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新人魔導師、後輩ができる

5月10日、後輩と先輩と

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 第5研究所は、薔薇の花だらけだ。
 中庭には、見事な白薔薇が咲いているし、そのせいか、あちこちの部屋や廊下に薔薇の花が飾られている。零の趣味であると聞いていたが、研究所を示す印にもなっているので育てられているのだろうか。よくはわからないが綺麗だ。

 薔薇の花は、和馬の開発した肥料のおかげでよく育っている。おまけに枯れにくい。彼曰く、人間用の栄養剤の失敗作らしいが、薔薇には合っていたようで、ぐんぐんと育っていた。

 研究所に来てからかなり体調の良くなった由紀奈は、天音と共に薔薇に水をやっていた。

「あの……」

 由紀奈が何かを言いたそうにして、俯いている。こういうときは大抵何かを気にしているときなので、天音は、

「どうしたの?」

 と彼女が話しやすい雰囲気を作った。ここ数日、天音のコミュニケーション能力は確実に成長していた。

「天音ちゃん、最近いつも私といてくれるけど、お仕事大丈夫……?」

 なるほど、それを気にしていたのか。確かに、天音は彼女が研究所に来てから高確率で傍にいた。それは夏希や雅の配慮でもあったし、天音の意志でもあった。以前の天音では考えられないことだが、由紀奈と仲良くなりたいと思ったからだ。

 しかし、由紀奈からすれば、仕事を犠牲にして見舞いに来てくれていると感じたのだろう。話しづらそうに、両手を握って下を向いていた。

「仕事はちゃんとしてるよ、安心して」
「本当に……?」
「うん。ただまあ、今私がやれることが少なすぎて……」

 出土品の整理はあっという間に終わってしまった。それもそうだ、発掘が途中で終わってしまったのだから。書かれた魔導文字のジャンルごとに分けられた出土品は、今他の研究員たちが解読して、自身の研究に役立つか考えている。天音は解読まではすることができたが、その後の作業で躓いていた。

「その、私、まだ研究テーマが決まってなくてさ……」
「あれ? 養成学校のときは、『魔導師の人口分布』って書いてなかったっけ……?」

 養成学校では、専門的な研究をすることはないが、自身がどのようなテーマで研究を進めていきたいかを書いて提出する必要がある。まだ魔導に関心がなかったころの天音は、人気のテーマを適当に書いて誤魔化していたのだ。

「ここに来てから、自分が本当に何をやりたいのか考えるようになったんだ。それで考えてるんだけど。考えれば考えるほど、もう研究されつくしてる題材なんだよね……」
「魔導師って大変だね……」
「ま、そーですね」

 ふいに、青年の声が響いた。気だるげなこの声は恭平だ。瞬間移動の術があるせいか、この研究所ではいつの間にか人が現れたり消えたりする。天音は慣れてきたが、由紀奈は驚きのあまり軽く飛び上がっていた。

「どーも」

 恭平の耳には、いつもあるヘッドフォンが付けられていなかった。首にかけられたそれは、アクセサリーのように魔導衣を飾っている。

「小森さん」
「恭平でいいですって」
「あ、すみません、まだ意識してないと、つい……」
「まあいいです。で、聞こえちゃったんですけど、研究の話でしたよね?」
「そうです、テーマに悩んでて……」

 恭平は意外にも真面目な顔をすると、由紀奈にも聞くように言って話し始めた。

「正直言うと、第1でもない限り、まったく新しいテーマでってのはムリ。資料が足りてません」
「ですよね……」
「じゃあ、どうするんですか……?」

 まだはっきりと目を見ることまでは出来ない由紀奈が、やや視線を逸らしながら質問した。自ら話しかける辺り、かなり進歩している。

「よくあるテーマでも、違う切り口にしたりするってのがよくある手段」
「違う切り口……」
「大学通ってたっていう人から聞いたんです。卒論もそんな感じだって。比較対象を変えたり、前の人の研究を参考にしたりしてやっていくんですよ」
「なるほど……」

 天音の脳内には、「1から新しいものを生み出す」以外の案が存在しなかった。そうでなくてもいいのか、とほっとする。

「オレの場合、魔女狩りを扱ってます。研究されつくしたテーマです。なぜ起こったのか、いつ起こったのか、どこでどのように行われたのか、全てわかってます。けど、実際の魔女、魔法使いがどのようにそれを逃れたのかは解明されてません。オレはそれを解き明かしたい」
「確かに、そういう論文はほとんどなかったかも……?」
「でしょ。こういうカンジでいーんですよ」
「ありがとうございます!」
「迷ったらウチの誰かの研究論文読むのもアリですよー。資料室にあるんで」
「はい、行ってみます。ありがとうございます」

 眠たげに歩き出した恭平の後ろ姿に一礼した。
 あの様子から考えるに、研究中何も浮かばなくなって散歩に来ていたのだろう。それなのに、天音たちのために時間を割いてくれた恭平に、心から感謝した。

「由紀奈ちゃん、資料室行こう!」
「え、えっと……?」

 由紀奈は困ったような顔をした。彼女はまだ研究室のある地下には行ったことがないのだ。すっかり忘れていた。

「地下にあるんだ。班長以上の人が鍵持ってるから、誰かにお願いしないと入れないの」
「そうなんだ……でも皆研究で忙しいんじゃないかな……?」
「でもとりあえず動いてみないと。何もしないのは時間がもったいないし」
「天音ちゃん……やっぱり変わったね……」

 天音は優等生ではあった。課題は完璧にこなしていた。けれど、それだけだった。良く言えば慎重、悪く言ってしまえば指示待ち人間。自ら行動を起こすことはほとんどなかった。

 けれど、ここに来て、その部分も変わってきたらしい。

「ここに馴染むと、こうもなるよ!」

 だって、やりたいことも、やらなきゃいけないこともいっぱいあるんだもん!
 心底楽しそうに言って、天音は走り出した。
 活発な笑顔も動作も、今まで由紀奈が見たことのないものだ。しかし。

(やっぱり、天音ちゃんはかっこいいなぁ……)

 由紀奈の憧れた天音のイメージは壊れることはなかった。むしろ、どんどんよくなっていくばかりだ。

「待って、天音ちゃん! 私も行くから!」

 追いつくには遠すぎる。だが、これ以上離されたくはない。
 由紀奈もまた、走り出すのだった。
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