【完結】国立第5魔導研究所の研究日誌

九条美香

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新人魔導師、配属される

同日、9時35分

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 魔導師というのは、大抵健啖家である。
 魔力を生み出すにもエネルギーが必要であり、かつ今日の魔導師の多くは体を動かす仕事でもあることから、高確率で食堂に人がいる。

 今日もまた、朝食の時間からそう経っていないというのに、軽食をつまんでいる双子がいた。そんな2人に、和馬は紅茶を淹れている。

「あ」
「ん」
「あ、ど、どうしました? お腹空いてます?」

 何か作ろうとする和馬を止めて、天音は椅子に腰かけた。

「今、その……副所長のことを、聞いてまわってまして……」
「アンケートだ」
「調査だ」
「え、と、突然ですね……うーん……」

 急に聞いたにも関わらず、きちんと答えてくれるようで、3人とも言葉を選ぶように考え始めた。なお、その間も双子は頬袋をパンパンにしてサンドイッチを食べていた。

「俺はここしか知らないから、比較はできないんですけど……」
「それでもいいんです、お願いします」
「……あまり、恵まれた環境にいなかった人、なんだとは思います」

 和馬は言いづらそうに俯いた。両手を祈るような形で握り、テーブルの上に置いている。

「俺が初めてここで料理を作ったとき、『初めて食べた』って言ってたんです」

 ごくごく普通の朝食だった。炊き立ての米と、豆腐とワカメの味噌汁。だし巻き玉子と焼き魚。納豆と漬物はお好みでどうぞ。そう伝えたとき、夏希は恐る恐るといった様子で盆を受け取っていた。

「ただ、料理が苦手な方がご家族にいらっしゃるとか、朝はパン派だとか、そういうのだと思ったんです。でも、違いました」
「と、言うと……?」
「副所長が初めて食べたのは、『誰かが自分の為に作ってくれた、温かいご飯』だったんです」

 食べ終わった後、夏希は初めて知った、と言ったのだ。食事が温かいことも、誰かが自分のために作ってくれたものが美味しいことも。安心して、お腹いっぱい食べられることがあることも、その日初めて知ったのだという。

「和馬が来るまで、ここには魔導考古学省から派遣された栄養士がいた」
「私たちは普通のご飯だったけど、夏希は違うメニューだったみたい」
「気づいてあげられなかった」
「悔しかった」

 食べ終わった双子が悲しそうな顔をして言った。使っていた皿は和馬が洗浄魔導で綺麗にし、食器棚に仕舞われていった。カチャカチャという音だけが響く。

 しばしの沈黙の後、はるかはティーカップを抱えて紅の水面を覗き込みながら呟いた。

「家族も、いるけどいないって言ってた」
「旦那さんはいるけど」
「え、ちょっと待ってください、え? あの人既婚者なんですか?」
「うん」
「そう」

 いるけどいない、という意味深な返答も気になるが、それ以上の衝撃が天音を襲った。あの夏希が、正直見た目は中学生な彼女が、結婚しているという事実に驚きを隠せない。

「旦那さん以外の家族の話は聞いたことはない」
「多分、いい人たちではないんだと思う」
「そう、ですか……」

 家族に恵まれ、早期に適性が判明し、24という若さで国立研究所の副所長にまで上りつめた。これが、天音の夏希への勝手なイメージだった。魔導師になるべくしてなった天才なのだと、そう思っていた。

「魔導発見の年に適性判明したっていうのは聞いた」
「だからあんまり学校には通えなかったって」

 今でこそ法が定められているが、魔導発見の当初はあちこち大騒ぎで法律どころではなかったと聞く。適性が判明すればすぐにでも招集され、「乳飲み子以外は全員魔導師」と言われたほどだった。何人もの子どもが魔導以外を学ぶ機会を奪われ、そのことに対して強い批判が寄せられた。今では当時の被害者たちが特例で学校に通うことができている。

また、中学までの義務教育期間は保護対象となるのみで魔導師認定はされず、定期健診のみで済む。義務教育でなくても、工学や医学など、専門知識が必要とされる分野では、技術班や医療班の人員確保のため、大学まで実務を行わなくてもよいことになっている。

だが、夏希のいたころはそうではなかったのだろう。
彼女は、魔導師以外の選択肢などなかったのだ。

「魔導適性値99」
「え?」
「副所長の適性値です。生成、耐久、循環、探知、構築のどの値も99を記録しています。これは、12年前から変わらないそうです……」

 歴代の魔導師で、その数値を超えた者が何人いるだろうか。少なくとも、天音は知らない。魔導史というのは歴史が浅い学問のため、さほど重視されていなかった。

「そんな子どもがいたら、確かに捕まるわ」
「うわっ!?」

 気づけば恭平が天音の横に座っていた。瞬間移動の術だろう。その魔力を探知できなかったとは情けない。

「いっぱい魔力の音がするから、いいもんでもあるのかと思ったら随分重い話してるなと思って」
「食い意地張ってる」
「何、成長期?」
「まあオレ10代だから。2人と違ってさ」
「余計」
「不要」

 双子からの冷たい視線をものともせず、恭平は身を乗り出して天音に近づいた。急に距離を詰められたので、思わず後ろにのけぞる。しかし、恭平はさらに身を乗り出し、天音の目を見てはっきりと言い放った。

「正直言いますと、オレ、アンタ苦手です」
「と、突然なんですか……?」
「あ、一応夏希に関係あることですよ。まあ、雅もおんなじ考えだと思うんですけど」

 陰口を言われるよりはマシだが、こうも真正面から苦手だと言われると傷つく。何かしてしまったのだろうか。

「オレ、特定魔導保護対象で、第1研究所にいたんですよ」
「あ、そうなんですね……ええと?」

 話の流れが見えない。困惑していると、話の続きを促すように双子が恭平を小突いた。

「いてっ、やめろよな……あー、ええと。自己評価高いクセに実力はそこそこで、自分より努力してる人のこと見もせずに天才って決めつけて、その人の努力を認めないとことかが第1のヤツらにそっくりで、気が合わないなって思います。多分雅もそうなんじゃないかな。だからアンタが辞めるように仕向けた……いや、そういう風にしようとした。それに夏希は気づいて、雅が悪者になる前にその役を買って出たんじゃないんですかね。ま、あくまでオレの想像ですけど」

 それだけ言うと、恭平は水色の魔力と共に去って行ってしまった。

(……どういうこと?)

 訳がわからない。
 しかし、立ち止まるわけにもいかない。
 天音は勢いよく立ち上がる。

「すみません、ありがとうございました!」

 食堂の扉を閉めながら叫ぶように礼だけ言って、医務室へ走り出した。
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