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新人魔導師、発掘調査に参加する
同日、遺跡内にて
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発掘は思っていた以上にすんなりと進んだ。これのおかげかもしれない、と天音は美織から貰ったペンダントを服の上から押さえる。引っかけたり落としたりしないように、ローブの下にペンダントを入れていた。
「研究日誌とかあったらいいのに」
「切れ端ばっかりだね」
ぼやく恭平に、和馬が困ったように笑う。出土品は全て、彼らが瞬間移動の術をかけて葵たちのいるテントへと送っていた。
「破れてしまったんですかね」
「いやあ、さすがにそれはないっしょ。オレなら自分の研究日誌には保護魔導かけますね」
「俺もかけてるなぁ」
「そうなんですね……私もかけておこう」
「お、もう書いてるんですか?」
「山口さんたちのような立派なものではないですよ。今日は何をしたとか、読んだ本の内容だとか、訓練をして出来るようになったこととかを纏めているくらいで」
まだ日誌というよりは日記のようなものだった。おまけに訓練で疲れ果てた日は書けていないこともある。とはいえ、研究所内のことも書かれているし、外部に漏れてはいけないだろう。後で保護魔導について詳しく聞かなければ。
「いや、それでも十分立派ですよ。ね?」
「そうそう。オレなんてここに配属されてからはずっと夏希に……っ!?」
「え、なんですか?」
不自然に会話を止めた恭平に、天音は続きを促すように言った。けれど彼は応えず、鋭く叫んだ。
「和馬! 最大出力で防御!」
「え、わ、わかった!」
恭平と和馬が防御の術を展開する。まだ実践に慣れていない天音を守るように、水色とオレンジの魔力が広がっていく。
「な、なんですか!?」
「話は後! 来る!」
一体、何が来るというのだろうか。天音は右手で箒を握りしめ、左手でペンダントに触れた。
数秒後、凄まじい音と土煙と共に、何か―いや、誰かが地下の遺跡へ下りてきた。
「……うちの研究所の人じゃない匂いがします」
香りで魔力を感じる和馬が、不快そうな顔をした。あまりよい香りではないらしい。
天音にも、澱んだ沼のような魔力の色が見えてきた。
「……第5研究所の研究員だな?」
ノイズ混じりの声が聞こえた。変声の術がかけられている。
土煙が晴れると、声の主の姿がはっきりと見えるようになった。天音とは対照的な真っ白なローブ。フードを深くかぶり、仮面まで着けて顔を隠している。そのせいで年齢も性別もわからない。
「……だったら?」
返答したのは恭平だ。彼の右手は密かに攻撃の魔導文字を書いている。
「死ね」
ひどくシンプルな回答だった。
仮面の人物は何かを放り、そのまま地上へ飛び上がる。
「手榴弾!? マズい、これ魔導防御……っ!?」
恭平と和馬が張った防御の術は、魔導攻撃を防ぐものだった。ただの物理攻撃である手榴弾からは身を守ることができない。
「下がって、天音ちゃん!」
和馬が身を挺して天音を守ろうとしたとき、胸元のペンダントが光り出した。見たことのない魔力の色だ。月の光のような銀の色が、周囲を包み込む。
「何なに、なにこれ!?」
光がおさまると、そこには爆発しなかった手榴弾が落ちていた。ピンは抜かれているので、ただ不発だったらしい。
「高木さんの、運気アップのお守り……すごい……」
天音は気の抜けた声を出すしか出来なかった。
もう少しで死ぬところだったのだ、仕方ない。
「すみません山口さん。助けていただいて……」
「ううん、結局何もできなかったし……でも、皆が無事でよかったです」
「ってか、上は何してんの? まさか……」
恭平は耳をすませ、地上の様子を探った。
聞いたことのない、黒板を引っ搔くような不快な音がいくつかする。あとは時計のようなカチコチという零の音、ドリルのような葵の音、琴のような透の音、双子の雨のような音がする。雅の心電図のような音が聞こえてこないので、怪我人は出ていないようだ。
「上も上で襲撃されてるっぽい」
「副所長も戦ってるみたいです、空が真っ白に染まってます」
「あーそうなの? あの人音も匂いもしないからオレたちじゃわかんないんです」
「え、なんで……」
「わからないけど、とりあえず俺たちも上がりましょう。あ、天音ちゃんはここで待機してて。防御の術、張っておきます」
魔導文字を書こうとする和馬の手を、そっと握って止めた。
まっすぐに彼を見つめる。
「私も行きます」
「やめといたほうがいいですよ。多分、さっきの人と言い、上の人たちと言い、今回の襲撃は『白の十一天』の仕業です。魔導師は全員狙われます。武村さんがいるから死ぬことはないですけど、大怪我するかもしれません」
「それは皆さんも同じでしょう!」
天音の大声に、和馬がびくりと体を震わせた。反対されるとは思っていなかったのだろう。和馬の後ろで、恭平が呆れたように溜息をついた。
「和馬、後輩を守りたいのはわかるけど、それじゃ足手まといって言ってるようなモンだよ。けど、違うっしょ? もう天音サンはウチの研究員で、魔導解析師なんだから、しっかり働いてもらわないと」
「それは……そうだけど……」
天音は和馬にとって初めての後輩なのだ。どうしても気にかけてしまう。けれど、それは恭平の言っていたとおり、足手まといだと思われているように感じてしまう。
「私、先に行きますね!」
天音は箒に跨ると、止められるより早く地を蹴った。地上目指して進む。その後ろを、慌てて恭平と和馬がついてきた。
「思い切りよすぎですよ!」
「ひゅー、かーっこいいー」
無謀と言われて叱られてもおかしくないが、和馬は心配、恭平は揶揄いの表情を浮かべていた。天音としては減給覚悟だったのでちょっと拍子抜けする。
「地上に出ると同時にまたオレらで防御の術張るんで、天音サンは全速力で飛んで夏希のトコまで行ってください!」
「俺たちは暴れてる人を止めてきますんで!」
「ぶっ飛ばすの間違いだろ?」
「そうかも!」
軽口をたたきながらも、2人の目は真剣そのものだった。その目を向けられることが、この研究所の一員として認められているような気がして、天音はまだ何もしていないのに泣きそうになった。
「はい、頑張ります! 後はお願いします!」
「任された!」
恭平のサムズアップに、同じように親指を立てて返す。あれだけ訓練したのだ、高速飛行だって余裕のはず。
空気抵抗を少なくするため前かがみになり、天音はスピードを上げて夏希のもとに向かった。
ローブの中で、ペンダントの紫水晶がきらりと光っていた。
「研究日誌とかあったらいいのに」
「切れ端ばっかりだね」
ぼやく恭平に、和馬が困ったように笑う。出土品は全て、彼らが瞬間移動の術をかけて葵たちのいるテントへと送っていた。
「破れてしまったんですかね」
「いやあ、さすがにそれはないっしょ。オレなら自分の研究日誌には保護魔導かけますね」
「俺もかけてるなぁ」
「そうなんですね……私もかけておこう」
「お、もう書いてるんですか?」
「山口さんたちのような立派なものではないですよ。今日は何をしたとか、読んだ本の内容だとか、訓練をして出来るようになったこととかを纏めているくらいで」
まだ日誌というよりは日記のようなものだった。おまけに訓練で疲れ果てた日は書けていないこともある。とはいえ、研究所内のことも書かれているし、外部に漏れてはいけないだろう。後で保護魔導について詳しく聞かなければ。
「いや、それでも十分立派ですよ。ね?」
「そうそう。オレなんてここに配属されてからはずっと夏希に……っ!?」
「え、なんですか?」
不自然に会話を止めた恭平に、天音は続きを促すように言った。けれど彼は応えず、鋭く叫んだ。
「和馬! 最大出力で防御!」
「え、わ、わかった!」
恭平と和馬が防御の術を展開する。まだ実践に慣れていない天音を守るように、水色とオレンジの魔力が広がっていく。
「な、なんですか!?」
「話は後! 来る!」
一体、何が来るというのだろうか。天音は右手で箒を握りしめ、左手でペンダントに触れた。
数秒後、凄まじい音と土煙と共に、何か―いや、誰かが地下の遺跡へ下りてきた。
「……うちの研究所の人じゃない匂いがします」
香りで魔力を感じる和馬が、不快そうな顔をした。あまりよい香りではないらしい。
天音にも、澱んだ沼のような魔力の色が見えてきた。
「……第5研究所の研究員だな?」
ノイズ混じりの声が聞こえた。変声の術がかけられている。
土煙が晴れると、声の主の姿がはっきりと見えるようになった。天音とは対照的な真っ白なローブ。フードを深くかぶり、仮面まで着けて顔を隠している。そのせいで年齢も性別もわからない。
「……だったら?」
返答したのは恭平だ。彼の右手は密かに攻撃の魔導文字を書いている。
「死ね」
ひどくシンプルな回答だった。
仮面の人物は何かを放り、そのまま地上へ飛び上がる。
「手榴弾!? マズい、これ魔導防御……っ!?」
恭平と和馬が張った防御の術は、魔導攻撃を防ぐものだった。ただの物理攻撃である手榴弾からは身を守ることができない。
「下がって、天音ちゃん!」
和馬が身を挺して天音を守ろうとしたとき、胸元のペンダントが光り出した。見たことのない魔力の色だ。月の光のような銀の色が、周囲を包み込む。
「何なに、なにこれ!?」
光がおさまると、そこには爆発しなかった手榴弾が落ちていた。ピンは抜かれているので、ただ不発だったらしい。
「高木さんの、運気アップのお守り……すごい……」
天音は気の抜けた声を出すしか出来なかった。
もう少しで死ぬところだったのだ、仕方ない。
「すみません山口さん。助けていただいて……」
「ううん、結局何もできなかったし……でも、皆が無事でよかったです」
「ってか、上は何してんの? まさか……」
恭平は耳をすませ、地上の様子を探った。
聞いたことのない、黒板を引っ搔くような不快な音がいくつかする。あとは時計のようなカチコチという零の音、ドリルのような葵の音、琴のような透の音、双子の雨のような音がする。雅の心電図のような音が聞こえてこないので、怪我人は出ていないようだ。
「上も上で襲撃されてるっぽい」
「副所長も戦ってるみたいです、空が真っ白に染まってます」
「あーそうなの? あの人音も匂いもしないからオレたちじゃわかんないんです」
「え、なんで……」
「わからないけど、とりあえず俺たちも上がりましょう。あ、天音ちゃんはここで待機してて。防御の術、張っておきます」
魔導文字を書こうとする和馬の手を、そっと握って止めた。
まっすぐに彼を見つめる。
「私も行きます」
「やめといたほうがいいですよ。多分、さっきの人と言い、上の人たちと言い、今回の襲撃は『白の十一天』の仕業です。魔導師は全員狙われます。武村さんがいるから死ぬことはないですけど、大怪我するかもしれません」
「それは皆さんも同じでしょう!」
天音の大声に、和馬がびくりと体を震わせた。反対されるとは思っていなかったのだろう。和馬の後ろで、恭平が呆れたように溜息をついた。
「和馬、後輩を守りたいのはわかるけど、それじゃ足手まといって言ってるようなモンだよ。けど、違うっしょ? もう天音サンはウチの研究員で、魔導解析師なんだから、しっかり働いてもらわないと」
「それは……そうだけど……」
天音は和馬にとって初めての後輩なのだ。どうしても気にかけてしまう。けれど、それは恭平の言っていたとおり、足手まといだと思われているように感じてしまう。
「私、先に行きますね!」
天音は箒に跨ると、止められるより早く地を蹴った。地上目指して進む。その後ろを、慌てて恭平と和馬がついてきた。
「思い切りよすぎですよ!」
「ひゅー、かーっこいいー」
無謀と言われて叱られてもおかしくないが、和馬は心配、恭平は揶揄いの表情を浮かべていた。天音としては減給覚悟だったのでちょっと拍子抜けする。
「地上に出ると同時にまたオレらで防御の術張るんで、天音サンは全速力で飛んで夏希のトコまで行ってください!」
「俺たちは暴れてる人を止めてきますんで!」
「ぶっ飛ばすの間違いだろ?」
「そうかも!」
軽口をたたきながらも、2人の目は真剣そのものだった。その目を向けられることが、この研究所の一員として認められているような気がして、天音はまだ何もしていないのに泣きそうになった。
「はい、頑張ります! 後はお願いします!」
「任された!」
恭平のサムズアップに、同じように親指を立てて返す。あれだけ訓練したのだ、高速飛行だって余裕のはず。
空気抵抗を少なくするため前かがみになり、天音はスピードを上げて夏希のもとに向かった。
ローブの中で、ペンダントの紫水晶がきらりと光っていた。
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