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新人魔導師、配属される

同日、21時5分

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 結局、この日はひたすら「家」の本を読んで終わってしまった。副所長は途中で仕事が入ったとどこかへ飛んでいってしまったし、和馬は大抵食堂でメニューを考えたり、研究をしたりしていた。それ以外、人は見当たらなかった。

「やっぱり、転属希望出そうかな……」

 ベッドに寝転がりながら、天音は1人呟いた。

 元々、天音は魔導師を志望していたわけではない。かといって、和馬のように何か夢があったわけでもない。

 ただ、ごく普通に勉強して、成績がよかったので地元では有名な進学校に入学して。そこでも成績がよかったので、難関と言われる大学を目指して受験勉強をしていた。

 勉強は得意だった。だからこそ、養成学校でも2位で卒業することができた。
 何かを覚えるのは得意だし、考古学には興味もあった。けれど、魔導考古学となると話は別だ。

 天音は、魔導研究がされる以前、ファンタジーと呼ばれたジャンルの小説が好きだった。箒に乗って空を飛び、杖を振って呪文を唱えるあの世界に憧れていた。

 けれど。実際の魔導は箒に乗らなくとも空を飛ぶことができる(実際副所長もそうやってどこかへ飛んで行った)し、杖ではなくペンを握って、呪文ではなくただ特殊な文字を書くだけだった。

 現代の魔導は、天音の憧れていた小説とは全く異なるのだ。
 やたら科学的だし、法律で雁字搦めになっていて自由は少ないし、何もかも数値化されていてロマンがない。魔法は好きでも、魔導は好きになれなかった。

 だから、さっさと出世して、魔導考古学省の上層部にでも行って、研究せずに事務仕事だけしていたかった。魔導考古学省で正式に働くためには、国立研究所での班長以上の役職を経験する必要がある。

 それだけで言えば、この研究所はなりやすいかもしれない。

 しかし。「国にも見放された、弱小研究所」の班長になったからと言って、魔導考古学省は雇ってくれるだろうか。

「やっぱり、今からでも移るべきだよね……」

 首都の第1研究所は無理でも、2以下なら受け入れてくれるかもしれない。そこなら、ここよりは出世の可能性があるだろう。

「でも、今のままの魔導生成値じゃなあ……」

 総合的な評価は悪くない。けれど、魔導師に最も必要な生成値が、天音には足りていない。訓練をすれば伸ばすことはできるが、生成値は1番才能がものをいう、というのが一般論だ。

「数値を伸ばしてからでも、遅くはないかな……」

 何せ、魔導復元師がいる研究所なのだ。いくらでも学ぶことはできるだろう。少数精鋭、夏希はそう言っていたのだから、他の研究員も高ランクの魔導師のはずだ。

 ひとまず、明日の研修の準備をしておこう。
 ベッドから起き上がって、荷物の整理を始めた。

 天音が準備をしている頃、地下5階の部屋では帰ってきた夏希が資料を広げていた。
 そこには、和馬の姿もある。

「新人ちゃん、どんなカンジ?」
「なんというか……ずっと、つまらなそうでした。あと、常に……どこかがっかりしたような顔をしていて」

 慣れた相手しかいないからだろうか、和馬は緊張することなく話している。
 その彼の言葉に頷いて、夏希は低い声で笑った。

「だろうね」
「やっぱり、転属しちゃいますかね……」
「かもね。でも、別にいーんじゃない? あの子の人生だし」
「ドライ! 冷たいですよ副所長!」

 和馬の言葉はスルーして、夏希は立ち上がった。ヒールの音が鳴り響く。

「向こうが言うまでは研修はするさ。これサボるとアイツに𠮟られんだ。まあ、あの新人がどれくらいもつかわかんねぇけど」
「そんなこと言って。最初から面倒見る気じゃなきゃ、ここまでしないでしょう。悪役ぶる癖、辞めたほうがいいですよ」

 低い声と男勝りな口調は、昼の明るく無邪気な様子からは考えられない。しかし、和馬は驚くことなく会話を続ける。

「俺、あの子は残ると思います。俺が副所長を見て、残ろうって思ったのとおんなじように、きっとあの子も、ここにいればわかるはずです」
「へえ」
「俺が勝ったら、副所長の自腹で調理器具買ってください」
「まだ辞めるとも賭けるとも言ってねぇだろうが」
「はい決まり! 俺が負けたら副所長にアイス奢ります!」
「お前、慣れた相手にはホント容赦ねぇな……」

 つり合いとれてねぇだろ、それ。
 夏希は面倒くさそうに言うものの、断るとは言わなかった。
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