていなかったが、食堂だけは立ち止まって話が始まった。
「朝昼晩、何にもなければここでご飯食べるから覚えといて」
「何もなければ?」
「今みたいに研究に夢中になってこない子もいるし、外に食べに行く子もいるからね。いるときはそこのホワイトボードに名前の書いたマグネット貼っといて。キミのはまだないからちょい面倒かもだけど名前書いといてね」
食堂の壁には、洋風な見た目に似つかわしくないホワイトボードがあった。左半分にはメニュー、右半分はさらに半分に分けられ、「いる人」「いらない人」と書かれている。今のところ、7つのマグネットが「いらない人」の下に貼られている。
「食堂の方がいるんですか?」
「大きいトコはね。ウチは昔はいたけど今はいないよ。ただ、料理のできる子が作ってくれてんの。今いるかなー……かーずまー?」
キッチンを覗き込んで、誰かの名を呼んでいる。しかし、天音の魔力探知―どこにどれだけの魔力があるのかを探す能力―によれば、ここには夏希と自分しかいない。
だと言うのに、調理器具の陰から、小さな声がした。
「は、はい、なんでしょう……」
「えっ!?」
「ひっ、お、驚かせてすみませんっ、ごめんなさい……」
現れたのは、どうやって隠れていたのかわからないほど背の高い青年だった。眉の下がった気弱そうな顔立ち。軍服というよりはコックコートめいた魔導衣。何故か今にも泣きそうな表情をしていることを除けば、なかなかの美青年だ。
「し、知らない魔力の匂いがしたから、つい隠れちゃいました……し、新人さん、来てくれたんですね……あ、じ、実はもう転属願出されてるとか……?」
「一応まだー」
「あ、よ、良かった……」
どれだけ転属率が高いんだ、ここ。
天音はもはや脳内で乾いた笑いをこぼすことしかできない。
「あ、えっと……山口和馬っていいます……い、一応、魔導解析師です……」
天音は研究員として最も低いランクの魔導解読師。その上が魔導解析師である。大半の研究員が魔導解読師から上に行くことができないとされているこの状況で、魔導解析師が当たり前のように所属していることに驚く。
少数精鋭。その言葉には、嘘はなかったようだ。
ひとまず、転属は話を聞き終わってからでもよいかもしれない。
0
あなたにおすすめの小説
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
【完結】そして異世界の迷い子は、浄化の聖女となりまして。
和島逆
ファンタジー
七年前、私は異世界に転移した。
黒髪黒眼が忌避されるという、日本人にはなんとも生きにくいこの世界。
私の願いはただひとつ。目立たず、騒がず、ひっそり平和に暮らすこと!
薬師助手として過ごした静かな日々は、ある日突然終わりを告げてしまう。
そうして私は自分の居場所を探すため、ちょっぴり残念なイケメンと旅に出る。
目指すは平和で平凡なハッピーライフ!
連れのイケメンをしばいたり、トラブルに巻き込まれたりと忙しい毎日だけれど。
この異世界で笑って生きるため、今日も私は奮闘します。
*他サイトでの初投稿作品を改稿したものです。
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜
二階堂吉乃
ファンタジー
瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。
白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。
後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。
人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。
現代知識と木魔法で辺境貴族が成り上がる! ~もふもふ相棒と最強開拓スローライフ~
はぶさん
ファンタジー
木造建築の設計士だった主人公は、不慮の事故で異世界のド貧乏男爵家の次男アークに転生する。「自然と共生する持続可能な生活圏を自らの手で築きたい」という前世の夢を胸に、彼は規格外の「木魔法」と現代知識を駆使して、貧しい村の開拓を始める。
病に倒れた最愛の母を救うため、彼は建築・農業の知識で生活環境を改善し、やがて森で出会ったもふもふの相棒ウルと共に、村を、そして辺境を豊かにしていく。
これは、温かい家族と仲間に支えられ、無自覚なチート能力で無理解な世界を見返していく、一人の青年の最強開拓物語である。
別作品も掲載してます!よかったら応援してください。
おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる