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新人魔導師、特訓する

4月28日、魔導衣完成

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 発掘調査の2日前。天音は、疲れ果てた顔をしながらも笑みを浮かべる透に捕まった。

「ちょっとラボまで来てくれますか……?」

 笑みが逆に怖い。返答できずにいると、葵が2人の間に入って助けてくれた。大きく手を広げて天音を庇うように立っている。

「顔が怖いッスよ、カラシ」
「いやぁもう、疲れましたけど最高に楽しくてですね、寝てる場合じゃないっていうか今すぐ着て欲しいっていうか、まあそんな感じでして、だから今すぐラボに来て欲しいんですけどおねがいでき、うっ……」
「寝ろ」

 背後から容赦のない一撃をいれたのは雅だ。ピンク色の魔力が光っているので、恐らく医療魔導を使ったのだろう。麻酔に近い術かもしれない。

「なんじゃ、こやつは」
「ハイになったカラシッス」
「理解できんな」
「出来ない方が幸せッスよ」

 天音は葵の影から顔を出した。廊下に倒れ込んだ透は、浮遊の術をかけられて医務室に連れて行かれている。

「何だったんでしょう……」
「魔導衣が完成したんスよ。ただ、細かいトコはカラシじゃないとわかんないんで、アイツが起きたら声かけるッスね」
「ありがとうございます、お願いします」

 魔導衣が完成した。それを聞いた天音は、葵が去った後の廊下でこっそりスキップをした。魔導衣は魔導師の証であり、誇りである。それに袖を通せるのはごく僅かな人数だ。努力が認められたようで嬉しい。

 本人は上手く隠しているつもりなのだろうが、天音は待ちきれないという表情をしていた。事情を知らない和馬でさえ、「何かいいことがあったんですか?」と質問した。理由を知っている葵は微笑ましいものを見る目をして、こっそり和馬に耳打ちしていた。

 葵は透が目覚めるまで医務室にいることにしたらしい。天音は「家」で発掘調査についての本を読むことにした。すると、席についたタイミングでスマートフォンが振動したのを感じた。

「またか……」

 由紀奈からのメッセージ。それに気づいた天音は、すぐにスマートフォンをポケットに仕舞った。

「今日は最後の復習で、課題も出てないんですよね? お友達に連絡するくらい、誰も怒ったりしませんよ」

 スマートフォンを見ていた天音に気付いたのか、和馬がそう言った。実際、唯一電子機器の使える「家」は、家族や外部の友人と連絡を取るためのスペースとして使われることもある。仕事中ではあるものの、今の第5研究所は明後日の調査に向けて各々準備する時間となっており、天音は復習以外することがなかった。

「お友達……うーん」
「あ、ご家族でしたか?」
「いえ、家族ではないです。相手は……同期、って表現が一番近いかなとは思います。あまり親しいわけではないので、どうしたらいいかわからなくて」
「ああ、この間真子さんと来た方ですか? 確か……阿部さん、でしたっけ」
「そうです、その子です。養成学校時代も仲がいいわけじゃなかったのに、最近よく連絡が来て……仕事中にも来ることがあるので、忙しくて何日か放置しちゃったこともあるんですけど、それでも毎日のように質問とか来るんです」

 流石に疲れた、と天音はスマートフォンの電源を切ってしまった。通知を見るのも億劫だ。和馬が気まずそうに笑っている。

「研究員になりたかったみたいで、私がしてることが気になるらしいんです。でも、守秘義務もありますし、答えられないって言ってるんですけど」
「まあ、それなら忙しいことにして放置しちゃいましょう。実際、明後日からしばらくは、平日だろうが休日だろうが出土品の整理とかで忙しくなりますし」
「そうですね……」

 ぐったりとしている天音に、和馬がおやつだとチョコレートケーキを出してくれた。甘いものを食べて、心が落ち着く。

「お、いたいた! あまねん、ラボに来てくださいッスー」
「え、増田さんもう目覚めたんですか?」
「アイツどーしても着て欲しいらしくて、術破って起きたんスよ。医務室で暴れられても困るからって雅に放り出されたッス!」
「あ、はい、今行きます……」

 慌てて立ち上がる。使った食器だけでも片付けようとしたが、天音より早く和馬が洗浄魔導と浮遊魔導をかけて食器棚へ仕舞っていた。

「すみません、行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」
「あ、自分もあとでケーキ食べたいッスー」
「ちゃんと皆の分ありますよ」

 その言葉を聞くと、葵は嬉しそうにステップを踏みながら天音を先導した。喜び方が少し似ていてなんだか恥ずかしかった。

「先ほどはすみません、つい」
「つい、で済まされない気がするんスけどね」

 ラボに着くと、透が深々と頭を下げてきた。ツッコむ葵は完全に無視されている。

「それで、これが天音さんの魔導衣です。僕は席を外すので、着てみてください。きついところがあったりしたら教えてくださいね。明日までに直してみせます」
「はい、ありがとうございます!」

 透と、何故か葵までラボの外へ出ていった。ここ最近ずっと着ているジャージを脱いで、袋に入った魔導衣を取り出す。

「これ……」

 袖には2本の銀のライン。魔導解析師を示す刺繡だ。胸元には羽ペンと杖を交差させた魔導考古学省の紋章と、第5研究所を表す白い薔薇の花が刻まれている。

 入っていたのは服だけではなく、帽子もあった。魔導耐久値を上げるためだろうか。発掘調査は落石を伴う場合もあり、新人のうちはヘルメットか術のかけられた帽子を被ることが多いのだ。

「ローブと、三角帽……?」

 魔導元年以前の所謂ファンタジーの世界観で、魔女や魔法使いがしていた恰好。それを、透は再現してくれたのだ。

 箒といい、この魔導衣といい、ここの研究員たちは天音の憧れを形にするのがなんて上手いんだろう。また感動のあまり泣きそうになった。

 葵も出ていった理由がわかった。天音に、憧れの衣装に袖を通して1人で楽しむ時間をくれたのだろう。

「ピッタリ……しかも、動きやすい……」

 くるくると回ったり、軽く足を上げてみたり。色々と動いてみたが、まるで初めから体の一部だったかのように動きやすい。

「ありがとうございます! 凄く……凄く、嬉しいです!」

 扉を開けて、ほとんど叫ぶようにそう言った天音を、2人は優しく笑って見守った。
 頑張った甲斐があります。透はそう言って気絶するように眠った。葵が慌てて雅を呼ぼうとしている。

 昇級、魔導航空免許の取得、魔導衣の作成も済んだ。
 発掘調査は、すぐそこに迫っていた。初仕事が失敗に終わることを、この時の天音はまだ知らなかった。
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