【完結】国立第5魔導研究所の研究日誌

九条美香

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新人魔導師、後輩ができる

同日、昔の魔導医師と

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 目の前の少女―いや、見た目こそ幼いが女性―は雅を見上げて言った。

「武村雅。お前、ココの方針に疑問を抱いてる、そうだな?」
「なっ……」

 図星だった。あまりにもはっきりと言われるものだから、咄嗟に反論すらできなかった。慌てて周囲を見渡す。よかった、誰もいない。

「なんでそんなこと思ったの? 私は……」
「この間、あたしが怪我したときにココに来たんだけどよ」

 そのとき、夏希を手当てしたのは別の魔導医師だった。彼は労りの言葉すらかけず、ただ術をかけて傷を治すと、医務室から夏希を放り出した。

「お前、それ見て泣きそうな顔してたな」

 悲しむことが多すぎて、すぐには思い出せなかった。けれど、確かに、医務室に怪我をした子どもが来て、あっという間に放り出されていたのを見たのは覚えている。あれが彼女だったのか。

「ココに不満があるんだろ? ならあたしのトコに来い。お前の望むようにしてやるよ」
「悪いけど……そんなこと急に言われても信じられない。私はここに不満なんてないから。怪我してないなら帰ってもらえる?」
「ふーん。ま、なら他をあたるわ。けど……あたしには、お前は周りの目を気にして本心が言えねぇように見えるけどな」

 そう言って、夏希は去っていった。

 信じられないと言ったのは事実だ。けれど、心が揺らいだのも事実。
 あの子の所に行けば、自由になれるのだろうか。少し考えて、すぐに首を振った。

(私は出世して、あの子たちのために稼がないと)

 ズキズキと痛む心は、無視した。

 その翌日、運ばれてきた魔導師は雅が見たことがないほどの大怪我を負っていた。発掘調査の最中の落石が原因だったのだという。すぐに治すことができたが、彼女は疲れ切っていて、魔力の消耗も激しかった。

「治ったなら働け!」

 上司の命令が聞こえる。雅は今すぐに彼女を部屋から連れ出さねばならない。

「はい……」

 掠れた声で返事をする魔導師に、妹の姿が重なった。

(お姉ちゃん!)

 妹の声が聞こえた気がした。そうだ、私は家族の為にここで働かないと。動けない体に鞭打って立ち上がる魔導師を部屋の外に誘導しようとする。

(お姉ちゃん、痛いよう……)

 膝を擦りむいて泣いている妹の姿を思い出した。思わず歩みが止まる。

(私、なんで医者になろうとしたんだっけ……)

 両親に憧れていた。それは確かだ。でも、それだけじゃないはず。

(そうだ……私、人を助けたくて医者になろうと思ったんだ)

 傷ついた人を癒せるように。苦しむ人を救えるように。そうなりたいのだと、怪我した妹を見たあの日に思ったのだ。

 気づけば、雅は上司の命令を無視して彼女を寝かせていた。背後で上司が怒鳴っているのが聞こえるが、どこか他人事のように感じた。

「頑張ったね、休んで」
「ふざけるな、魔導師は足りてないんだ、働かせろ!」
「うるさい、黙れ!」

 振り返りながら、雅は上司の顔に拳を叩きこんでいた。上司は反対側の壁まで吹き飛び、あちこちから悲鳴が上がった。それすら無視して、雅は堂々と声を張り、宣言する。

「私の仕事は魔導師をこき使うことじゃない! 魔導師を助けることだ! わからない奴は受精卵からやり直せ! いいか、お前に言ってるんだよ! 聞いてんのか!」
「ク……クビだ! お前なんかクビにしてやる!」
「上等! こんな所辞めてやるよ!」
「へぇ、ならウチに来るか?」

 よく通る低い声が響いた。
 騒ぎを聞きつけてやってきたのか、夏希が壁にもたれかかってこちらを見ていた。とてつもなく楽しそうで、雅に向けてサムズアップしている。

「いい拳だったぜ」
「……雇ってくれる? 副所長」
「ああ、もちろん」

 それが、雅が配属されて2週間目のことだった。
 雅はクビではなく、異動ということになった。夏希が手を回してくれたらしい。事実上の左遷のようなものなので、元上司は顔を腫らしながらニヤニヤ笑っていたが無視した。雅にとっては栄転だったからだ。

「お世話になりました」

 形だけの挨拶をして、医務室を出ていった。扉の向こうで、雅を馬鹿にして笑う声がしたが、まるで気にならなかった。むしろ、ざまあみろと思った。なぜなら、今この瞬間、この研究所は一瞬で怪我を治せる魔導医師を失ったのだから。

「あははっ」

 慌てふためく元上司の顔を想像して笑う。その姿は、以前の気弱な、周囲の目を気にして本心の言えない人物ではなかった。

 こうして、その日から、雅は変わった。
 夏希の言ったように、周りの目を気にしなくなったのだ。

 幼いころ憧れた魔法使いの少女たちのように。
 特に好きだったキャラクターと同じ姿と口調で、やりたいように行動した。魔導師の怪我を治して、癒した。

「……だからわらわはこの口調になったわけじゃ」
「か、形から入るタイプなんですね」
「ふん、まずはどう動くかじゃろ。結果はその後でよい。やっていればいつかは様になるじゃろ。周りの目を気にしていてはやりたいこともできぬと、わらわはそう学んだのじゃ」

 大きく胸を張って椅子の上に立ち上がり、雅は天音と由紀奈を見下ろした。

「少なくとも、わらわは以前よりよい魔導医師になった。そうじゃろ?」
「そーだな」

 低い声がそれに答えた。
 いつの間に現れたのか、壁に夏希がもたれかかっている。

「最高だよ」

 そう言うと、2人は声を上げて笑った。それにつられて、天音たちも笑顔になるのだった。
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