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新人魔導師、特訓する
4月8日、魔導考古学省職員の来訪
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今日の訓練内容を聞きに夏希の元へ向かうと、ちょうど彼女が部屋から出てくるところだった。眠たげな目をしながらネクタイを結んでいる。スーツのように見えるそれが、彼女の本来の魔導衣のようだ。正装にしてはやや短いように思えるスカートにはスリットまで入っている。完全に透の趣味だろう。いや、夫の趣味かもしれない。天音は考えることをやめた。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
寝起きのせいか、普段よりさらに声が低い。いつもギリギリまで寝ている彼女だが、始業時間にはしっかり目覚めて仕事を始めている。始業時間になるまでスイッチが入らないらしい。遅くとも5分前には準備を終える天音は、夏希のスイッチが入るのを待っていた。
「そうだ、メニュー減らすぞ」
始業時間になると、夏希はそう宣言した。眉間に皺が寄っている。実はあまりよくない目つきが、さらに凶悪に見えた。
「え、どうしてですか?」
「零から聞いた。お前何休みの日まで働こうとしてるんだよ」
「ただの勉強ですけど……」
「折角休みなんだからさぁ、趣味とか、こう……」
「シュミ……?」
「初めて聞いたみたいな顔すんなよ」
魔導師はいわば公務員である。研究所も魔導考古学省と同じように土日、そして祝日が休日となっているのだ。実際は休みの日であろうと研究に精を出す者も多くいるようだが、意外とこの研究所は「休日はしっかり休む」派らしい。
「少なくともあたしは休みの日は仕事はしたくねぇな」
「勉強ですって」
「研究員なんて勉強が仕事みたいなモンだろ」
「はあ……」
「とにかく。休みの日までそんなコトすんなら訓練のメニュー減らすわ」
「そうもいかぬかもしれぬぞ、夏希」
ピンク色の光が爆ぜた。雅の魔力の色だ。慌ててやってきたのか、ツインテールを纏めているリボンがずれている。
「……面倒事か?」
「お役人のお出ましじゃ。そなたたちに用があるのじゃと」
「誰が来やがった?」
「我らのお目付け役じゃ。それと何やら見ぬ顔の女子を連れておる」
「用件は?」
「わらわには言えぬことじゃと」
夏希は鋭く舌打ちをした。心底面倒臭そうに歩き出す。
「あたしらが着くまで適当に相手しといてくれ」
「うむ」
再びピンク色の光が爆ぜると、雅の姿は見えなくなった。
「あの、何があったんですか?」
「悪い、今日の予定は一旦保留。魔導考古学省の役人が来やがった」
「え!?」
魔導考古学省の役人が直接研究所に来ることはそうない。監査だろうか。
しかし、雅は「そなたら」と言った。この場にいるのは夏希と天音だけ。すなわち、副所長である夏希だけでなく、新人の自分にも用があるということだ。心当たりがなさすぎて困惑する。
「国立の研究所にはそれぞれ、担当の魔導考古学省の役人がつく。今日来たのはソイツだ。見ない顔ってのはわからねぇけど、まあ担当のヤツは悪いヤツじゃない。けど、お前に用があるってのはあたしもよくわからねぇ。あたしが基本話しとくからお前は喋らなくてもいい。大丈夫だ、ウチの研究員になった以上、絶対あたしが守ってやるから」
早口に言うと、夏希は天音の返事も聞かずに手を掴んで、瞬間移動の文字を書いた。白い魔力の眩しさに目を瞑る。
「おや、思っていたより早いね」
気づけば天音は「家」の応接室にいた。目の前のソファには1人の女性が座っている。
艶やか、という表現がぴったりくるような女性だった。着物のような魔導衣を身に着け、簪で長い黒髪を纏めている。左目の下の泣き黒子がなんとも色っぽい。
「事前に言ってくれれば最初から予定あけてたよ」
数日ぶりに聞いた夏希の可愛らしい声に鳥肌がたちそうになった。そうだ、あの人身内以外には可愛らしい表情と声で接しているんだ。忘れかけていた。
「初めまして、新人さん。私は魔導考古学省の役人、和泉真子。この第5研究所の担当だから仲良くして欲しいな」
「い、伊藤天音と申します……よろしくお願いいたします」
「そうそう、今日は君の同期を連れてきたんだよ。正式採用が決まったら、私の部下として働いてくれるんだ」
真子の横に、緊張した面持ちで少女が立っている。天音と同じく、まだ魔導衣は支給されていないようでスーツ姿だ。
「阿部由紀奈です。久しぶり、天音ちゃん!」
誰だこの人。
それが天音の率直な感想だった。とは言え、そんなことは言えるはずもなく。
「あ、うん……」
曖昧に笑って誤魔化しておく。
「卒業してすぐに研究員なんてすごいねっ! さすが天音ちゃん! 私なんて卒業順位下から2番目だったよぉ」
下から2番目で思い出した。この人は同じ養成学校に通っていた人だ。下の名前で呼ばれるほど親しかったつもりはないが、確かに同期で、知り合いではある。
「こら、盛り上がるのはいいけど後にしなさい。折角来たんだ、他の研究員にも挨拶をしておいで。雅、案内を頼めるかな」
「……何故わらわが」
「ごめんね雅、他の子『家』に連れてきてくれる? 食堂がいいかな。よろしく」
夏希の言うことならば比較的素直に聞く雅は、仕方がないという表情をし、由紀奈を連れて食堂へ向かった。
「後で連絡先交換しようね、天音ちゃん!」
扉が閉まる瞬間、由紀奈はこちらに手を振って言ってきた。何故こんなにも懐かれているのかわからない。
由紀奈が去ったことを確認すると、真子は白魚のような手を振って魔導文字を書いた。紅く彩られた爪の先まで美しい。
「さて、本題に入ろうか。防音は済ませたから無理してその声を出さなくてもいいよ」
「うるせぇな……」
どうやら、真子相手にも普段の口調で接しているらしい。同一人物とは思えないほどの低音だが、やけに安心した。すっかり素の夏希に慣れてしまっている。
「いい話と悪い話を持ってきたんだ」
いつぞやの夏希のように、真子は美しく笑いながらそう言った。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
寝起きのせいか、普段よりさらに声が低い。いつもギリギリまで寝ている彼女だが、始業時間にはしっかり目覚めて仕事を始めている。始業時間になるまでスイッチが入らないらしい。遅くとも5分前には準備を終える天音は、夏希のスイッチが入るのを待っていた。
「そうだ、メニュー減らすぞ」
始業時間になると、夏希はそう宣言した。眉間に皺が寄っている。実はあまりよくない目つきが、さらに凶悪に見えた。
「え、どうしてですか?」
「零から聞いた。お前何休みの日まで働こうとしてるんだよ」
「ただの勉強ですけど……」
「折角休みなんだからさぁ、趣味とか、こう……」
「シュミ……?」
「初めて聞いたみたいな顔すんなよ」
魔導師はいわば公務員である。研究所も魔導考古学省と同じように土日、そして祝日が休日となっているのだ。実際は休みの日であろうと研究に精を出す者も多くいるようだが、意外とこの研究所は「休日はしっかり休む」派らしい。
「少なくともあたしは休みの日は仕事はしたくねぇな」
「勉強ですって」
「研究員なんて勉強が仕事みたいなモンだろ」
「はあ……」
「とにかく。休みの日までそんなコトすんなら訓練のメニュー減らすわ」
「そうもいかぬかもしれぬぞ、夏希」
ピンク色の光が爆ぜた。雅の魔力の色だ。慌ててやってきたのか、ツインテールを纏めているリボンがずれている。
「……面倒事か?」
「お役人のお出ましじゃ。そなたたちに用があるのじゃと」
「誰が来やがった?」
「我らのお目付け役じゃ。それと何やら見ぬ顔の女子を連れておる」
「用件は?」
「わらわには言えぬことじゃと」
夏希は鋭く舌打ちをした。心底面倒臭そうに歩き出す。
「あたしらが着くまで適当に相手しといてくれ」
「うむ」
再びピンク色の光が爆ぜると、雅の姿は見えなくなった。
「あの、何があったんですか?」
「悪い、今日の予定は一旦保留。魔導考古学省の役人が来やがった」
「え!?」
魔導考古学省の役人が直接研究所に来ることはそうない。監査だろうか。
しかし、雅は「そなたら」と言った。この場にいるのは夏希と天音だけ。すなわち、副所長である夏希だけでなく、新人の自分にも用があるということだ。心当たりがなさすぎて困惑する。
「国立の研究所にはそれぞれ、担当の魔導考古学省の役人がつく。今日来たのはソイツだ。見ない顔ってのはわからねぇけど、まあ担当のヤツは悪いヤツじゃない。けど、お前に用があるってのはあたしもよくわからねぇ。あたしが基本話しとくからお前は喋らなくてもいい。大丈夫だ、ウチの研究員になった以上、絶対あたしが守ってやるから」
早口に言うと、夏希は天音の返事も聞かずに手を掴んで、瞬間移動の文字を書いた。白い魔力の眩しさに目を瞑る。
「おや、思っていたより早いね」
気づけば天音は「家」の応接室にいた。目の前のソファには1人の女性が座っている。
艶やか、という表現がぴったりくるような女性だった。着物のような魔導衣を身に着け、簪で長い黒髪を纏めている。左目の下の泣き黒子がなんとも色っぽい。
「事前に言ってくれれば最初から予定あけてたよ」
数日ぶりに聞いた夏希の可愛らしい声に鳥肌がたちそうになった。そうだ、あの人身内以外には可愛らしい表情と声で接しているんだ。忘れかけていた。
「初めまして、新人さん。私は魔導考古学省の役人、和泉真子。この第5研究所の担当だから仲良くして欲しいな」
「い、伊藤天音と申します……よろしくお願いいたします」
「そうそう、今日は君の同期を連れてきたんだよ。正式採用が決まったら、私の部下として働いてくれるんだ」
真子の横に、緊張した面持ちで少女が立っている。天音と同じく、まだ魔導衣は支給されていないようでスーツ姿だ。
「阿部由紀奈です。久しぶり、天音ちゃん!」
誰だこの人。
それが天音の率直な感想だった。とは言え、そんなことは言えるはずもなく。
「あ、うん……」
曖昧に笑って誤魔化しておく。
「卒業してすぐに研究員なんてすごいねっ! さすが天音ちゃん! 私なんて卒業順位下から2番目だったよぉ」
下から2番目で思い出した。この人は同じ養成学校に通っていた人だ。下の名前で呼ばれるほど親しかったつもりはないが、確かに同期で、知り合いではある。
「こら、盛り上がるのはいいけど後にしなさい。折角来たんだ、他の研究員にも挨拶をしておいで。雅、案内を頼めるかな」
「……何故わらわが」
「ごめんね雅、他の子『家』に連れてきてくれる? 食堂がいいかな。よろしく」
夏希の言うことならば比較的素直に聞く雅は、仕方がないという表情をし、由紀奈を連れて食堂へ向かった。
「後で連絡先交換しようね、天音ちゃん!」
扉が閉まる瞬間、由紀奈はこちらに手を振って言ってきた。何故こんなにも懐かれているのかわからない。
由紀奈が去ったことを確認すると、真子は白魚のような手を振って魔導文字を書いた。紅く彩られた爪の先まで美しい。
「さて、本題に入ろうか。防音は済ませたから無理してその声を出さなくてもいいよ」
「うるせぇな……」
どうやら、真子相手にも普段の口調で接しているらしい。同一人物とは思えないほどの低音だが、やけに安心した。すっかり素の夏希に慣れてしまっている。
「いい話と悪い話を持ってきたんだ」
いつぞやの夏希のように、真子は美しく笑いながらそう言った。
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