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新人魔導師、特訓する
同日、体力育成
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体力育成というが、今の天音はスーツ姿である。流石にこれでトレーニングはしたくない。どうしようかと考えていると、夏希が革手袋に包まれた指先を振って文字を書いた。
「悪い、デザインは得意じゃないんだ。お前がいた学校のジャージそのままパクった」
どうやら魔導で服を作り出してくれたようだ。紺のジャージに緑のライン。ご丁寧に名字の刺繍までされている。
「わ……ありがとうございます」
さりげなく高難易度の術を使われた。恐らく、まだ形になっていない布に術をかけてジャージにしたものを、どこからか呼び寄せた上に天音のスーツと入れ替えるというのを、一瞬で行ったのだろう。それを話しながらできてしまうのだから、やはりこの人は別格だ。
「一応聞くけど、体育は得意か?」
「……いいえ」
「だろうな。なんかスポーツをやってたコトは?」
「ないです」
「興味なさそうだよな」
夏希は腕を組んでこちらを見上げた。ヒールの高い靴を履いている彼女も、運動には適していない姿だと思うのだが、特に気にしていないようだ。
「よし。ひとまず準備運動しとけ。その間少し考えさせてくれ」
「あ、はい」
準備運動をするなんて、高校の体育の時間以来だ。何となく動きを思い出してやってみる。その姿を、夏希がじっと見ていた。
「……体は柔らかいな」
ただ見ているだけではなく、天音の運動能力の確認も兼ねているようだ。夏希の独り言が耳に入る。
「もういいぞ、こっち来い」
ひらひらと手招きする夏希の元に小走りで戻る。
「今日教えるのはただの体力育成じゃない。魔導による身体強化をしながらの運動だ。これには勿論、体力をつけるっていう意味もある」
「『も』ということは、他にもあるんですか?」
「体力作りは最早オマケだな。どっちかっていうと、天音の弱点克服がメインだ」
自身の弱点。今で言うと魔導生成値の低さだろうか。それとも固有魔導がないことか。はたまた、発動までの時間が遅いことか。
今までなら思いつかなかったであろう自分の克服すべき点がいくつも見つかる。できないことばかりだが、これもある意味成長なのだろう。
「ど、どれでしょうか……」
「『発動しながら別のコトをする』。実際の発掘調査じゃ、発動だけに集中できる時間なんざほぼない。人にもよるが、2、3個同時発動することもあるし、術使いながら掘ったり走ったり、酷い場合には反魔導主義団体との戦闘もある。天音、お前にはそれに慣れてもらう。座学の間で魔力は回復してきてるだろ」
紙とペンを呼び寄せると、夏希はそれに魔導文字を書いた。見たことのない文字だ。
「これが身体強化の文字。覚えとけ」
「はい」
「これに魔力を流す。最初は全身じゃなくていい。そうだな、足にしてみるか。それで走ってみろ。この室内を……10周、走り切ってみせろ」
今いるのは、午前中と同じトレーニングルームだ。体育館より少し狭いくらいの大きさの室内。体育の評価は5段階中万年3(しかもギリギリ)の天音が、魔導を発動しながら10周走るのは無謀とも言える。
体育の中でも長距離走は特に苦手だった。まだ短距離の方がいい。
マラソン大会など滅んでしまえと何度思ったか。最も嫌なのが、自分は走りもしないくせに「スピードが落ちている」だの、「ラストスパート」だの、「もっと本気を出せ」だの言ってくる周囲の教師だ。あれはもう法律とかで禁止されるべき。
そんな天音の心を読むように、夏希が言った。
「安心しろ、あたしも走る」
「え」
「お前が10周走るのはあたしが勝手に決めたコトだし、そっちも決めていいぞ。天音、あたしは何周走ればいい?」
まさか自分も走ると言われるとは思わなかった。お手本を見せてくれるということかもしれない。
「じゃ、じゃあ、20周で……?」
初日の大ジャンプを考えると、彼女は身体能力が優れているうえにこの術も得意なのだろう。教わりたいという気持ち半分、そっちも頑張って走れという気持ちがもう半分。
倍の量を言ったにも関わらず、夏希はすんなり頷いた。
「よし、じゃあ行くか」
軽くストレッチをすると、着替えもせずに言う。
今日の夏希は、まだ修繕が終わっていないせいか、予備の魔導衣と黒のハイヒールというおよそ走るとは思えない姿だ。
「え、あの……」
「はい、スタート!」
白の魔力が光る。次の瞬間には、夏希はいなくなっていた。否、天音の遥か先を走っていた。
「は、速すぎる……っ!?」
あまりの速さについていけない。こんなことができる人物がいるから、魔導適性のある人物はあらゆるスポーツ大会の出場を禁止するという法律ができたのだろう。ちなみに、特定の選手が勝てるように術をかけることもできてしまうので、現地での観戦も禁じられている。今まで天音はそれを意識したことがなかったが、目の前で見ると分かる。これは反則級のスピードだ。ハイヒールでこれなら、スポーツ用のスパイクを履いたらどうなるのだろうか。
「あたしはあと5周で終わるぞー?」
まだ半周も終わっていない天音の横を通りながら、煽るように笑う。息すらきれず、汗もかかず。歩いているのと変わらない様子で言う姿に、流石の天音もカチンときた。
「み、見ててくださいよ、走り切ってみせますから!」
結論から言うと失敗に終わったのだが、天音ががむしゃらに取り組む様子が評価されたのか、8周目でダウンしても夏希は何も言わずにスポーツドリンクを差し出してくれたのだった。
「悪い、デザインは得意じゃないんだ。お前がいた学校のジャージそのままパクった」
どうやら魔導で服を作り出してくれたようだ。紺のジャージに緑のライン。ご丁寧に名字の刺繍までされている。
「わ……ありがとうございます」
さりげなく高難易度の術を使われた。恐らく、まだ形になっていない布に術をかけてジャージにしたものを、どこからか呼び寄せた上に天音のスーツと入れ替えるというのを、一瞬で行ったのだろう。それを話しながらできてしまうのだから、やはりこの人は別格だ。
「一応聞くけど、体育は得意か?」
「……いいえ」
「だろうな。なんかスポーツをやってたコトは?」
「ないです」
「興味なさそうだよな」
夏希は腕を組んでこちらを見上げた。ヒールの高い靴を履いている彼女も、運動には適していない姿だと思うのだが、特に気にしていないようだ。
「よし。ひとまず準備運動しとけ。その間少し考えさせてくれ」
「あ、はい」
準備運動をするなんて、高校の体育の時間以来だ。何となく動きを思い出してやってみる。その姿を、夏希がじっと見ていた。
「……体は柔らかいな」
ただ見ているだけではなく、天音の運動能力の確認も兼ねているようだ。夏希の独り言が耳に入る。
「もういいぞ、こっち来い」
ひらひらと手招きする夏希の元に小走りで戻る。
「今日教えるのはただの体力育成じゃない。魔導による身体強化をしながらの運動だ。これには勿論、体力をつけるっていう意味もある」
「『も』ということは、他にもあるんですか?」
「体力作りは最早オマケだな。どっちかっていうと、天音の弱点克服がメインだ」
自身の弱点。今で言うと魔導生成値の低さだろうか。それとも固有魔導がないことか。はたまた、発動までの時間が遅いことか。
今までなら思いつかなかったであろう自分の克服すべき点がいくつも見つかる。できないことばかりだが、これもある意味成長なのだろう。
「ど、どれでしょうか……」
「『発動しながら別のコトをする』。実際の発掘調査じゃ、発動だけに集中できる時間なんざほぼない。人にもよるが、2、3個同時発動することもあるし、術使いながら掘ったり走ったり、酷い場合には反魔導主義団体との戦闘もある。天音、お前にはそれに慣れてもらう。座学の間で魔力は回復してきてるだろ」
紙とペンを呼び寄せると、夏希はそれに魔導文字を書いた。見たことのない文字だ。
「これが身体強化の文字。覚えとけ」
「はい」
「これに魔力を流す。最初は全身じゃなくていい。そうだな、足にしてみるか。それで走ってみろ。この室内を……10周、走り切ってみせろ」
今いるのは、午前中と同じトレーニングルームだ。体育館より少し狭いくらいの大きさの室内。体育の評価は5段階中万年3(しかもギリギリ)の天音が、魔導を発動しながら10周走るのは無謀とも言える。
体育の中でも長距離走は特に苦手だった。まだ短距離の方がいい。
マラソン大会など滅んでしまえと何度思ったか。最も嫌なのが、自分は走りもしないくせに「スピードが落ちている」だの、「ラストスパート」だの、「もっと本気を出せ」だの言ってくる周囲の教師だ。あれはもう法律とかで禁止されるべき。
そんな天音の心を読むように、夏希が言った。
「安心しろ、あたしも走る」
「え」
「お前が10周走るのはあたしが勝手に決めたコトだし、そっちも決めていいぞ。天音、あたしは何周走ればいい?」
まさか自分も走ると言われるとは思わなかった。お手本を見せてくれるということかもしれない。
「じゃ、じゃあ、20周で……?」
初日の大ジャンプを考えると、彼女は身体能力が優れているうえにこの術も得意なのだろう。教わりたいという気持ち半分、そっちも頑張って走れという気持ちがもう半分。
倍の量を言ったにも関わらず、夏希はすんなり頷いた。
「よし、じゃあ行くか」
軽くストレッチをすると、着替えもせずに言う。
今日の夏希は、まだ修繕が終わっていないせいか、予備の魔導衣と黒のハイヒールというおよそ走るとは思えない姿だ。
「え、あの……」
「はい、スタート!」
白の魔力が光る。次の瞬間には、夏希はいなくなっていた。否、天音の遥か先を走っていた。
「は、速すぎる……っ!?」
あまりの速さについていけない。こんなことができる人物がいるから、魔導適性のある人物はあらゆるスポーツ大会の出場を禁止するという法律ができたのだろう。ちなみに、特定の選手が勝てるように術をかけることもできてしまうので、現地での観戦も禁じられている。今まで天音はそれを意識したことがなかったが、目の前で見ると分かる。これは反則級のスピードだ。ハイヒールでこれなら、スポーツ用のスパイクを履いたらどうなるのだろうか。
「あたしはあと5周で終わるぞー?」
まだ半周も終わっていない天音の横を通りながら、煽るように笑う。息すらきれず、汗もかかず。歩いているのと変わらない様子で言う姿に、流石の天音もカチンときた。
「み、見ててくださいよ、走り切ってみせますから!」
結論から言うと失敗に終わったのだが、天音ががむしゃらに取り組む様子が評価されたのか、8周目でダウンしても夏希は何も言わずにスポーツドリンクを差し出してくれたのだった。
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