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新人魔導師、特訓する
4月13日、語学学習
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魔導解析師に昇級するための訓練が始まって、最初の休日が訪れた。先週のような、重度の筋肉痛は起こっていない。そのことに、少し自身の成長を感じた。
天音は食堂のテーブルでラテン語の本を広げていた。ここだと、誰かが来たときに質問もしやすい。加えて、高確率で和馬が飲み物や軽食を用意してくれる。魔力の消費量が多くなってきてから、天音も以前より多く食事をとるようになっていた。
「うわ」
食堂に入ってきたのは恭平だった。信じられないものを見るような目をしている。
「休みの日なのに勉強してる……もしかして休日って単語知らないとか?」
「知ってますよ、失礼な」
恭平は魔導衣ではなく私服姿だった。私服でもパーカーなのは変わらないようだ。これを見て透もデザインしたのかもしれない。
「何してるんです?」
「ラテン語の勉強をしてます」
「ああ、はるかとかなたが買ってきて3日で飽きたヤツ」
やはり双子は面白がってマイナーな語学書を買ってきていたようだ。
「小森さんは何か別の言語を勉強したりしましたか?」
「いやしないですね。オレ魔導以外の勉強ムリなんで。オレの英語の成績聞きます? 全部赤点でしたよ」
「ドヤ顔で言わないでくださいよ」
「ああでも、ドイツ語はちょっとやりました。なんか響きがゲームとかの必殺技みたいでカッコよかったんで」
それでいいのか。天音は出かかったツッコミを飲み込んだ。
恭平がやっていないのならば、誰が研究したのだろう。
「この研究所で、語学方面からの研究をされている方ってどなたですか?」
「んー、夏希が前やってましたけど、今はどうかな。書斎にあるのはほとんど面白半分で買ったヤツですよ」
「ああ、それは所長からうかがいました」
「実際、夏希なんか7ヶ国語やりましたけど、まあどれも似てないって言ってましたね。あ、第2研究所の人は古文必修らしいです、陰陽寮があったトコなんで」
「あー、それはそうかもしれないですね」
さらりと夏希が7ヶ国語を解すると言われたが、もはや驚きもしなくなっていた。あの人ならやれそうとしか思えない。
「ま、気になるなら夏希に聞いてみるのが一番早いんじゃないですかね」
教本を見ているだけで眠くなってきた、と恭平はテーブルに突っ伏しながら言った。
天才とは、何でも出来る人のことではなく、何か1つに特化した人なのだと天音は悟った。この人、魔導研究以外にまるで向いていない。
「ありがとうございます。明日にでも聞いてみます」
「すぐ後ろにいるのに?」
「え?」
天音は入口を背にするように座っていた。そこが配属されてから決まった席だったからだ。恭平もまた、定位置である天音の反対側の席に座っていた。そのため、天音には見えなかった入口が見えたようだ。
恐る恐る振り返ると、眠たげな夏希が立っていた。天音は思わず悲鳴を上げる。
「ぎゃあっ!?」
「……あたしは化け物かなんかか。泣くぞ」
相変わらず、足元はヒールの高い靴なのに足音1つしない。夏希ほどの魔導師ならば、その身に宿す魔力で気づけそうなものだが、それすらできなかった。魔導探知の訓練をもっとしっかりやった方がいいのだろうか。
「で? なんの話だ」
夏希は気を遣って話を聞かないようにしていたらしい。
言語学についての話だと説明すると、眠たげな目をこすりながら(やや幼い仕草だが顔には合っていた)、話し始めた。
「結論から言うと、少なくとも現代社会で会話のために使われている言語は魔導文字の研究の役に立たない。元々あれは古代のモンだしな。だから、やるなら古代語だな。その点、ラテン語を選んだのはかなりいいセンスしてる」
たまたま手に取っただけなんです、とは言えなかった。わかってましたよという雰囲気を出して聞く。
「ま、だから第2研究所のヤツらがやってんのも、正しい方法かもな。ってワケで、やるなら古代の言語がオススメ」
「えー、オレ文字の形的にアラビア語近いかなって思ってたのに」
「お前の中では文字が繋がって見えたらアラビア語なのか。筆記体も草書も似たカンジだろ」
確かに、魔導文字は流れるように繋げて書くのが一般的だ。中にはよく使う術の最後の一字をあえて紙に書かず、お札のようにして持ち歩き、使う時に最後の文字だけを書いて時間を減らす者もいるが少数派である。
「ただ単に、あたしたちが使ってる魔導文字も、書きやすさを優先した筆記体みたいなモンで、正しい字の形とは違う可能性だってある。それすらあたしたちはわかってねぇんだよ」
「そっか、その可能性もあるんですね」
「そういうコト」
話し終わると、夏希は欠伸を1つしてふらりと何処かへ行ってしまった。
「あ、ありがとうございました!」
去っていく背中に伝える。夏希はこちらを振り返ることはなかったが、黒手袋に包まれた右手をひらひらと振って応えた。
「なんだか、ここにいると毎日新しいことがわかって……出来ることも増えて。思っていたより、楽しいです」
数か月前の自分に教えてやりたい。憧れを憧れのままにするのではなくて、自らの手で叶えていくことの楽しさを。大変だけれど、充実した毎日を。
「……そうですね。オレもそうです」
「小森さんも?」
「はい」
頷くと、恭平は笑顔を見せた。普段の気だるげな表情ではなく、年相応の楽しそうな顔だ。
「オレ、今の天音サンのコト、好きですよ」
「……は、えっと? 小森さん?」
「恭平でいいです。敬語もナシで。オレ、今の天音サンとならやっていけそうです」
どうやら深い意味はなかったらしい。顔を赤くして固まる天音を、恭平は不思議そうに見ている。
「今の天音サンなら、多分もう少しで階級も上がりますよ」
そう言って、また微笑む。
どうやら魔導の天才は、女性相手のコミュニケーションもあまり向いていないらしい。思わせぶりすぎる発言に、彼がいつの日にか女性に刺される未来が思い浮かんだ。
天音は食堂のテーブルでラテン語の本を広げていた。ここだと、誰かが来たときに質問もしやすい。加えて、高確率で和馬が飲み物や軽食を用意してくれる。魔力の消費量が多くなってきてから、天音も以前より多く食事をとるようになっていた。
「うわ」
食堂に入ってきたのは恭平だった。信じられないものを見るような目をしている。
「休みの日なのに勉強してる……もしかして休日って単語知らないとか?」
「知ってますよ、失礼な」
恭平は魔導衣ではなく私服姿だった。私服でもパーカーなのは変わらないようだ。これを見て透もデザインしたのかもしれない。
「何してるんです?」
「ラテン語の勉強をしてます」
「ああ、はるかとかなたが買ってきて3日で飽きたヤツ」
やはり双子は面白がってマイナーな語学書を買ってきていたようだ。
「小森さんは何か別の言語を勉強したりしましたか?」
「いやしないですね。オレ魔導以外の勉強ムリなんで。オレの英語の成績聞きます? 全部赤点でしたよ」
「ドヤ顔で言わないでくださいよ」
「ああでも、ドイツ語はちょっとやりました。なんか響きがゲームとかの必殺技みたいでカッコよかったんで」
それでいいのか。天音は出かかったツッコミを飲み込んだ。
恭平がやっていないのならば、誰が研究したのだろう。
「この研究所で、語学方面からの研究をされている方ってどなたですか?」
「んー、夏希が前やってましたけど、今はどうかな。書斎にあるのはほとんど面白半分で買ったヤツですよ」
「ああ、それは所長からうかがいました」
「実際、夏希なんか7ヶ国語やりましたけど、まあどれも似てないって言ってましたね。あ、第2研究所の人は古文必修らしいです、陰陽寮があったトコなんで」
「あー、それはそうかもしれないですね」
さらりと夏希が7ヶ国語を解すると言われたが、もはや驚きもしなくなっていた。あの人ならやれそうとしか思えない。
「ま、気になるなら夏希に聞いてみるのが一番早いんじゃないですかね」
教本を見ているだけで眠くなってきた、と恭平はテーブルに突っ伏しながら言った。
天才とは、何でも出来る人のことではなく、何か1つに特化した人なのだと天音は悟った。この人、魔導研究以外にまるで向いていない。
「ありがとうございます。明日にでも聞いてみます」
「すぐ後ろにいるのに?」
「え?」
天音は入口を背にするように座っていた。そこが配属されてから決まった席だったからだ。恭平もまた、定位置である天音の反対側の席に座っていた。そのため、天音には見えなかった入口が見えたようだ。
恐る恐る振り返ると、眠たげな夏希が立っていた。天音は思わず悲鳴を上げる。
「ぎゃあっ!?」
「……あたしは化け物かなんかか。泣くぞ」
相変わらず、足元はヒールの高い靴なのに足音1つしない。夏希ほどの魔導師ならば、その身に宿す魔力で気づけそうなものだが、それすらできなかった。魔導探知の訓練をもっとしっかりやった方がいいのだろうか。
「で? なんの話だ」
夏希は気を遣って話を聞かないようにしていたらしい。
言語学についての話だと説明すると、眠たげな目をこすりながら(やや幼い仕草だが顔には合っていた)、話し始めた。
「結論から言うと、少なくとも現代社会で会話のために使われている言語は魔導文字の研究の役に立たない。元々あれは古代のモンだしな。だから、やるなら古代語だな。その点、ラテン語を選んだのはかなりいいセンスしてる」
たまたま手に取っただけなんです、とは言えなかった。わかってましたよという雰囲気を出して聞く。
「ま、だから第2研究所のヤツらがやってんのも、正しい方法かもな。ってワケで、やるなら古代の言語がオススメ」
「えー、オレ文字の形的にアラビア語近いかなって思ってたのに」
「お前の中では文字が繋がって見えたらアラビア語なのか。筆記体も草書も似たカンジだろ」
確かに、魔導文字は流れるように繋げて書くのが一般的だ。中にはよく使う術の最後の一字をあえて紙に書かず、お札のようにして持ち歩き、使う時に最後の文字だけを書いて時間を減らす者もいるが少数派である。
「ただ単に、あたしたちが使ってる魔導文字も、書きやすさを優先した筆記体みたいなモンで、正しい字の形とは違う可能性だってある。それすらあたしたちはわかってねぇんだよ」
「そっか、その可能性もあるんですね」
「そういうコト」
話し終わると、夏希は欠伸を1つしてふらりと何処かへ行ってしまった。
「あ、ありがとうございました!」
去っていく背中に伝える。夏希はこちらを振り返ることはなかったが、黒手袋に包まれた右手をひらひらと振って応えた。
「なんだか、ここにいると毎日新しいことがわかって……出来ることも増えて。思っていたより、楽しいです」
数か月前の自分に教えてやりたい。憧れを憧れのままにするのではなくて、自らの手で叶えていくことの楽しさを。大変だけれど、充実した毎日を。
「……そうですね。オレもそうです」
「小森さんも?」
「はい」
頷くと、恭平は笑顔を見せた。普段の気だるげな表情ではなく、年相応の楽しそうな顔だ。
「オレ、今の天音サンのコト、好きですよ」
「……は、えっと? 小森さん?」
「恭平でいいです。敬語もナシで。オレ、今の天音サンとならやっていけそうです」
どうやら深い意味はなかったらしい。顔を赤くして固まる天音を、恭平は不思議そうに見ている。
「今の天音サンなら、多分もう少しで階級も上がりますよ」
そう言って、また微笑む。
どうやら魔導の天才は、女性相手のコミュニケーションもあまり向いていないらしい。思わせぶりすぎる発言に、彼がいつの日にか女性に刺される未来が思い浮かんだ。
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