【完結】国立第5魔導研究所の研究日誌

九条美香

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新人魔導師、2回目の発掘調査に参加する

5月31日、2回目の発掘調査

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 やはり、この日も早くに目が覚めた。前回と異なるのは、不安なのが、自分自身ではなく後輩のことである、という点だろうか。天音は魔導衣のローブの中に着込んでいるシャツとスカートをひとまず着て、「家」へと向かった。

 由紀奈のことだから、緊張で碌に眠れていないだろう。それでも、眠っていたら悪いので、部屋の扉を軽くノックする。すると、案の定、緊張しきった声が聞こえてきた。

「は、はい……」
「おはよう由紀奈ちゃん。天音だけど、入ってもいい?」
「お、おはよう……どうぞ」

 既に声が震えている。これは重症だな、と思いながら扉を開いた。
 由紀奈はすでに魔導衣に着替えていて、天音の作ったプリントをひたすら読み返していた。床には医療魔導の参考書とノート、発掘調査についての本が山となっている。紙を捲るたび、ナースキャップが落ちそうになっては戻っていた。

「あ、ご、ごめんなさい、今散らかってて……」
「大丈夫、私の部屋もこんな感じだから」

 本の山を避けながら、由紀奈のもとへ歩いていく。足の踏み場もない、というほどではないが、歩きづらいのは確かだ。

「ちょっと早いけど、食堂に行こう。山口さんならもう起きてるはずだから」
「あ、で、でも、復習が……」
「もう十分したよ、大丈夫。ね? まずは腹ごしらえ。今日は忙しいんだから、ちゃんと食べないと」
「うん……」

 一応返事はするものの、由紀奈の視線はプリントに向けられたままだ。仕方がないので引きずってでも食堂に連れて行くことにした。

「わかった、持って行ってもいいから。食堂には行こう」

 由紀奈の手を引きながら歩く。ずるずる、そんな効果音が付きそうだ。散歩を嫌がる犬のようでもある。

「おはようございます」
「あ、おはようございます。ええと、それは……?」

 プリントとにらめっこしたままの由紀奈を見て、和馬は不思議そうな顔をした。気にしないでください、とだけ返しておく。

 ほどなくして、和馬が2人分の朝食を運んできた。美味しそうな匂いがするというのに、由紀奈は顔を上げない。仕方なく、本当に仕方なく天音は魔導を使って無理矢理由紀奈からプリントを取り上げた。本当に仕方なくである。こっちを見なかったのが悲しかったとか、そんな子どもみたいな理由ではない。温かいものは温かいうちに食べた方がいいし、今の由紀奈に必要なのは勉強ではなく休息だからだ。

「ほら、食べて」

 一人っ子の天音には、誰かに食べさせるという行為は新鮮だった。フォークに刺さったサラダのトマトを見て、由紀奈は観念したのかようやく口を開いた。

「天音ちゃんより緊張してるね」

 和馬が苦笑した。確かに、由紀奈の緊張ぶりは凄まじい。自身も緊張はしたが、これほどではなかったような気がする。

「……だって、私はまだまだ未熟だから」

 俯いたまま、由紀奈がぼそりと呟いた。小さく言ったつもりなのだろうが、3人しかいない食堂ではしっかりと聞き取ることができた。

「何言ってるんですか」

 和馬が溜息をついたので、由紀奈は体を強張らせた。呆れられたと、そう思ったのだろうか。

「俺もですよ」
「……え?」

 強張っていた体から力が抜ける。そのまま由紀奈が落としそうだったフォークを、天音はギリギリのところでキャッチした。

「俺も発掘調査は2回目ですし、論文だって全然書けてませんし、使えない術や苦手な術だってあります。完璧な魔導師なんていないんですよ」
「そうそう。私も前に武村さんに言われたなぁ」
「完璧な魔導師がいるなら、研究員はいりませんよ。もう魔法は復活しているはずなんで」
「それです、そう言われました。つまり、所長も副所長も、わからないことがたくさんあるの。それでいいんだよ。わからないことがあるってわかることが大事なんだよ」

 天音はそう言うと、にっこりと笑って由紀奈を見つめた。
 今言ったことは全て、この研究所に来て天音が学んだことだ。実感したこと、体験したことだからこその説得力があった。

「これは受け売りだけど。新人の間はお給料もらえるうえに甘えても失敗しても許されるボーナス期間だと思っておけばいいんだよ。それくらい気楽に行こう……って言っても、私もまだそこまで気楽にはなれてないんだけど」

 葵の言葉を思い出す。まだ実際にできてはいないが、あの言葉は確かに天音を救ってくれたのだ。

「ボーナス、期間……」

 何かを考えるように由紀奈は繰り返した。その瞳には先ほどよりも光が宿っている。
 その横で、天音は和馬と話していた。できるだけ普段どおりに、ごく普通に。由紀奈に発掘調査を意識させないように話し続ける。

「それ絶対葵さんでしょー」
「そうです、バレました?」
「言いそうですもん。大方、副所長困らせてもいいみたいなこと言ったんでしょう?」
「言ってましたねぇ」
「実際あの人もよく副所長を困らせてますからね。もう新人じゃないのに」
「体験談でしたか、説得力があるはずです」

 軽口をたたき合う2人を見て、由紀奈の緊張もほぐれてきたらしい。ようやくトーストに手を伸ばして、小さく齧った。

 天音もようやく安心できたので、同じように朝食に手を伸ばすのだった。
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