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新人魔導師、特訓する

4月25日、魔導航空免許完成

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 その日、天音のもとに朝一番にやってきたのは零だった。

「試験にも合格しましたし、今日は体を休めましょう。と言っても、貴女の場合、することがないと色々気にしてしまうようなので、課題を持ってきました。この発掘調査についての本を読んで、要約してください。わからないことがあれば、僕や他の研究員たちに聞いてくださいね」
「はい、ありがとうございます。ところで、あの、副所長は今日はいらっしゃらないんですか?」

 普段、天音に訓練や課題を伝えるのは夏希の役割となっていた。今日もそのつもりで副所長室へ行こうとしていたのだが、その前に零が現れたのだ。

「ああ、夏希は今魔導考古学省に行っていますよ。貴女の免許を取りに」
「そういうのって、本人じゃなくてもいいんですね」
「本来ならそうなんでしょうけど……真子は、夏希が外出できるように気を遣ってるんだと思います。あの子は仕事以外で外に出られないので」
「あ……」

 言われてようやく気付いた。
 仕事でなければ、夏希は外出すら碌に出来ない。この研究所は夏希と零を閉じ込める檻。表向き講演などで外に出ている零とは異なり、夏希は人質として研究所内から出ることをほとんど許されていない。しかし、魔導考古学省の役人である真子からの要請とあれば、研究所から出ることが可能だ。だからこそ、真子は夏希に取りに来るように言ったのだろう。

「まあ、それはおまけのようなもので。本命は別です」
「え、何をしに行ったんですか?」
「ああ……占いですよ」
「え?」

 わざわざ占いをしに出掛けたのか。訳が分からないという顔をする天音を見て、零は愉快そうに笑った。









 一方、その頃。
 真子から天音の魔導航空免許証を受け取った夏希は、すこし遠回りをしてとある場所に向かっていた。

「いらっしゃい、占いの館へようこ……なんだ夏希か」
「なんだじゃねぇよ、行くって連絡しただろ」

 顔を隠すように被ったベール。シャラシャラと音がなるアクセサリー。テーブルの上には水晶玉。甘い香が焚かれたここは、高木美織という女が占い師を務める館だった。

「副所長殿は相変わらずお忙しいようで」
「お前の上司だったことなんて1分しかねぇだろ」

 美織は元第5研究所の職員である。転属希望を1分で出した最短記録の持ち主だ。曰く、「夏希を見て研究所でやっていけないと悟った」という彼女は、魔導探知や占術魔導に優れていた。ルールに縛られることを嫌う彼女の性質を見抜いた夏希は、美織を転属ではなく退職させ、占い師として歩むことを勧めたのだ。

 表向き、美織は魔導耐久が低く、高い魔力を持つ人員が配属された研究所では他者の放つ魔力に耐えられず退職したことになっている。実際は、美織は正式配属されていれば魔導解析師に確実になっていた実力だったが。

「最近仕事はどうよ?」
「おかげさまで順調。テレビでも紹介されちゃった。どう、買ってく? 恋愛成就のブレスレット」
「もう成就してんだわ」

 退職後、美織は魔導商業許可を取った。これは適性値が50以上の者が、魔導効果のある物を販売したり、魔導を使って仕事をする際に必要になるものだ。所謂お守りの販売や、美織のような占いに魔導を使う者が所持している。

「今日は何を占いに来たの?」
「当てろよ、売れっ子占い師さん」
「視ていいものなら視るけど」
「いいよ」

 美織の占術魔導は、その気になれば一目見ただけで他者の悩みや相談を全て知ることが出来る。ただの客ならばそうするが、機密を多く抱える魔導考古学研究員相手には力をセーブしていた。

「……新人が配属されたんだ。で、その子について?」
「ああ」
「真子も気にしてるみたいだけど……」
「そうだな」
「随分きな臭いね」

 水晶玉を覗き込んだ美織は、まるで見ていたかのように夏希の相談内容を当ててみせた。当の夏希はと言うと、大儀そうに椅子に座っている。

「おかしいだろ。ウチには天音……新人より適性値の低い魔導師がいんだよ。なのになんでわざわざアイツが昇級しなきゃ発掘はナシ、なんて条件つけやがった?」
「新人だからじゃなくて?」
「アイツの元々の適性値は75だぞ。無理難題って言うなら、研究員になって4年以上経つのに73の葵を条件にした方が確実に難しいはずだ。おまけに、葵は特定魔導現象、低循環の対象者。あれ以上適性を上げるのはほぼ不可能だろ」
「確かに」

 双子や雅と異なり、特に生活に支障がないため目立ってはいないが、葵もまた、特定魔導現象の対象者である。魔力の循環が極端に遅く、発動するまでに多くの時間を必要とする。魔導師としては昇級の難しい特定魔導現象の対象者だ。

「なのに、養成学校2位卒業の天音を引き合いに出した。確かにアイツの適性値は配属後下がってたが、それでも研究員資格は満たしてたんだよ。そこが……なんとも腑に落ちねぇ」
「わかった。でも魔導考古学省がその理由を本気で隠していたんなら視つけるのに時間がかかるよ」
「構わねぇ。今日、真子の方にも調査を頼んだ。あたしも自分で調べるつもりだ。お前には理由より今後魔導考古学省が天音に何をしようとしてるのかを視て欲しい」
「……私は高いよ?」
「はっ、あたしが払えねぇとでも?」
「あー……余裕ですねぇ……」

 公務員と同じ扱いとは言え、危険手当もつく国立研究所の副所長。加えて、魔導復元師とくれば、給料は大企業の役員並みだ。いくら美織が売れっ子占い師と言えど、その料金を払えないはずがないのである。

「ま、この美織様に任せときなさいよ」
「ああ、頼む」
「……貴女に、幸多からんことを」
「はいはい、ありがとな」

 占い師としての美織の別れの挨拶だ。夏希は席を立ち、ひらひらと手を振った。
 瞬きののち、彼女の姿はなくなる。白い魔力だけが、夏希がそこにいたことを示していた。

「あー、忙しくなるぞぉ」

 占い師としてのキャラも忘れ、美織は大きく伸びをした。
 1分で魔導師を辞めたとは言え、今美織が生活出来ているのは夏希のおかげである。小さいが誰よりも強く優しく逞しい彼女のことを、美織は大切に思っていた。

「待っててね、夏希」

 水晶玉だけでは魔導考古学省が隠しているものを視るのは難しい。本格的な占術魔導を使うため、美織は奥の部屋へと向かうのだった。
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