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新人魔導師、後輩ができる
5月24日、自信のない後輩と
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由紀奈は初めて訓練をした天音のように―いや、天音より重傷で、2日間ずっと魔力と体力の回復に努めていた。それでも座学だけはと懸命に努力し、天音が作ったテストとプリントが全て片付いた。
「せっかく作ってくれたのに、ごめんなさい……」
正答率があまり高くなかったせいか、由紀奈はへこんでいる。しかし、天音はまるで気にしていなかった。
「うん、だってまあ、難しくしたし!」
わからなくて当然だよ、と明るく言った。由紀奈はベッドから身を乗り出し、驚いている。天音が自分に合った難易度の問題を出したのだと思っていたようだ。
「あんまり簡単にして、気を抜いちゃうのはよくないと思って。で、これが本題です」
天音は数枚の紙を取り出した。
「武村さんとも話し合って作った、魔導看護師用の問題です。さっきのがあれだけ解けてれば、もう全部わかるはずだよ」
そう言うと、天音は空中に文字を書いて魔力を流し、プリントを配り始めた。問題が伏せられた状態で、由紀奈の目の前に置かれる。
「天音ちゃん、それ……」
「進歩してるのは由紀奈ちゃんだけじゃないってこと」
まだ完璧ではないが、天音は簡単な術ならば紙無しでの発動ができるようになっていた。今のは風の術である。養成学校でも習う、簡単な術だ。
「正直ね、由紀奈ちゃんの正答率はもっと低いと思ってたんだ。私より時間がなかったし……でも、あれだけ難しい問題を半分近く正解できた時点で、もう十分すごいと思うの。だから、自信もって! 由紀奈ちゃんは第5研究所の魔導看護師、歴代で2人しかいない、たった10日で昇級した努力家なんだよ」
天才、という言葉は使わなかった。使えば間違いなく由紀奈は喜ぶだろうが、それは他人の努力を踏みにじる言葉でもあることを、天音はこの研究所で学んでいた。
「……私、ずっと自信がなかったの」
ポツリと。思わず零れてしまったように、由紀奈が言った。誰かに聞かせるわけでもなく、ただ一方的にボールを投げてしまったような、そんな言い方だった。
天音は何も答えられず、ただ静かに、由紀奈の次の言葉を待った。
「私、お姉ちゃんがいるんだけど……美人で、勉強も運動もいつも1番だった。だから私は、いつも比べられてた。私は……ほら、可愛くもないし、養成学校でもそうだったけど、勉強も運動も、得意じゃなかったから」
気にしないように振舞っているつもりなのだろうが、由紀奈の体は震えていた。無理に話さなくてもいい、そうも思ったが、抱え込むより話した方が楽になることもある。天音は由紀奈の背をさすりながら、さりげなく温かな飲み物を淹れてテーブルに準備した。こういうとき、紙無しでの発動ができると助かる。
「でもね、適性がわかったとき、私、酷いことを考えたの」
「酷いこと?」
「うん。『お姉ちゃんは適性ないけど、私にはあったんだ。私はお姉ちゃんに勝ったんだ』って」
天音の手が思わず止まった。その思考に覚えがあったからだ。
「私は他と違う、特別な人間なのだ」と思い込んだ、自分自身の過去を思い出した。
「けど、そんなわけないよね。お姉ちゃんは、私にないものを持ってた。私は、お姉ちゃんにないものを持ってる。それだけだよね。きっと、世界ってそういう風にできてるんだよ。誰かができないことを、他の誰かができるようになってる。古代の魔法も、そのためにあるんだよ。少なくとも、私はそう思う」
「そう、だね……すごく、素敵な考え方だと思う」
お世辞ではなく、心の底からそう思った。昔の天音なら、理解できない考え方だったかもしれない。けれど、今の天音の胸には、その言葉がすとんと落ちてきた。
「だから私、頑張るの。他の誰かの代わりに」
「……由紀奈ちゃんはかっこいいなぁ」
「え?」
「だって私、そんな風に思えなかったから。自分は特別だって思い込んで、周りを見下して。碌に努力しなかったくせに、他の人の才能を羨んで、自分の努力不足も認めないで。挙句の果てに、それを副所長に指摘されて逆ギレして叩いて。最低だよね」
「え、え? そんなことしてたの?」
若干引いたように由紀奈が見つめてくる。その視線は、天音の利き手である右手に注がれていた。
「うん、した。それでも副所長は、叩いたことは怒らずに、私に考える時間をくれたんだ。それで、皆の話を聞いて、ようやく魔導師になろうってちゃんと決めた。しかも、自分の夢を叶えるためっていう、自己中心的な理由で」
「全然そんなことないよ!」
由紀奈は力強く否定した。ベッドを叩く勢いで身を乗り出したので、勢いでプリントが宙を舞った。
「天音ちゃんは、他の誰かの夢も叶えてるんだよ! 適性がなくてできない人の代わりに!」
「由紀奈ちゃん……」
「だから、そんなこと言わないで! 私の憧れの人を悪く言うことは、例えそれが天音ちゃん本人でも、私、泣いちゃうよ!」
「あ、そこは『許さない』んじゃないのね……」
思わず笑ってしまったが、由紀奈は真剣で、潤んだ泣きそうな瞳でこちらを見てくる。
「ご、ごめんね、もうあんな言い方はしないから」
「うぅ……そうして……」
「うん。ありがとう、由紀奈ちゃん。おかげで私も自信がもてたよ」
本当に泣き出してしまった由紀奈が落ち着くまで、プリントはあちこちに散らばったまま放置された。しばらくしてやってきた雅に、散らかすなと叱られるまで、あと数分。
「せっかく作ってくれたのに、ごめんなさい……」
正答率があまり高くなかったせいか、由紀奈はへこんでいる。しかし、天音はまるで気にしていなかった。
「うん、だってまあ、難しくしたし!」
わからなくて当然だよ、と明るく言った。由紀奈はベッドから身を乗り出し、驚いている。天音が自分に合った難易度の問題を出したのだと思っていたようだ。
「あんまり簡単にして、気を抜いちゃうのはよくないと思って。で、これが本題です」
天音は数枚の紙を取り出した。
「武村さんとも話し合って作った、魔導看護師用の問題です。さっきのがあれだけ解けてれば、もう全部わかるはずだよ」
そう言うと、天音は空中に文字を書いて魔力を流し、プリントを配り始めた。問題が伏せられた状態で、由紀奈の目の前に置かれる。
「天音ちゃん、それ……」
「進歩してるのは由紀奈ちゃんだけじゃないってこと」
まだ完璧ではないが、天音は簡単な術ならば紙無しでの発動ができるようになっていた。今のは風の術である。養成学校でも習う、簡単な術だ。
「正直ね、由紀奈ちゃんの正答率はもっと低いと思ってたんだ。私より時間がなかったし……でも、あれだけ難しい問題を半分近く正解できた時点で、もう十分すごいと思うの。だから、自信もって! 由紀奈ちゃんは第5研究所の魔導看護師、歴代で2人しかいない、たった10日で昇級した努力家なんだよ」
天才、という言葉は使わなかった。使えば間違いなく由紀奈は喜ぶだろうが、それは他人の努力を踏みにじる言葉でもあることを、天音はこの研究所で学んでいた。
「……私、ずっと自信がなかったの」
ポツリと。思わず零れてしまったように、由紀奈が言った。誰かに聞かせるわけでもなく、ただ一方的にボールを投げてしまったような、そんな言い方だった。
天音は何も答えられず、ただ静かに、由紀奈の次の言葉を待った。
「私、お姉ちゃんがいるんだけど……美人で、勉強も運動もいつも1番だった。だから私は、いつも比べられてた。私は……ほら、可愛くもないし、養成学校でもそうだったけど、勉強も運動も、得意じゃなかったから」
気にしないように振舞っているつもりなのだろうが、由紀奈の体は震えていた。無理に話さなくてもいい、そうも思ったが、抱え込むより話した方が楽になることもある。天音は由紀奈の背をさすりながら、さりげなく温かな飲み物を淹れてテーブルに準備した。こういうとき、紙無しでの発動ができると助かる。
「でもね、適性がわかったとき、私、酷いことを考えたの」
「酷いこと?」
「うん。『お姉ちゃんは適性ないけど、私にはあったんだ。私はお姉ちゃんに勝ったんだ』って」
天音の手が思わず止まった。その思考に覚えがあったからだ。
「私は他と違う、特別な人間なのだ」と思い込んだ、自分自身の過去を思い出した。
「けど、そんなわけないよね。お姉ちゃんは、私にないものを持ってた。私は、お姉ちゃんにないものを持ってる。それだけだよね。きっと、世界ってそういう風にできてるんだよ。誰かができないことを、他の誰かができるようになってる。古代の魔法も、そのためにあるんだよ。少なくとも、私はそう思う」
「そう、だね……すごく、素敵な考え方だと思う」
お世辞ではなく、心の底からそう思った。昔の天音なら、理解できない考え方だったかもしれない。けれど、今の天音の胸には、その言葉がすとんと落ちてきた。
「だから私、頑張るの。他の誰かの代わりに」
「……由紀奈ちゃんはかっこいいなぁ」
「え?」
「だって私、そんな風に思えなかったから。自分は特別だって思い込んで、周りを見下して。碌に努力しなかったくせに、他の人の才能を羨んで、自分の努力不足も認めないで。挙句の果てに、それを副所長に指摘されて逆ギレして叩いて。最低だよね」
「え、え? そんなことしてたの?」
若干引いたように由紀奈が見つめてくる。その視線は、天音の利き手である右手に注がれていた。
「うん、した。それでも副所長は、叩いたことは怒らずに、私に考える時間をくれたんだ。それで、皆の話を聞いて、ようやく魔導師になろうってちゃんと決めた。しかも、自分の夢を叶えるためっていう、自己中心的な理由で」
「全然そんなことないよ!」
由紀奈は力強く否定した。ベッドを叩く勢いで身を乗り出したので、勢いでプリントが宙を舞った。
「天音ちゃんは、他の誰かの夢も叶えてるんだよ! 適性がなくてできない人の代わりに!」
「由紀奈ちゃん……」
「だから、そんなこと言わないで! 私の憧れの人を悪く言うことは、例えそれが天音ちゃん本人でも、私、泣いちゃうよ!」
「あ、そこは『許さない』んじゃないのね……」
思わず笑ってしまったが、由紀奈は真剣で、潤んだ泣きそうな瞳でこちらを見てくる。
「ご、ごめんね、もうあんな言い方はしないから」
「うぅ……そうして……」
「うん。ありがとう、由紀奈ちゃん。おかげで私も自信がもてたよ」
本当に泣き出してしまった由紀奈が落ち着くまで、プリントはあちこちに散らばったまま放置された。しばらくしてやってきた雅に、散らかすなと叱られるまで、あと数分。
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