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新人魔導師、特訓する

4月23日、魔導鬼ごっこ

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 天音の術がようやく浮遊から飛行に進化したころ、研究員たちは屋外に集められた。魔導衣作成に当たっている透以外の全員が揃っている。

「今日はいつもと違う訓練をしてみましょうか」

 零がにっこりと笑って言った。その横で、眠たげな目をした夏希が欠伸をしている。

「と言いますと……?」
「簡単に言うと鬼ごっこの飛行版ですね」

 天音の飛行訓練のために、研究員たちが考えてくれた方法だという。まず、天音が鬼となる。それ以外の研究員は地上や空中で逃げ、天音に触れられた人物が鬼。最終的に天音は自分以外の研究員が鬼になるように動く。研究員たちは天音を鬼にしようとあちこちから妨害する。なお、天音は地上に下りてはならない。研究員たちも、飛行以外の術を使ってはならない。以上がルールである。

「言っておきますが、葵は飛ばないでくださいね」
「ええ~」
「あんなもの見たらトラウマになりますよ」

 トラウマになる飛行ってなんだろう。
 気になってはいるものの、誰も教えてはくれなかった。知らない方が幸せなこともある、そう言ってはぐらかされた。

「雅、お前は怪我人が出たらすぐ動けるように待機な」
「うむ」

 医療魔導以外苦手な雅は内心ほっとした。しかしそんなことは口にせず、普段どおり威厳たっぷりに夏希に返事をして、全体が見渡せる場所へ移動する。

「時間は30分。準備はよろしいですか?」

 天音は箒に跨った。葵と雅以外の研究員は飛行の魔導文字を書いている。それぞれの魔力の色が光った。

「では、始め!」

 地を蹴り、空高く飛ぶ。上空からだと、地上がよく見える。天音が真っ先に狙うべきは空を飛ばない葵だろう。

 葵の姿を見つけた瞬間、下降する。地面に足がつかないように気を付けながら低空飛行。

「よ、っと!」

 手を伸ばして葵に触れようとしたが、ひらりと躱されてしまう。もう一度狙おうとするが、木を避けるために諦めるしかない。

「意外と難しい……!」

 障害物の多い地上の方が難しいのかもしれない。開けた場所に移動して、再び上空へ飛ぶ。
 ふわふわと浮かんでいたはるかが、うっすらと笑ったのが見えた。

「鬼さんこちら」

 言い終わると、凄まじい勢いでスピードアップ。進んだ先には、驚いた表情の和馬がいた。

「がんばー」
「ええ、はるかちゃん!?」

 和馬の影に隠れたはるかは再び速度を上げ、何処かへ消えていった。
 残された和馬は普段よりさらに眉を下げて困った顔をしている。

「隙あり!」

 去っていくはるかに気を取られた和馬の肩に触れた。鬼は交代だ。すぐに和馬から距離を取る。

「あーあ、やられちゃって」

 気だるげな声がした。ちらりと振り返ると、恭平が和馬のもとにやってきていた。

「へーい、交代」

 恭平が和馬に手を伸ばす。パシッと乾いた音がした。ハイタッチするように手を合わせたようだ。これで鬼は恭平になった。

「和馬の敵!」
「俺死んでないよ!?」

 後ろで面白そうなことが起きているが、今振り返ったら確実に捕まってしまう。自身の出せる最高速度で移動する。

「通行止めー」

 天音の前に立ちふさがる(正確には立っていない)のはかなただ。手を広げて退路を塞いでいる。だが、ここは上空。目の前が通れなくても、下がある!

「失礼します!」

 天音は急降下し、かなたの下を潜り抜けた。そこまでできると思っていなかったのか、恭平は減速が間に合わずかなたにぶつかったようだ。

「いった! 折れた!」
「ごめん、でも折れてはない……はず!」
「うえーん、雅ー」

 かなり痛かったのか、かなたは泣き真似をしながら雅のもとへ下りていった。怪我をしていないことを祈る。

「何やってんだよ、お前ら」

 空を泳ぐように飛んでいた夏希が恭平の傍へやってきた。呆れたような表情である。

「ほら、交代」

 再び鬼が代わる。夏希の声が聞こえた瞬間、天音は彼女の視界に入らないように地面すれすれまで下がった。

「地上には自分がいるってコト、忘れてたんスか?」
「北山さん!」
「あまねんこっちにいるッスよー!」

 葵に見つかってしまった。彼女は上空に届く大声で天音の場所を知らせる。夏希が急降下してくるのが視界の端に映った。慌てて高度を上げる。

「はい、タッチ」

 ギリギリまで夏希を引きつけて上昇しようとしたのだが、それすら読まれていたようで、すぐに追いつかれ、背中を軽く叩かれた。

「あと15分、頑張れー」

 懐中時計を見て時間を確認した夏希が、応援の声と共に残り時間を告げる。ようやく半分の時間が経ったらしい。

「長い……時間が経つのが遅い……」
「まあそう言わず。頑張ってください」

 天音の横に現れたのは零だった。燕尾服の裾が風に揺れている。手を限界まで伸ばして届くかどうか。そんな距離だ。

「先ほどの急降下はなかなかでしたよ」

 そう評価すると、彼は肉眼で追えないほどのスピードで去っていった。天音が先ほど見せた急降下よりもずっと速い。

「ぜっっったいに捕まえてみせますからね!」

 とは言ったものの、天音に零を捕まえられるほどの速度は出せない。夏希も無理だろう。狙うとしたら、恭平かはるか、和馬、葵の4人。かなたは治療で抜けているので除外。

「山口さん、お覚悟!」
「流石に2回もやられるわけにはいかないですよ!」

 全速力で突っ込むが躱されてしまう。ひらひら、ひらひら。決して速いわけではないが、躱すのが上手い。最初に捕まえることが出来たのは、彼が油断していたからだとわかった。

 和馬を諦め、急降下。ちょうど真下にいた葵を狙う。今の彼女の位置なら、さほど障害物はなく狙いやすい。

「うおっ! なかなかやるッスね!」

 走る葵を追う。木や建物の影を利用して逃げる彼女だが、流石に走るより飛ぶ方が速い。あと少し、数センチ―

「はい、終了。おめでとう、合格だよ」
「え?」

 急にいるはずのない人物の声がして、驚きのあまり箒から落ちそうになった。

「和泉さん!?」
「驚かせてしまったかな? 今回のこれは訓練ではなくてね。魔導航空免許試験だったのさ。上昇、下降、障害物を避けるコース、スピードの調整……これらは試験の課題でね。夏希が見に来いというから来てみたら、しっかり出来ているじゃないか。頑張ったね」

 真子は手元の書類に何かを書きこんだ。その姿に誰も驚いてはいない。つまり、天音以外全員試験であることを知っていたのだ。

「騙された……」
「いや、お前試験って言ったら前の日から力入りすぎるだろ」
「夏希は気を遣ったんですよ」
「まあ、合格だしいいじゃないか。2、3日以内に免許は出来るから、夏希、取りにおいで」
「はいはい」

 発掘調査まで、あと7日。
 天音は魔導航空免許試験に合格した。かなりの詰め込み教育ではあったが、これで調査に行けるのだ。
 ほっと一息ついて、その場に座り込んだ。

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