【完結】国立第5魔導研究所の研究日誌

九条美香

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新人魔導師、後輩ができる

5月9日、魔導医師と

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 由紀奈は少しずつではあるが、快方に向かっていた。昨日など、透というストッパー付きではあったが、葵と会話できるまでになった。幸い、この研究所には由紀奈を攫ったという筋骨隆々の男はいなかったので、異性相手でも気にならなくなってきたようだ。

「ふむ……上々、上々」
「ありがとうございます……雅先生のおかげです」
「わらわが名医なのは当然じゃ。しかし、そなたの努力も確かではある」
「ここにいる方、皆さん優しいので……ちょっと変わってますけど」

 由紀奈の横たわるベッドの近くに椅子を寄せて座っていた天音は思わず吹き出した。変わっている人物の筆頭、謎の口調の雅がそこにいるからだ。

「副所長さんって……」
「夏希がどうした?」
「あの、北山さんがおっしゃってたんですけど、男勝りでクールって……私の前だとそんなことないから、もしかして気を遣って話しかけてくださってるのかなって……」

 素の夏希のことだろう。初めて聞いたときは驚いたものだ。
 初日の、声こそ低いものの口調は保ったままのあれは、いわゆるジャブらしい。本来なら少しずつ素を出すか、その前にさよならか、最初から素の3択だと聞いた。

「それで……先生も、私に気を遣ってその口調なのかなって……」
「どのような気を遣えばこうなるんじゃ」

 ごもっともである。
 天音の心の中のノートに、「由紀奈ちゃんは天然」と書き込んだ。

「わらわはこの研究所に配属されてからずっとこうじゃ」
「え」

 てっきり昔からその口調なのかと思っていた。
 そう口にすると、

「わらわがクラスにいたらどう思う?」

 と、冷静に返された。
 確かに、目立つし、教師も扱いにくいだろう。では何故ここではその口調なのか。首を傾げていると、溜息を吐いた雅が難しい表情をしながらも話し始めた。

「長いうえにあまり楽しくない話じゃ」

 それは、今から5年前のこと。
 雅が医大を卒業し、第1研究所に配属されたばかりのころだ。







 両親が交通事故で亡くなったので、実家の病院を継ぐために医師になろうと思っていた。下の妹や弟はまだ高校生だし、叔母夫婦にもこれ以上迷惑はかけられない。しっかり稼いで、妹たちに好きに生きて欲しかった。

 そんなときにやってきたのが適性判明の書類だった。

 昔から、ファンタジーが好きだった。魔法を使う少女たちの姿をアニメで見て育った。大人になった今は、そんなアニメが好きと言えなくなってしまったけれど、魔法(正確には、まだ魔導)が使えるようになるのは嬉しい。

 けれど、私は病院を継がないと……
 そう思っていると、きょうだいたちが集まってきて、次々に話しかけてきた。

「魔導師!? すごい、頑張って、お姉ちゃん!」
「姉ちゃんなら魔導医師ってのになれるじゃん!」
「私たちのことは気にしないで、行ってきて」

 背中を押され、医師ではなく、魔導医師となった。配属されたのは第1研究所。出世が決まったようなものだ。これで家族に楽をさせてやれる。

 そう思っていたのは、ほんの数日だけだった。

「待ってください、彼はまだ休養が必要で……」
「傷は治ったんだろう? なら仕事だ!」

 雅は体の傷は治せても、疲れまでは取ってやれない。発掘調査で怪我をした青年を休ませていると、上司が彼を引きずっていった。

「どうして、そんな……」

 おかしいでしょう、と周囲を見渡すと、皆上司と同じ意見だった。

「私たちの仕事は怪我を治すこと。休ませることじゃないわ」
「いちいち休ませてたら調査が進まない」
「はい……すみません」

 周囲の咎めるような目が怖くて、何も言えなかった。

 それからの雅は、ひたすら怪我を治すことに集中した。生成値は低いものの、余程の大怪我でなければ困ることはなかった。雅の固有魔導カルテは、相手の状態を診るだけでなく、「完治」と書き込めば瞬く間に怪我を治すことができ、重宝された。

 そんなある日、1人の少女が医務室にやって来た。どこにも怪我はしていない。病気だろうか。

「どうしたの?」

 どう見ても10代半ばの少女に、雅は目を合わせるように軽くしゃがんだ。当時雅は本来の成人女性の姿で働いていたので、163センチあったのだ。

「怪我でも病気でもねぇ。勧誘に来た」
「う、うん?」
「近々新しく第5研究所が作られる。そこにまだ魔導医師がいねぇんだ。だから来て欲しい」
「え、えーと? ごめんね、どういうことかな?」
「あたしは清水……いや、前田夏希の方がいいか? 第1研究所の奴隷を卒業して、第5研究所の副所長になる予定だ」

 瞬間、息を飲んだ。
 前田夏希。第1研究所の犠牲者。幼くして自由を奪われ、魔導研究に専念させられたうえに研究結果を全て盗まれた、人柱。

「なんで……」
「それはなんであたしが出ていけることになったかって意味か? それともなんで私がって意味か? 両方っぽいな、順番に答えてやるよ」

 夏希はニヤリと笑った。あの時はまだ彼女に慣れていなかったから、浮かべる笑みにすら恐怖を感じた。

「まず1つ目」

 黒手袋に包まれた細い指が、1本目の指を立てた。

「なんであたしが出ていけることになったかだが……上のオッサンどもはあたしらが怖くなったらしい。魔導から離れさせて、監視できる場所に閉じ込める予定なんだと。これであたしはここからおさらばできるってワケだ」

 前田夏希と清水零が結婚したという話は聞いていた。しかし、同時に、強大な力が結びついてしまったことを、上層部がひどく恐れていることも知っていた。

「んで、2つ目……」

 心底楽しそうに、夏希は2本目の指を立てた。
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