70 / 140
新人魔導師、後輩ができる
5月30日、料理人と神出鬼没の副所長と
しおりを挟む
2回目とはいえ、発掘調査が近づいてくるのは緊張してしまう。気づけば明日が発掘調査の日だった。由紀奈は日に日に顔色が悪くなっていた。その度に雅が医務室へ呼び、話を聞いたり、場合によっては術をかけたりして緊張をほぐしていた。
天音はというと、緊張しているが、由紀奈ほど酷くはなかった。ただ少し不安で考え事をしながら歩いて頭をぶつけたり、飲み物をこぼしたりした程度である。ちょうどいい練習だと、こぼした飲み物は紙無しで発動した術で綺麗にしてみた。
「今度は何が出てくるんでしょうね」
同じく2回目の発掘調査だが、研究員歴が長い和馬は緊張よりもワクワクが勝っているようだ。天音のカップにハーブティーを注ぎながらニコニコと笑っている。
「前回は研究日誌とかはなかったから、あるといいですよね」
「……襲撃されなければ、なんでもいいです」
「それはそうですけど。どうせなら、いいものが出てきて欲しいじゃないですか」
気弱に見えて、意外と和馬の心は強い。人見知りではあるが、研究に対しては並々ならぬ熱意がある。余談だが、初めて由紀奈と会ったときにはお互いがネガティブを発揮し、しばらく会話にならなかったとだけ言っておこう。
それはさておき、天音は付箋とマーカーだらけの論文のコピーを読み返しながら、気になっていたことを質問した。
「前回の調査、どうだったんですか?」
葵がやたら艶々していたのは覚えている。よい結果が出たのだとは思うが、実際はどうなのだろうか。
「うーん……皆、新しい研究材料が手に入って、しばらくは喜びましたけどね。天音ちゃんも読んだでしょう、現代に近いからか、科学のことばかり書いてあった内容。研究に使えたのは、葵さんか恭平くんくらいです」
「恭平さんも?」
「魔女、魔法使いの迫害について書いてあった部分があったので、気になったそうですよ」
「なるほど」
「まあでも、襲撃のせいで数が少なくて駄目でしたね。残念です」
和馬は定位置となっている椅子を引いて腰かけた。彼の席は厨房に一番近い席だ。天音からはさほど離れていない。配属された順に入口から席を決めたらしい。普通、上座が所長の席なのではないかと思ったが、「食事のときくらい仕事は忘れろ」と夏希が言ったので、各々好きな席に座っていると聞いた。
「由紀奈ちゃん、どうですか?」
「今日はまだ落ち着いてるほうです」
不安になったのか、ひたすら医療魔導の練習をしてはいるが、医務室に運び込まれるよりはマシだ。自分より慌てている人間がいると不思議と落ち着いてしまうもので、天音は逆に冷静になって、最後の確認程度に論文を読んでいる。
「天音ちゃんは、研究テーマに悩んでるんでしたっけ?」
天音の手元を見た和馬が問うた。置かれた2種類の論文と、それについて纏めたであろうノートが、天音の努力を物語っている。
「あ、いえ。実は決めたんです」
「へぇ」
応えたのは和馬ではなかった。気づけば食堂の定位置の席に腰かけていた夏希が、頬杖をついて楽しそうに笑っていた。
「いいじゃねぇか、何にすんだ?」
「あ……ちょっと、こうやって発表するのは恥ずかしいんですけど……」
「どうせ皆知ることになるぜ」
「そ、それもそうですね」
天音は照れながらも、研究テーマを口にした。まだはっきりと学術的に言えるわけではないが、こういう風に進めていきたいというものが見つかったのだ。
「…………って感じなんですけど……どうでしょう?」
恐る恐る反応をうかがうと、夏希も和馬もよい反応を見せた。
「お前らしくて最高、いいな! 経費で本買っていいぞ」
「どうせなら魔導衣着て言ってみてくださいよ、完璧です」
和馬たちのような研究テーマではないため、反対される可能性もあると思っていた。しかし、それは杞憂だったようだ。この研究所で、誰かが一生懸命やろうとしていることを笑うものはいない。それが天音にとって非常に嬉しかった。
「どうせなら雅にオススメ聞いて来いよ、アイツもそういうの、好きだからな」
「恭平くんとはるかちゃんやかなたちゃんも好きですよ。どっちかというとゲームですが……」
「演出に関しては映像がいいだろ」
「DVDとかも買っちゃいます?」
「誰かしらもう持ってるだろ、聞いてみようぜ」
あれよあれよという間に話が進んでいく。あまりにも2人が乗り気なので、誰の研究テーマかわからなくなるほどだ。
「あ、ありがとうございます。とりあえず、これで進めてみようと思います」
「研究員になると論文出さねぇとだからな。早めに決めておいて正解だ。何でもいい、書けたら見せてみろよ。皆喜んで赤入れるぜ」
「そこは褒めてからでしょう!」
「悪い悪い、冗談。ちゃんと褒めてからだから安心しろよ」
夏希の軽口に、和馬が窘めるように言った。冗談だとはわかっているようで、声に怒りはない。
「ま、とにかく楽しみにしてるぜ。明日の調査でいいモン見つかるといいな」
夏希はそう言って、厨房に引っ込んだ。和馬がそれに続く。
「俺も楽しみにしてます! あ、待ってください副所長、俺がやりますから!」
厨房において、「お湯を沸かす」以外許されていない夏希に、和馬が必死に叫んでいるのを聞きながら天音は食堂を後にした。地下への階段を下り、自室へと戻る。
部屋にはノートとプリントが山になっていた。片付けなきゃ、と思いつつも、復習するのに引っ張り出しては机の上に置かれるので、なかなか綺麗にならない。
まだ何も書かれていないノートを取りだす。油性ペンで、ノートの表紙に研究テーマを書いた。
『旧ファンタジージャンルにおける魔法及び魔法使いについて』
我ながら綺麗に書けたと思う。ペンが乾くのを確認して、天音はゆっくりとノートを開いた。明日の発掘調査で、これが埋められることはあるのだろうか。そう思うと、緊張よりもワクワクが勝るのだった。
天音はというと、緊張しているが、由紀奈ほど酷くはなかった。ただ少し不安で考え事をしながら歩いて頭をぶつけたり、飲み物をこぼしたりした程度である。ちょうどいい練習だと、こぼした飲み物は紙無しで発動した術で綺麗にしてみた。
「今度は何が出てくるんでしょうね」
同じく2回目の発掘調査だが、研究員歴が長い和馬は緊張よりもワクワクが勝っているようだ。天音のカップにハーブティーを注ぎながらニコニコと笑っている。
「前回は研究日誌とかはなかったから、あるといいですよね」
「……襲撃されなければ、なんでもいいです」
「それはそうですけど。どうせなら、いいものが出てきて欲しいじゃないですか」
気弱に見えて、意外と和馬の心は強い。人見知りではあるが、研究に対しては並々ならぬ熱意がある。余談だが、初めて由紀奈と会ったときにはお互いがネガティブを発揮し、しばらく会話にならなかったとだけ言っておこう。
それはさておき、天音は付箋とマーカーだらけの論文のコピーを読み返しながら、気になっていたことを質問した。
「前回の調査、どうだったんですか?」
葵がやたら艶々していたのは覚えている。よい結果が出たのだとは思うが、実際はどうなのだろうか。
「うーん……皆、新しい研究材料が手に入って、しばらくは喜びましたけどね。天音ちゃんも読んだでしょう、現代に近いからか、科学のことばかり書いてあった内容。研究に使えたのは、葵さんか恭平くんくらいです」
「恭平さんも?」
「魔女、魔法使いの迫害について書いてあった部分があったので、気になったそうですよ」
「なるほど」
「まあでも、襲撃のせいで数が少なくて駄目でしたね。残念です」
和馬は定位置となっている椅子を引いて腰かけた。彼の席は厨房に一番近い席だ。天音からはさほど離れていない。配属された順に入口から席を決めたらしい。普通、上座が所長の席なのではないかと思ったが、「食事のときくらい仕事は忘れろ」と夏希が言ったので、各々好きな席に座っていると聞いた。
「由紀奈ちゃん、どうですか?」
「今日はまだ落ち着いてるほうです」
不安になったのか、ひたすら医療魔導の練習をしてはいるが、医務室に運び込まれるよりはマシだ。自分より慌てている人間がいると不思議と落ち着いてしまうもので、天音は逆に冷静になって、最後の確認程度に論文を読んでいる。
「天音ちゃんは、研究テーマに悩んでるんでしたっけ?」
天音の手元を見た和馬が問うた。置かれた2種類の論文と、それについて纏めたであろうノートが、天音の努力を物語っている。
「あ、いえ。実は決めたんです」
「へぇ」
応えたのは和馬ではなかった。気づけば食堂の定位置の席に腰かけていた夏希が、頬杖をついて楽しそうに笑っていた。
「いいじゃねぇか、何にすんだ?」
「あ……ちょっと、こうやって発表するのは恥ずかしいんですけど……」
「どうせ皆知ることになるぜ」
「そ、それもそうですね」
天音は照れながらも、研究テーマを口にした。まだはっきりと学術的に言えるわけではないが、こういう風に進めていきたいというものが見つかったのだ。
「…………って感じなんですけど……どうでしょう?」
恐る恐る反応をうかがうと、夏希も和馬もよい反応を見せた。
「お前らしくて最高、いいな! 経費で本買っていいぞ」
「どうせなら魔導衣着て言ってみてくださいよ、完璧です」
和馬たちのような研究テーマではないため、反対される可能性もあると思っていた。しかし、それは杞憂だったようだ。この研究所で、誰かが一生懸命やろうとしていることを笑うものはいない。それが天音にとって非常に嬉しかった。
「どうせなら雅にオススメ聞いて来いよ、アイツもそういうの、好きだからな」
「恭平くんとはるかちゃんやかなたちゃんも好きですよ。どっちかというとゲームですが……」
「演出に関しては映像がいいだろ」
「DVDとかも買っちゃいます?」
「誰かしらもう持ってるだろ、聞いてみようぜ」
あれよあれよという間に話が進んでいく。あまりにも2人が乗り気なので、誰の研究テーマかわからなくなるほどだ。
「あ、ありがとうございます。とりあえず、これで進めてみようと思います」
「研究員になると論文出さねぇとだからな。早めに決めておいて正解だ。何でもいい、書けたら見せてみろよ。皆喜んで赤入れるぜ」
「そこは褒めてからでしょう!」
「悪い悪い、冗談。ちゃんと褒めてからだから安心しろよ」
夏希の軽口に、和馬が窘めるように言った。冗談だとはわかっているようで、声に怒りはない。
「ま、とにかく楽しみにしてるぜ。明日の調査でいいモン見つかるといいな」
夏希はそう言って、厨房に引っ込んだ。和馬がそれに続く。
「俺も楽しみにしてます! あ、待ってください副所長、俺がやりますから!」
厨房において、「お湯を沸かす」以外許されていない夏希に、和馬が必死に叫んでいるのを聞きながら天音は食堂を後にした。地下への階段を下り、自室へと戻る。
部屋にはノートとプリントが山になっていた。片付けなきゃ、と思いつつも、復習するのに引っ張り出しては机の上に置かれるので、なかなか綺麗にならない。
まだ何も書かれていないノートを取りだす。油性ペンで、ノートの表紙に研究テーマを書いた。
『旧ファンタジージャンルにおける魔法及び魔法使いについて』
我ながら綺麗に書けたと思う。ペンが乾くのを確認して、天音はゆっくりとノートを開いた。明日の発掘調査で、これが埋められることはあるのだろうか。そう思うと、緊張よりもワクワクが勝るのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
没落港の整備士男爵 ~「構造解析」スキルで古代設備を修理(レストア)したら、大陸一の物流拠点になり、王家も公爵家も頭が上がらなくなった件~
namisan
ファンタジー
大陸の南西端に位置するベルナ子爵領。
かつては貿易で栄えたこの港町も、今は見る影もない。
海底には土砂が堆積して大型船は入港できず、倉庫街は老朽化し、特産品もない。借金まみれの父と、諦めきった家臣たち。そこにあるのは、緩やかな「死」だけだった。
そんな没落寸前の領地の嫡男、アレン(16歳)に転生した主人公には、前世の記憶があった。
それは、日本で港湾管理者兼エンジニアとして働き、現場で散った「整備士」としての知識。
そして、彼にはもう一つ、この世界で目覚めた特異な能力があった。
対象の構造や欠陥、魔力の流れが設計図のように視えるスキル――【構造解析】。
「壊れているなら、直せばいい。詰まっているなら、通せばいい」
アレンは錆びついた古代の「浚渫(しゅんせつ)ゴーレム」を修理して港を深く掘り直し、魔導冷却庫を「熱交換の最適化」で復活させて、腐るだけだった魚を「最高級の輸出品」へと変えていく。
ドケチな家令ガルシアと予算を巡って戦い、荒くれ者の港湾長ゲンと共に泥にまみれ、没落商会の女主人メリッサと手を組んで販路を開拓する。
やがてその港には、陸・海・空の物流革命が巻き起こる。
揺れない「サスペンション馬車」が貴族の移動を変え、「鮮度抜群の魚介グルメ」が王族の胃袋を掴み、気性の荒いワイバーンを手懐けた「空輸便」が世界を結ぶ。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる